社員、顧客、投資家、取引先……あらゆるステークホルダーから「愛され」、かつ「ビジョナリー・カンパニー」をも上回る好業績を出し続けている企業には共通点があった。72社を徹底的に分析して分かった、日本の経済的な停滞を打開する考え方とは? 「マーケティングの父」として世界的に知られるフィリップ・コトラー米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院名誉教授が、2021年10月に日経ビジネスLIVEで「日本人が読むべき1冊」と語った『 愛される企業 社員も顧客も投資家も幸せにして、成長し続ける組織の条件 』(ラジェンドラ・シソーディア、ジャグディッシュ・シース、デイビット・B・ウォルフ著、齋藤慎子訳、日経BP)から、「愛される企業」の高い賃金がなぜ会社の利益を押し上げ、ステークホルダーの満足につながるのかを解説する。
なぜ金融アナリストはコストコを「けしからん」というのか
わたしたちは、「株主かステークホルダーか」は誤った二元論だと考えている。「愛される企業」がより優れた財務実績を達成していることから判断すれば、株主価値を長期的に生み出す最善の方法は、すべてのステークホルダーにとっての価値創造を意識的におこなうことではないだろうか。
コストコを例にとろう。コストコは同業他社と比べて給与水準がかなり高く、しかも福利厚生なども充実している。直接競合する企業よりかなり多く支払っていながら、従業員ひとりあたりの売上も利益もかなり大きい。
まるで錬金術のようだが、圧倒的な効率のよさと、非常に低い離職率のおかげなのだ。より高い賃金でより満足して働いているから、モチベーションも生産性も高い。さらに、一般的な小売業とくらべて愛社精神も強いため、生産性をさらに高める新たなアイデアを従業員が次々と提案しているにちがいない。
ほかの愛される企業と同じく、コストコが構築しているビジネスモデルも、従業員の給与が高く、投資家をしっかり儲けさせ、顧客とサプライヤーを十分満足させ、新規開店予定のどのコミュニティからも歓迎されることを可能にしているのだ。
それなのに、コストコは投資家の利益を奪い、取るに足りない従業員を甘やかして給与を払い過ぎていてけしからん、と考えている金融アナリストが多い。これまでのように数字だけ見て企業判断しがちなアナリストにとって、ステークホルダー関係管理ビジネスモデルによる価値創造の可能性は理解しがたいのだ。
ドイツ証券のビル・ドレハーがこう述べている。
「投資家の観点からいえば、コストコの福利厚生は手厚すぎる。公開会社は株主のことを第一に考える必要がある。コストコは未公開会社のような経営をしている」
わたしたちは、ドレハーのほうが間違っているように思う。良識ある未公開会社のような経営の公開会社が、実は優良株だった、ということはよくある。コストコの前CEOジム・シネガルは、従業員待遇が「手厚すぎる」理由を次のように説明している。
「従業員にしっかり支払っているのは、そうするのが正しいからだけでなく、業績につながるからです。結局、支払っただけのものが手に入るのです」
シネガルはさらにこう続けている。最低賃金しか払わないのは「間違っています。適切な利益配分ではないからです。従業員は常に不満を感じ、離職者が増えます。おまけに、店長は代わりとなる人材の採用ばかりに時間をとられて、店の運営がおろそかになります。わたしたちはむしろ、従業員に店を運営してもらったほうがいい、と考えています。従業員が満足して働いてくれることが、企業の顔としても一番なのです。(中略)きちんと経営し、目標に意識を集中させていれば、株価は自然についてきます」。
実際、コストコは優良株であり続けている。
問題は、従来のビジネスモデルと異なるものはなんであれ、金融アナリストの多くは不安を感じてしまうことだ。「基準」となる豊富なデータを信頼して企業判断しているため、なんらかのカテゴリーで基準を超えた支出があると──コストコが賃金カテゴリーで基準を超えているように──、それを補っている強みを見落としがちになる。コストコは比較的高い賃金──それに尊重とエンパワーメントの文化──と引き換えに、採用や研修にかかるコストを抑え、顧客とよりよい関係を保ち、ひいては顧客ひとりあたりの売上の高さと強い顧客ロイヤルティを獲得しているのだ。
