インターネット上の仮想空間、メタバースへの関心が高まっている。デジタル空間のメリットは? また、各社が展開するメタバースは今後どうなっていくのか。国内最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターの代表取締役CEO・加藤直人氏に、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の岩渕匡敦氏と苅田修氏が聞いた。連載第2回。 日経ムック「BCG デジタル・パラダイムシフト」 から抜粋。
第1回 「
クラスター×BCG メタバースがもたらす本質的な変化とは?
」
メタバースがもたらす新たな人間関係
岩渕匡敦氏(以下、岩渕) 第1回のお話を聞いて私が感じているのは、自分がユーザーだとしたときになぜデジタルの世界なのか、何がそうさせるのかというところです。おそらくフィジカルの世界で満たせないものが、デジタルの中で、低いコストで実現できる。そういうことが根源にあって、デジタルで新たな市場が生まれているのかなと思いました。
加藤直人氏(以下、加藤) そういうことだと思います。映画などでもバーチャル空間は救いとして描かれていることが多いですよね。細田守監督の『竜とそばかすの姫』もメタバース空間を描いていますが、あれも主人公にとっての救いです。どうしようもない自分の生活や現状に対しての救いの場としてバーチャル空間が存在している。
例えば、現実の生活は生まれた土地や家庭の経済状況などにひもづいていますが、バーチャル空間の中では広い部屋に住み、好きな格好ができて、なかなか会えないような人たちと自由に会える、そこに新しいコミュニティーが広がっている。だから、メタバースという概念が浸透するのです。
クラスターが運営する「cluster」はVR(仮想現実)版・PC版、スマートフォン版といずれにも対応していますが、やはり10代、20代のユーザーが非常に多いです。10代、20代に増えているのはそういう背景があるからではないかと思います。
苅田修氏(以下、苅田) 日本でも徐々に格差が広がって、今の生活に不満があるという人が増えています。そうした人たちが起爆剤となって、そこから広がっていくという展開なのですね。例えば、弱者という観点からすると高齢者もある意味で弱者になり得るわけで、いずれ高齢者がメタバースの空間で新しいコミュニケーションや、新しい幸せを探すということも十分あるのかなと思います。
加藤 僕の意見としても、高齢者こそメタバースを活用してほしいと考えています。相性がすごくいいと思いますね。なぜかというと、スマートフォンは画面が小さいし、抽象度の高いUI設計になっているのでシニアには操作が難しいのです。
一方、VRやAR(拡張現実)は、ゴーグルをかぶってしまえば、身ぶり手ぶり、言葉といった直感的なインターフェースで操作ができる。また、メタバースの中では見た目や声を変えられることも大きいと思います。実際、年齢という点では、「cluster」でも、なかよくなった2人が実は10代と50代だということがありました。
現実の空間では見た目もあるし、互いに遠慮し合ってしまうところがあります。しかし、メタバースの中は、見た目、性別、皮膚の色も含めて本当にしがらみのない世界で、そこで新たな人と人とのつながりが生まれる、コミュニティーが形成されます。シニアにこそ活用してもらいたい技術です。
B2Cの観点で見るビジネスの変化
苅田 まさに「cluster」は最先端を行っているわけですが、今後、そういったメタバースのコミュニティーはどのように進化していくのでしょうか。例えば、グーグルやメタのようなビッグテックが巨大なコミュニティーをつくって、そこに集約されていくのか。あるいは、多様なコミュニティーが共存していくのか。加藤さんはどう見ていますか。
加藤 僕は数社による寡占になると思っています。1位が80%、2位が10%、3位以下で残りの10%を分けるという構造です。ビッグテックが取るか、スタートアップが取るかはまだ分かりませんが。
従来の資本主義社会の枠組みの中で考えると、メタバースは単にバーチャル上のコミュニティーです。そして、ローカル依存が低いことが特徴です。基本的にローカル性が高いインターネットサービスは分散される傾向が強いです。
AirbnbとUberの違いを考えてみると分かりやすいのですが、Uberは、同じようなサービスが都市ごとに出てきています。1社が世界中で同じ規約、同じサービス体系で展開する利点が少ないわけです。それに対してAirbnbは、1社で大きくシェアを取れています。Airbnbは、東京からニューヨーク、サンフランシスコからロンドンというような行き来を前提とした体験を提供するものだからです。ローカル性が低いわけです。YouTubeもそうです。言語によるローカル性はありますが、韓国のアイドルグループが投稿した動画を全世界の人が見ています。
メタバースもバーチャル上のものなので、誰がつくったとか、どこの国かということはあまり関係ありません。カルチャーは関係がありますが、言語の問題も、あと3年から4年くらいでリアルタイム翻訳が自然な速度でできるようになるので、そうなってくると本当にボーダーレスです。
おそらく1社がシェアを握るという方向になり、その構造は、ハードウエアがあって、バーチャル空間が存在し、その上にコンテンツやビジネスが乗るという3層構造になると考えています。真ん中のバーチャル空間の部分は寡占状態になると思いますが、その上の部分にはいろいろな可能性があるし、いろいろなやり方が展開されるでしょう。
取材・文/大内孝子 写真/山下陽子
ボストン コンサルティング グループ監修/日本経済新聞出版/1980円(税込み)