「読書の効果は科学的に実証されているものが多くあり、しかもその大半はまだ世の中に知られていない」と語るのは、『科学的根拠が教える 子どもの「すごい読書」』(日経BP)の著者で、読書研究の専門家である猪原敬介さんです。猪原さんによると、読書は「頭がよくなる」だけではなく、考える力や共感力、生きる力、思いやり、コミュニケーション力など幅広い能力を伸ばす効果があるといいます。ここでは、そのような多様な効果の中でも、「学力」と「生きる力」に特に関連の深い「語彙力」について、書籍から抜粋してお届けします。1回目は、そもそも語彙力はなぜ大切なのか。
語彙力は生きていくうえで必須の能力である
文部科学省は、児童が育むべき「生きる力」を、以下のように説明しています(小学校学習指導要領※1「総則」より)。
- 基礎的な知識と学習の基盤の確立
- 豊かな心と思考力・表現力・創造性
- 健やかな体
ここでは、この中から、「基礎的な知識と学習の基盤の確立」と「表現力」に関わるものとして言葉の力、特に語彙力についての研究をご紹介します。単に「知っている言葉の数を増やす」だけではない、読書の語彙力への寄与について説明します。
まず、「知っている言葉は多ければ多いほどさまざまな場面で有利だ」というほぼ常識化している知見について確認をしておきましょう。
語彙のサイズ……すなわち、知っている言葉の「量」が少ないと、発話も文章も正確に理解できないし、自分の想いも適切に表現できません。
例えば、言葉には「ニュアンス」というものがあります。
「ある人が笑っていた」という事実にも、破顔一笑で快活に笑っていたのか、微笑(ほほえ)んでいたのか、愛想笑いだったのか、つくり笑いだったのか、冷笑だったのか、嘲笑(ちょうしょう)だったのか……、というニュアンスの違いがあります。
ニュアンスの違いに対応して、今並べた「破顔一笑」から「嘲笑」までのような、数多くの表現のレパートリーがあります。これらを理解・使用できるかどうかには、当然、これらの言葉を身につけているかという、知っている言葉の「量」が影響してきます。
また、会話や文章でどのような言葉を用いるかによって、相手への態度が伝わります。もっといえば、話し手の大まかな知的レベルさえ推し量ることができます。
知能には、情報をすばやく正確に処理したり、推論を働かせたりする「流動性知能」と、言葉の力や一般的知識と関連する「結晶性知能」の2つがありますが、ウェクスラー式知能検査というよく用いられる知能検査には、そのものズバリ「単語」という課題があります。これなどはほとんど、知っている言葉の「量」を測定する語彙力テストそのものです。
つまり、語彙の量は対人コミュニケーションや他者からの評価にも関わってくるわけです。
語彙力と文章理解力、そして学力
東京大学とベネッセの調査の中に含まれる、語彙力テストと文章理解力テストから、研究知見をご紹介します※2。
ここでの語彙力テストは「『○○○○』のことばと、もっとも意味の似ていることばを選んでください」という一般的な多肢選択問題です。心理学の分類では、これは語彙力のうちの「量」的側面を測定していることになります。
文章理解力テストは、やや長い文章や図表を読み取って、その内容についての質問に回答する多肢選択問題でした。
まず、語彙力が高いほど文章理解力は高いのか。
これはもちろん「YES」です。
中学3年生のデータでも、高校3年生のデータでも、語彙力が高い人は文章理解力も高く、その関係はかなり強いものでした。
例えば、調査に参加した中学3年生615名の中で、語彙力の偏差値(学力偏差値と同じように、平均が50になるものです)が40以下の人で、文章理解力の偏差値が60を超えた人は1人もいませんでした。それくらい、語彙力は文章理解力を規定する要因なのです。
次に、語彙力が高いほど学力は高いのか。
これも「YES」です。
小学3年生、小学6年生、中学3年生、高校3年生のいずれの校種・学年でも、「語彙力が高いほど教科科目の成績が高い」という関係が見られました。
高校3年生のデータでは、全国模試の成績との比較も行われ、「語彙力が高い人ほど、全国模試の成績もよかった」という結果が得られています。
当たり前といえば当たり前ではありますが、知っている言葉の「量」が多いことは、やはり言葉を扱うさまざまな場面において有利であることがわかります。
語彙力の「質」=言葉の「使いこなし度」
実は語彙力には、「量」のほかに「質」という側面があります。
「量」としての語彙力とは、知っている言葉の数のことです。
一方で、「質」としての語彙力とは、その知っている言葉をどれだけ使いこなせているか……つまり、言葉の「使いこなし度」といっていいでしょう。
例えば、同じ「知っている言葉」であっても、「その言葉が使われているのを聞いたことがあるような気がする」というレベルの「知っている」から、「読めば瞬時に意味がわかるし、自分でも適時に的確に使いこなせる」というレベルの「知っている」まで差があると思います。
この差が、「質」の差です。
一つひとつの言葉に質の差があり、語彙全体として言葉を「使いこなしている」傾向の強い人は、語彙の質が高い……つまり、「質」としての語彙力が高いといえます。
「語彙クオリティ仮説」とは?
