「読書の効果は科学的に実証されているものが多くあり、しかもその大半はまだ世の中に知られていない」と語るのは、『科学的根拠が教える 子どもの「すごい読書」』(日経BP)の著者で、読書研究の専門家である猪原敬介さんです。猪原さんによると、読書は「頭がよくなる」だけではなく、考える力や共感力、生きる力、思いやり、コミュニケーション力など幅広い能力を伸ばす効果があるといいます。ここでは、そのような多様な効果の中でも、「学力」と「生きる力」に特に関連の深い「語彙力」について、書籍から抜粋してお届けします。2回目は、語彙の質と、語彙力そのものが持つ無視できない性質について。
語彙の質が、会話能力を左右する
語彙の質が高いと、どんなよいことがあるのでしょうか。
ここでは3つ挙げたいと思います。
まず大きなメリットとして、
①言葉の「理解」が正確・スピーディで、疲れにくい
ことがあり、それが、
②言葉の「使用」においても、ウィットに富んだ表現を思いつき、かつ、素早く正確にそれを発話・作文できる
ことにつながります。
これらのメリットは、「質の高い語彙」の持つ2つの特徴からの恩恵によるものです。
2つの特徴のうち、1つ目は「言葉の理解の正確さ」です。
さきほど「ある単語は私たちの頭の中で『意味』『発音』『つづり』『文法』『用法』といった情報と一緒に整理されています」「単語間で類似しているものも多くあります」と述べました。
「言葉の理解が正確」であることは、ある単語を思い出そうとしたときに、「意味」「発音」「つづり」「文法」「用法」などのそれぞれの情報において、類似した他の単語からの「干渉」を受けにくいことを意味します。「干渉」を受けると、ある単語を思い出すことが阻害されるので、思い出すのが遅くなったり、失敗したりします。
「質の高い語彙」の特徴である「言葉の理解が正確」という状態にあると、そうした遅延や失敗が起きにくいため、結果として、思いついた表現を「素早く正確に発話・作文できる」ことにつながるのです。
知的なコミュニケーションをもたらす「語彙の質」
「質の高い語彙」の持つ2つの特徴のうちの2つ目は、「語彙ネットワークの適切さ・充実度の高さ」です。
「連想ゲーム」をしてみればわかるとおり、私たちは「ある単語と関連する別の単語は何か」を探すのが得意です。それは、もともと私たちの語彙知識が、関連する単語同士をつなぎ合わせたネットワーク構造……すなわち、語彙ネットワークの形をしているからなのです。
そして、この語彙ネットワークのつくられ方にも「適切さ(一般に関連すると認められる単語同士が、その程度に応じてきちんとつなげられているか)」や「充実度(言葉の「量」が多く、ネットワークのつながりの数も多いか)」の個人差があります。
語彙の質が高い人は、「語彙ネットワークの適切さ・充実度」が高いです。
聞く言葉・目にする言葉が語彙ネットワークを刺激して、関連する別の言葉を無意識下でリストアップします。
そのため、話や文章の文脈に応じた知的で気の利いた発言を選ぶこと―すなわち、先ほど述べた「ウィットに富んだ発話・作文」をすることが可能になるのです。
この2つが合わさることで「ウィットに富んだ表現を思いつき、かつ、素早く正確にそれを発話・作文できる」ようになるわけですが、「ウィットに富んだ表現を思いつく」ことと「素早く正確にそれを発話・作文できる」が同時に可能になることは、特に会話において重要です。
私自身、「あ、今『よいこと』が言えそう!」と「ウィットに富んだ表現」を思いつくことがたまにはあります……が、それをすぐに思い出せずに、よい「間」を逃してしまうことがあるのです(しかも、わりと頻繁に……)。
もっとひどいと、焦って「よいこと」を言おうとするあまり、間違った表現をドヤ顔で使ってしまって赤面、ということもありました……。
「質の高い語彙」は、こうした悲劇を減らし、普段からウィットに富んだ会話をすることに貢献してくれます。
語彙力が持つ「格差が開きやすい」性質
語彙の質が高いことによる最後のメリットは、
③その単語と関連する未学習単語を学習する能力が高まる
ことです。つまり、「語彙の質が高い人は、低い人に比べて、語彙の質も量もさらに高まりやすくなる」性質があるのです。
言い換えれば、語彙力の個人差には格差が生じやすい、ということでもあります。
これまで説明してきた「語彙の質が高いとは」という内容からの帰結として、「読んだり聞いたりした文章をより正確に、より豊かに理解できる」ことがあります。
文章を構成する一つひとつの単語の意味を正確に理解でき、適切で充実した語彙ネットワークによって、文章に直接書かれていない内容もうまく推論によって補うことができます。
当然、文章を理解する力も高まりますよね。
少し前に、知っている言葉の「量」が多い人は、文章理解テストの成績も高い傾向があることを紹介しましたが、語彙の「質」についても同じことがいえるわけです。
語彙の「質」が高い人も、やはり文章理解力が高くなります。
「新しいことばとの出合い」が語彙力アップの鍵
私たちの語彙を構成する言葉の大半は、授業で習ったものではなく、会話や読書の中で意図せず学んだものです。
学習するつもりがないのに、なぜ会話や読書をするだけで語彙学習につながるのでしょうか。