愛される企業最大の「秘訣」
愛される企業の成功の最大の「秘訣」として、どのステークホルダー集団からも、関わりたい、と思われていることが挙げられる。
たとえば、ゴルフ用品のタイトリストやキッチン家電のクイジナートといった高品質メーカーは、倉庫型店舗との取引を当初は避けていた。「必要最小限」の味気ないイメージだからだ。それがいまでは、コストコで自社製品を積極的に販売するようになり、コストコ利用客の富裕層割合を高めている。
また、優秀な人材は愛される企業で働きたがる。UPSには、空きを何年も待っている優良ドライバーのリストがある。
パタゴニアには、新規採用募集枠100名に対し、毎年1万通ほどの履歴書が送られてくる。愛される企業の多くは、費用のかさむ広告をほとんどおこなっていない。大手広告代理店式の派手な宣伝をしなくても、顧客のほうから来てくれるからだ。愛される企業の主な課題は顧客の獲得ではなく、顧客の要望に応え続けることだったりする。ぜひうちへ、と地域社会から要望されることが多いのだ。
同族経営のスーパーマーケットチェーン、ウェグマンズには、地元に店を開くよう懇願する手紙が毎月何百通も届いている。
ステークホルダー関係管理のビジネスモデルには、GEやウォルマートといった巨大企業も明らかに関心を示していることを見ても、「流れは変わりつつある」といって間違いないだろう。ステークホルダーのどの集団のメンバーも、投資先、購入先、勤務先、許認可先である企業に対してはっきり主張するようになり、そのことが企業をステークホルダー関係管理のビジネスモデルに傾かせているのだ。これは、すぐ時代遅れになる一時的な流行ではなく、長く続いていく流れだとわたしたちは考えている。
この流れを助長しているのが、アメリカの企業幹部に見られる道徳革命、ある人口層の主導でアメリカ全般に見られる価値観の変化、そして、結局は良識ある自己利益の問題である、という鋭い認識がビジネスリーダーにあることだ。
つまり、ほかのすべてのステークホルダーを差し置いて株主を最優先するのは、企業の長期的判断としては最悪かもしれない、ということだ。本書で取り上げている愛される企業の実績を見れば、株主利益がほかのすべてのステークホルダー集団の利益と調和しているほうが、より大きくなりうることがわかる。
ただし、デイトレーダーその他の解約率の高い投機家は考慮に入れていない。一時的な価値を「奪いとる」だけで、長期的な価値創造には投資していないからだ。実際、短期投資というのは矛盾した表現であり、真の投資はすべて長期的なものなのだ。ステークホルダー関係管理の経済エコシステム[生態系]においては、長期的価値を生み出すステークホルダーだけが、長期的な意味をなす。
ビジネス界がいまだに「愛」を軽んじる理由
資本主義をもっと大きな目的達成の手段に作り直す動きは止まらないだろう。その認識がない企業は悲惨な結果を招く。
ステークホルダーは社会意識の高い経営をますます求めている。それに応じない企業からは、顧客が購入しなくなり、優秀な従業員が他社へ流れ、サプライヤーも敬意を持って取引してくれるほかの企業と組む。株主最優先の企業にはコミュニティもますます厳しい態度をとるようになる。そうなると金融市場が資本の流れを制限するから、資本コストが上がってしまう。
企業がいまだに過去のルールで運営しているのは、時代遅れのメンタルフレームに囚われてしまっているからだ。認知科学者ジョージ・レイコフは、人の行動は「その人の世界観を形作っている精神(メンタル)構造」によって構築(フレーム)されている、という。
メンタルフレームは、世界を理解するための基準として人生を安定させている一方で、自分が信じていることと一致すれば事実として反射的に受け入れてしまうし、一致しないものはすべて間違っているとして、よく考えもせずに否定してしまう傾向がある。この「確証バイアス」は次の一文にもよく表れている。
信念は必要性に従う。
配偶者、友人、同僚に、客観的に証明できる事実を話したところ、バカらしいと相手にされなかった経験はないだろうか。人も企業も、自分が信じる必要性を感じなければ、信じないのだ。
