今注目されているのが、インターネット上の仮想空間、メタバースの利活用だ。メタバースがもたらす本質的な変化とは何なのだろうか。国内最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターの代表取締役CEO・加藤直人氏に、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の岩渕匡敦氏と苅田修氏が聞いた。連載第1回。 日経ムック「BCG デジタル・パラダイムシフト」 から抜粋。
メタバースによるパラダイムシフト
岩渕匡敦氏(以下、岩渕) メタバースの分野は日々進化しており、そのスピードも非常に速いと思うのですが、直近で加藤さんが取り組まれている領域や、特に関心のあるところをご紹介いただけますか。
加藤直人氏(以下、加藤) まずクラスターの話をさせていただくと、クラスターではバーチャル空間をつくるシステムをつくっています。事業の根幹はその中でイベントを行うというところで、そこから利益が出ています。最近の注力ポイントは2つあって、1つはクリエイターエコシステム。バーチャル空間内でアバターやアイテムをつくって、それを売り買いする、それで稼ぐ人たちが出てきています。
もう1つが、メタバース内に蓄積したデータの解析です。ありとあらゆる行動がデジタルで記述されている世界なので、メタバースでは大量のデータが集まります。そのデータを機械学習で解析してバーチャル空間に還元し、より過ごしやすくする。2021年にメタバース研究所を設立し、そのための研究をしています。
苅田修氏(以下、苅田) 私たちも、メタバースの発展によるバーチャルでの多様なアプリケーションの進展、バーチャルとリアルとの融合などを通じて、個人の生活や多様な業界でパラダイムシフトが起きるだろうと考えています。
企業もメタバースの利活用を開始していますが、企業にとっての意味合いとしては何が挙げられるでしょうか。メタバース内で経済圏をつくっていくことに加えて、多様な領域においてバリューチェーン横断で業務の質を向上・効率化させる可能性があると思います。
加藤 メタバースの本質は、デジタルとマテリアル(物質)がひっくり返るという現象だと考えています。インターネットがこの30年間くらいで広く普及して、いろいろな産業に組み込まれるようになりました。しかし、インターネットの機能は基本的にはコマースと広告の2つです。結局のところ、物質に基づいたビジネスなわけです。
コマースはインターネットを使って形のあるものを売り買いします。デジタルで売買をサポートするという形です。ものを買うということのアテンションをつくり出す広告もそうです。どこまでいっても物質が主であり、デジタルはサポート役でした。しかし、これから先の時代は、デジタルが主になって物質がサポート役に変化します。2020年を境に変わり始めたところだと思っています。
現実の世界ではもう高い服を買わなくてよくて、家の中で着る服は安くて実用的なものでいい。リアルで履くのは安い靴でいいけれど、デジタルスニーカーはすごく良いものを買ってしまう、というようになっていきます。
つまり、物質自体に価値がひもづき、サポート役としてデジタルがあるのではなく、デジタル自体に価値が生まれていくのです。先ほどパラダイムシフトとおっしゃっていましたが、デジタル自体をどう売り買いしていくかという考え方に変えないといけない、本当のパラダイムシフトが起こると考えています。もちろんインフラに近い部分ほど物質依存性が高く、それらはデジタル化が難しいということになるのですが、デジタルを活用する際の発想の違いが重要になります。
もう1つ背景にあるのは、SDGs(持続可能な開発目標)、カーボンニュートラルといった環境に関しての意識が非常に高まっていることです。大量生産・大量消費型の社会によって、地球に限界が来たというところがあると思います。これまでは物質依存のビジネスで経済を伸ばそうとしてきましたが、人間にとっての本当の価値を生んでいるところが、どんどん非物質化しています。地球やサステナビリティのことを考えると、もうどうやっても「物質をサブにしてデジタルを主」という考え方にしないと限界が来ているという流れなのだと思います。
物質に依存した消費はぜいたく
苅田 そうしたパラダイムシフトが起きるときにデジタルが物質を置き換えていくということになるわけですが、これは代替という形なのでしょうか。あるいは、双方ともに成長して、デジタルと物質が相まって全体の市場がより拡大していくという形なのでしょうか。
加藤 少し過激な意見にはなりますが、デジタルに行かざるを得なくなるのかな、と思っています。新型コロナウイルスのパンデミックが起こって家から出られなくなり、基本的に会議はオンラインになりましたよね。人と気軽に会えなくなり、実際に会う感覚を得ることが貴重なことになるわけです。
つまり、オンラインでもできることを、リアルで行うのは貴重だということ。物質は残りますが、物質に依存した消費というのは基本的にはぜいたくなものになります。ただ、ぜいたくをする時間は限られてくるし、ぜいたくできる人も限られてきます。環境やサステナビリティのことを考えると、どんどんコストが上がっていくはずなので。
一方で、デジタルを選んだほうが「クール」だという感覚が若い世代、特に10代、20代の間で高まっていくと考えています。そういう大きな変革が起こるので、今までの考え方を捨てないといけないと思います。
取材・文/大内孝子 写真/山下陽子
ボストン コンサルティング グループ監修/日本経済新聞出版/1980円(税込み)