こうした語彙の質について精緻(せいち)に理論化したものに「語彙クオリティ仮説※3 ※4」と呼ばれるものがありますので、その説明を見てみましょう。
語彙の「質」とはどういったもので、何に影響し、どうすれば高めることができるのでしょうか。
まず「語彙の質」とは、その人の語彙知識によって、
- 単語の理解が「正確」で「自動化」されている程度
と言い表すことができます。自動化とは、「意識せずとも勝手に行われる」という意味です。
ある単語は私たちの頭の中で「意味」「発音」「つづり」「文法」「用法」といった情報と一緒に整理されています。
しかし、頭の中に保管されている単語の「量」は膨大です。私たちの持っている語彙数は数万から十数万といわれています※5 ※6。
しかも、先ほど述べた「冷笑」と「嘲笑」のように意味の似ている単語や、「雨」と「飴(あめ)」のように発音が似ている(あるいは、同じ)単語など、単語間で類似しているものも多くあります。
ある意味で、文章を理解するということは、次々と流れ込んでくる言葉の濁流を、私たちの語彙知識によって分別し続ける作業といえます。
その膨大な作業のために、正確な語彙が必要なのです。
文章理解に必須の「単語を自動的に処理する力」とは?
さらに、文章を理解する際には、一つひとつの単語に意識を向けていては、とても追いつきません。文章全体の意味には意識を向けながら、個々の単語についてはほぼ「無意識」に、「高速」で、さらには「省エネ」しつつ処理していく必要があります。
無意識・高速・省エネを同時に実現するためには、単語処理の「自動化」が行われる必要があります。
例えば、「莞爾」という単語を知っていますか?
この単語の意味は「にっこり笑うさま、ほほえむ様子」です。発音は「かんじ」です。
「莞爾として笑う」のように使います。
実は、先ほどの「ある人が笑っていた」という事実を表現するレパートリーのひとつだったのですね。
うろ覚えであっても、大体の意味がわかれば、それはあなたの語彙の一部であり、あなたの語彙の「量」に含んでよいでしょう。
しかしこの単語の「知っている」の質は、多くの人にとっては低いものになると思います。まず読み方(発音)がわからないし、意味もわからない、あるいは、勘違いしていた、ということもあるでしょう。私自身、書き方(つづり)はまったくわからず、手書きで「莞爾」と書くことはできません。
一方で、「莞爾」を質が高い状態で保持している人も、やはりいるのです。そうした人は、語彙全体の「質」も高いと予想されます。
このように、語彙力には「知っている/いない」で決まる「量」と、「知っている」単語の正確さと自動化の程度で決まる「質」があるのです。
※1 文部科学省.(2017). 小学校学習指導要領.
※2 岡部悟志(2020). 第7章「 語彙力・読解力調査」のねらいと今後の課題・展望.東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所(編), 子どもの学びと成長を追う:2万組の親子パネル調査から(pp. 112-124). 勁草書房.
※3 猪原敬介.(2024). 語彙クオリティ仮説-その理論的位置づけと教育実践への示唆-. 北里大学一般教育紀要, 29, 41-62.
※4 Perfetti, C. A.(2017). Lexical quality revisited. Developmental Perspectives in Written Language and Literacy: In honor of Ludo Verhoeven, pp.51-67.
※5 藤田早苗・小林哲生.(2022). 令和版単語親密度に基づく大規模語彙数推定調査. 人工知能学会全国大会論文集(第36回, 2022), セッションID:4N1-GS-3-03, pp.1-4.
※6 荻原廣.(2020). 大学生の日本語の使用語彙, 理解語彙:使用語彙は平均約33000語. 京都語文, 28, 39-53.
本が好きな子にも、ちょっと苦手な子にも。本を読めば、将来、直面する「壁」や「迷い」を乗り越えやすくなる。本の効果は、「頭がよくなる」だけではありません。探究心・知的好奇心・思いやり・友達や周囲の大人とのコミュニケーション力…読書の効果を無理なくいいとこ取りするための、科学的根拠が教える読書法!!
猪原敬介著/日経BP/1980円(税込み)