自分のメンタルフレーム、つまり世界観を維持する「必要」があるのは、心の平静を保つ必要があるからだ。そこで、入ってくる情報を選択して整理し、自分の世界観の整合性を保とうとする。だから、自分の信念体系を守るほうが大事で、信じているものを変える現実的な必要性を無視しがちになる。
ここ200年にわたって企業を動かしている資本主義という考え方は、人に関することなら(恋愛問題は別として)理性は感情に優る、という伝統的概念から来ている。だから、ステークホルダーも(株主も含めて)生身の人間としてではなく、単なる統計上の存在として捉えてきた。
これが誤りであることは、愛される企業を見ればわかる。事業の分析・計画・運営において、右脳の情緒性は、左脳の理性と同じくらい注目に値する。
これからの差別化戦略としての「愛」
ステークホルダーに対する愛される行動が、資本主義の企業にとって、もっとも決定的な競争上の差別化となる。
健全な経営がおこなわれている前提で、A社のステークホルダーのほうがB社のステークホルダーより、その企業に対する愛情が大きければ、A社は長期にわたってB社をしのぐ、とわたしたちは考えている。マージンもA社のほうがB社より大きい可能性が高い。企業も製品も気に入ってもらえているA社は、より多く購入してもらえる。
アウトドア用品メーカーのパタゴニアはそこに気づいた。愛される企業パタゴニアの顧客は、他社製品とくらべて平均で20パーセント割高のパタゴニアの製品を購入してくれる。そのおかげで、粗利は50パーセント近い。
感情は意識のなかの実体のないものではなく、生理学上の具体的な状態だ。身体状態の変化から来る関連性を計る基準となる。アドレナリン量、心拍数、血圧、電気皮膚反応、呼吸、唾液分泌などの変化が感情を引き起こすのだ。ことが重要であるほど、強い感情反応を示す。自分となにかを認知的にも本能的にもつなぐ感情反応がないと、その対象に親近感は抱けない。愛情を感じることができないのだ。
顧客の感情を好ましい方向へ刺激できていないブランドや企業が、真の顧客ロイヤルティを生じさせられるはずがない。
同じことは従業員にもいえる。従業員と企業を結んでいる絆は、経営陣が思っているほど、給与や福利厚生といった左脳の量的なものに基づいているわけではない。仕事に対する評価や感謝の気持ちといった右脳の質的なものに基づいているほうが多い。たしかに、高い給与や大量のストックオプションがつなぎとめているケースもあるかもしれない(株価が順調に値上がりしていればだが)。しかし、評価も感謝もされない従業員が企業と強い絆で結ばれることはない。
そういう人は、会社のためにベストを尽くそうとは思わない。エンゲージしない、奮起しない、協力的でも創造的でもない、満足も充実感もない。顧客を幸福にしようという意欲もないし、聞いてくれさえすれば、だれかれ構わず勤め先の悪口を言う。
企業とステークホルダーのあいだに愛ある関係性を促進する、と聞いて顔をしかめる人もいるかもしれない。しかし「ソフトアプローチ」は見返りが大きいという確かな証拠が必要なら、現代の神経科学を見るといい。どんなロイヤルティ(忠誠心)も、「どう思うか」より「どう感じるか」と深く関わっている。ブランドに対するメンタル反応を脳スキャンで調べたある研究がそのことを裏づけている。感情を司る右脳は、ほかの固有名詞よりもブランドに反応することがわかっている。この研究結果も、神経科学者アントニオ・デマジオが明らかにしたことも(なんであれ自分との関連性を見極めているのは、感情であり、理性ではない)、本書の核となる前提をしっかり裏づけているものといえるだろう。
なぜ、賃金が高く、顧客から愛され、投資家からも地域からも応援される企業が、高い成長率を維持できているのか? 業績が市場平均を大幅に上回り、さらには「ビジョナリー・カンパニー」をもしのぐ72社を徹底的に分析して見えてきた「共通点」とは? いまの日本にもっとも必要な経営書の決定版!
ラジェンドラ・シソーディア、ジャグディッシュ・シース、デイビット・B・ウォルフ著、齋藤慎子訳/日経BP/2970円(税込み)