それは、会話や読書の中にほどよく「新しい言葉(未学習単語)」が含まれていて、話や文章の「文脈」から、その新しい言葉の意味を推論できるからです。正しく意味が推論されていれば、その言葉は「新しい言葉」から「知っている言葉」に変化し、学習が完了します。
新しい言葉の推論能力が、そのまま新しい言葉の学習能力となるわけです。
ということは、より正確で、より豊かな「文脈」をつくることができる語彙の質が高い人は、新しい言葉の学習能力も高いと予想されます。
直接的な証拠ではありませんが、ある実験※1で、読み手の「文章理解力の高低」が、こうした未知語の意味を推論する能力にどのように影響するかが検討されています。
語彙の質が高い人は文章理解力も高い傾向がありますので、これは間接的に語彙の質が未知語の学習能力に及ぼす効果を検証した実験と解釈することができます。
文章理解力の低いグループ・中くらいのグループ・高いグループがあったのですが、未知語の意味を推論する能力は、文章理解力の高いグループがもっとも高く、次に中くらいのグループでした。
文章理解力のもっとも低いグループにいたっては、未知語の意味を正しく推論することがほぼできなかったことが報告されています。
この結果は、「語彙力の高い人たちは、文章理解力が高いために、もっと語彙力を高め続けていく」ことを意味します。
つまり、語彙力というものは、どんどん格差が開いていく性質を持っているのです。
読みの「マタイ効果」仮説と語彙力――豊かな子がますます豊かに
語彙力に限らず、言葉の力全体について「どんどん格差がついていく」という性質が成り立つのではないかという仮説のことを「読みのマタイ効果仮説※2」といいます。
「マタイ」とは聖人の名で、聖書の「マタイによる福音書」の中に「富める者がますます富む」という一節があり、それにちなんだ名前です。
過去の知見を整理して、「読みのマタイ効果仮説」が実際に成り立っているのかを検証した研究があります※3。
その研究によれば、言葉の力のうち、
- 文章理解力
- 単語の発音(どれくらい単語の読みを正確に知っているか)
- 読書スピード(文章を間違えずにどれだけ速く読むことができるか)
については「読みのマタイ効果仮説」は成立せず、むしろ、はじめは遅れていた児童・生徒が、学校教育を受けることで後から追いついてくる「読みの発達ラグモデル」という考え方に合致することがわかっています。
一方、語彙力については「読みのマタイ効果仮説」が成立するのではないか、といわれています。
「文章理解力」「単語の発音」「読書スピード」で「読みのマタイ効果仮説」が成立しないのは、これらのテストは「コツを摑む」ことで正答できる部分が大きいためです。
国語の文章題という問題形式に「慣れる」、以前は読めなかった漢字も発音のパターンが「徐々にわかってくる」、練習していれば「自然と」読むスピードが上がる、という具合です。
一方で、すでにコツを摑み終えてしまったグループには、テストのスコアという意味では、もはや急上昇する余地がありません。そのため、「後から追いつかれる」という現象が起こるのです。
しかし、語彙力(ここでは、語彙力の「量」)には、そうした「コツ」がありません。知らない単語をひとつずつ増やしていくのみです。そのため、「読みのマタイ効果仮説」が成立するのです。
補足すると、実際には、「この単語・フレーズは頻出」というものはあるので、それらを学習することが「語彙テストのコツ」といえなくもないのですが、比較的その影響を受けにくいのが語彙テストなのです。
※1 Swanborn, M. S. L., & De Glopper, K.(2002). Impact of reading purpose on incidental word learning from context. Language Learning, 52, 95-117.
※2 Stanovich, K. E.(1986). Matthew effects in reading: some consequences of individual differences in the acquisition of literacy. Reading Research Quarterly, 21, 360-407.
※3 Pfost, M., Hattie, J., Dörfler, T., & Artelt, C.(2014). Individual differences in reading development: A review of 25 years of empirical research on Matthew effects in reading. Review of Educational Research, 84, 203-244.
本が好きな子にも、ちょっと苦手な子にも。本を読めば、将来、直面する「壁」や「迷い」を乗り越えやすくなる。本の効果は、「頭がよくなる」だけではありません。探究心・知的好奇心・思いやり・友達や周囲の大人とのコミュニケーション力…読書の効果を無理なくいいとこ取りするための、科学的根拠が教える読書法!!
猪原敬介著/日経BP/1980円(税込み)

