数字にだまされない本 』(日経ビジネス人文庫)の著者・深沢真太郎さんと『 構造化思考トレーニング コンサルタントが必ず身につける定番スキル 』(日経BP)の著者・中島将貴さんの対談。第1回は、そもそも「最適解」とは何か、という素朴な疑問について語ります。

数学的素養がないとビジネスで戦えない

日経BOOKプラス編集部(以下、──) 深沢真太郎さんは『数字にだまされない本』、中島将貴さんは『構造化思考トレーニング』という本を出していらっしゃいます。今回はそれぞれの立場から、ビシネスパーソンにとって必要な課題解決の力、「最適解」を出すことについて伺いたいと思います。まず、お2人は初対面とのことで、自己紹介からお願いします。

中島将貴さん(以下、中島) 私は野村総合研究所に所属し、現在はブライアリー・アンド・パートナーズ・ジャパンに出向中です。コンサルタントにも経営戦略や業務改善といった得意分野がありますが、私の専門はマーケティング。具体的には大手企業に対して、ロイヤルティープログラムの設計や導入のお手伝いなどをしています。

深沢真太郎さん(以下、深沢) 私は子どもの頃から数字が大好きで、小学生の頃は電車の時刻表を読むのが趣味でした。「東京から出発して、青森に行って、大阪に行って、福岡に行くとしたら、どれが最短ルートかな」とエア旅行をするのが何より楽しみだったんです。予備校の数学講師、会社員時代にはマーケティングを担当し、独立してからは「ビジネス数学教育家」として、「数字に強いビジネスパーソンを育てる」ことに特化した人材育成の活動をしています。

 人生100年時代だとしたら、人が働く時間って、すごく長いですよね。その働いている時間が楽しくないと、豊かじゃない。楽しいほうがいいし、成果が出たほうがいい。「数字」という自分の得意分野から、そのお手伝いができたらと思っています。

中島さんの著書『構造化思考トレーニング』と深沢さんの著書『数字にだまされない本』
中島さんの著書『構造化思考トレーニング』と深沢さんの著書『数字にだまされない本』
画像のクリックで拡大表示

中島 最適解を出すにも、ビジネスにも、「数字」はすごく大事ですよね。でも、実は私も根っからの文系で、「数字はできるだけ避けたい」というスタンスだったんです。

深沢 あらら。

中島 だから、最初は何か解を出そうとしても感覚的な解しか出せませんでした。でも、コンサルタントは「いかに筋が通っているか」「ロジカルに整理できているか」「定量的に示せているか」で納得してもらう仕事です。ビジネス数学的な素養がないと、戦いづらい。しかも平均や標準偏差を見るだけではなく、その背景にあるデータのばらつきまで見て判断しなくてはいけないので、非常に苦労しました。

深沢 コンサルタントの人はもちろん、ビジネスパーソンにも数学的な素養は必要ですよね。その上で今回のテーマである「最適解を出すには」ですが、コンサルタントから見た「最適解」とはどのようなものですか。

「ビジネスパーソンにとって数学的な素養は必須なものです」と語る深沢さん
「ビジネスパーソンにとって数学的な素養は必須なものです」と語る深沢さん
画像のクリックで拡大表示

中島 数学のようにカチッと1つの答えが出るものではなく、まず「誰にとっての最適解なのか」が大事だと思います。コンサルタントにとってはクライアントが納得して、腹落ちして、満足してくれるかで最適解が決まってきます。

深沢 なるほど。「誰にとっての最適解か」はコンサルタントならではの言葉ですね。数学的な最適解は数字の5なら「5」という全世界共通の答えなので、「誰にとっての最適解か」といったフレーズはなかなか出てきません。その視点は勉強になります。

中島 もちろん、定量的にアプローチできるところは曖昧性を排除して、誰から見ても正しい解を出そうとします。ただ、どうしても解を出しきれず、柔らかい議論を通じて「AなのかBなのか」を判断する場面もあります。そのときに「クライアントが何を期待しているか」「その解を通じて何をしたいのか」がよりどころになります。

「コンサルタントの場合、クライアントが満足してくれるかで最適解が決まります」と言う中島さん
「コンサルタントの場合、クライアントが満足してくれるかで最適解が決まります」と言う中島さん
画像のクリックで拡大表示

深沢 多方面から見て、1つの解をつくっていくという総合力が問われるんですね。大変な仕事ですね。

中島 はい、大変です(笑)。でも、若手の頃の私は「誰にとっての最適解か」というところは意識しつつも、定量的にきっちりデータを積み上げなくてはいけない部分にまで自分の主観が入っていて、「それはおかしいんじゃないか」と指摘されたことがありました。やはり数学的な判断も重要です。

数字とは客観性

深沢 数字は客観性ですからね。ただ、数字ってホントに嫌われ者なんですよ(笑)。私が何かのデータを示していくら説明しても、ビジネスパーソンの10人中7人は「いや、それ、数字上の話でしょ」というネガティブな反応になります。データを基に語ることに「柔らかさ」を感じられないのかもしれません。だから、柔らかい議論と数学的な素養、バランスが重要だなと思います。

 今のお話を聞いて、私なりに考えてみた最適解は2つです。1つは中島さんと同じで相手が納得してくれる解が最適解。結局、ビジネスパーソンは行動してナンボというか、行動しないことには何も始まらない。では、なぜ行動できるかというと納得感、腹落ち感があるから動けるんですよね。そして、もう1つが、最適解とはシンプルであること。やはり数学的な観点からすると、シンプルな解のほうが美しく、エレガント。コンサルタントからすると、シンプルだからいいとも限りませんか。

中島 「考え尽くされたシンプルさ」がベストですね。ビジネス戦略は1人ではなく、みんなで実行していくものなので、全員が共通認識を持つにはシンプルであるほうがいいです。

深沢 なるほど。複雑であればあるほど、それぞれ違う解釈をしてしまうと。

中島 ええ。ただ、そのシンプルさは「必要な検討や議論がし尽くされたもの」でなくてはいけないと思います。論点を省略してのシンプルさでは意味がありません。

「リアルでの対面」は初めての2人。「最適解」をテーマに議論は熱く盛り上がった
「リアルでの対面」は初めての2人。「最適解」をテーマに議論は熱く盛り上がった
画像のクリックで拡大表示

深沢 どうすれば、「考え尽くされたシンプルさ」にたどり着けるんでしょう?

中島 それはもう「深沢さんと私の本を読んでください」と(笑)。実際、『構造化思考トレーニング』にも書いたことですが、「誰がいつまでに、どういう状態になっているのが必要か/望ましいか」というゴールを設定し、それを「キークエスチョン」として言い換える手法を紹介しています。

 例えば、「依頼された営業先リストが完成し、上司が次のアクションに移れる状態」がゴールだとしたら、「依頼された営業先リストが完成し、上司が次のアクションに移れるようにするには?」とキークエスチョンに言い換えることができます。ゴールにひも付けて論点を整理し、俯瞰(ふかん)的に捉えて、それぞれに解を出していくことが重要だと思います。

深沢 「俯瞰」も重要な要素ですよね。私は最適解を考えられる人、考え抜ける人は「その内容を絵に描ける人」だと思っています。まさに俯瞰しているから、図解できるのではないかと。

 ゴール設定、キークエスチョン、俯瞰する力が最適解を出すための鍵と言えそうですね。

取材・文/三浦香代子 写真/洞澤佐智子

日経ビジネス人文庫
数字にだまされない本
顧客満足度90%、効果2倍、就職に強い大学ベスト10……
うまい数字には嘘(ワナ)がある!


売り上げ目標、前年比、平均年収、レビューの評価点、視聴率、感染者数の推移……私たちは数字に囲まれて生きています。でも、その数字は本当に信じていいもの?
ビジネス数学教育家として人気の著者が、「数字を正しく読む技術」をエクササイズや事例を交えて解説します。

深沢真太郎著/日本経済新聞出版/定価880円(税込み)
課題解決のプロがやっている思考法を解説。

いつまでも上司や顧客のOKが出ない。やたらと仕事の手戻りが発生する。グダグダな議論が続く……職場でよくあるこんな悩みを解決する、構造化思考アプローチについて解説。実践問題を解くことで、使いこなせるスキルが身に付きます。

中島将貴著/日経BP/1760円(税込み)