「読書の効果は科学的に実証されているものが多くあり、しかもその大半はまだ世の中に知られていない」と語るのは、『科学的根拠が教える 子どもの「すごい読書」』(日経BP)の著者で、読書研究の専門家である猪原敬介さんです。猪原さんによると、読書は「頭がよくなる」だけではなく、考える力や共感力、生きる力、思いやり、コミュニケーション力など幅広い能力を伸ばす効果があるといいます。ここでは、そのような多様な効果の中でも、「学力」と「生きる力」に特に関連の深い「語彙力」について、書籍から抜粋してお届けします。3回目はいよいよ、読書と語彙力の関係性について。

読書で語彙の「質」が高まるメカニズム

 まとめると、語彙の質とは、

  • 単語の理解が「正確」で「自動化」されている程度

 のことであり、語彙の質が高いことには、
①言葉の「理解」が正確・スピーディで、疲れにくい
②言葉の「使用」においても、ウィットに富んだ表現を思いつき、かつ、素早く正確にそれを発話・作文できる
③その単語と関連する未学習単語を学習する能力が高まる
 という「言葉の力」全般を高めるかなり大きなメリットがあります。

 では、どうすれば語彙の「質」を高めることができるのでしょうか。それは、

  • 言葉を、さまざまな文脈で、大量に、「経験する」こと

 と言い表すことができ、

  • その「経験」としては、「読書」が最適

 であると思われます。

「言葉を経験する」とはどういうことか

 「経験」が言葉に与える影響として、大阪教育大学の高橋登さんの研究※1を紹介したいと思います。
 この研究では、小学1・2・3年生児童に「よごす」の意味を尋ね、5択の中から選んでもらっています。
 5択とは「水にぬれる」「どろで遊ぶ」「ゆかをふく」「きたなくする」「水をかける」でした。
 正解は「きたなくする」です。

 小学1年生の時点では「どろで遊ぶ」と「きたなくする」のどちらかを大半の児童が選択しており、わずかに「どろで遊ぶ」のほうが高くなっています。
 しかし、2年生、3年生と学年が上がるごとに、「どろで遊ぶ」の選択率が下がっていき、その分、「きたなくする」という正答選択肢の選択率が高まっていきます。

 これは一見、「言葉の未熟な小学1年生が、はじめは誤答してしまったが、発達によって正答できるようになった」という当たり前の結果に見えます。
 しかしもう少し深く考えてみると、「小学1年生の限られた『経験』の中では、『よごす』は『どろで遊ぶ』という意味であると推論するのが妥当であった」とも解釈できます。
 なぜなら、小学1年生の時点で「水にぬれる」「ゆかをふく」「水をかける」を選ぶ児童は少なく、その意味で「『よごす』の意味をおおまかには学習できている」といえるからです。
 きっと、「どろで遊ぶ」を選んだ児童には、保育園や幼稚園でどろんこ遊びをして、いっぱい「よごした」経験があったのではないでしょうか。どろんこ遊び、という文脈の中で「よごす」という言葉を大量に聞いた結果、「よごす≒どろで遊ぶ」という学習が成立したのかもしれません。
 もしそうだとすれば、大人の視点からは「不正解」である「どろで遊ぶ」も、子どもの限られた「経験」の中では、ある意味で「正解」といえるのではないでしょうか。
 このように、私たちは「経験」に依存して言葉の意味を学習します。

 もちろん、最終的には大人にも通用する言葉を身につけてもらわないと困ります。
 その意味で、小学1年生の時点では「語彙の質が低い」状態にあるわけです。
 2年生、3年生と学年が上がる中で、「よごす」という言葉を、さまざまな文脈で、大量に「経験」したことでしょう。その中で、「よごす」がどろんこ遊びに限定されるものではないことを学び、「よごす≒きたなくする」であると修正したはずです。

 こうした修正が、「よごす」だけではなく、小学1年生でも数千・数万あるといわれる膨大な語彙※2 ※3で同時に起こります。
 このようにして私たちは「経験」から語彙の質を高めるのです。

テレビの語彙レベルは小学生以下!?

 「よごす」の例は、小学校低学年児童の「語彙の質が高まるプロセス」をわかりやすく捉えたものです。
 「よごす」という日常的な言葉、すなわち「日常語彙」ならば、生活の中で「さまざまな文脈で、大量に経験」することができました。
 しかし、教科書などで多用され、抽象的で複雑なことを表現するための言葉である「学習語彙」は、ただ生活するだけではうまく学ぶことができません。

 「学習語彙」はどのようにして「経験」できるのでしょうか。

 例えば、会話やテレビはどうでしょうか。
 実は、私たちは話し言葉(会話やテレビでの発言)を使うとき、無意識に「易(やさ)しい」言葉を使います。
 成人の発話やテレビ音声を大量に収集し、その中にどういった言葉が含まれているかを調べた研究※4によると、会話やテレビ音声で使われる語彙のレベルは、小学生レベルの書籍よりも低いことがわかっています
 つまり、会話やテレビで学習語彙に出合うことは「少ない」わけです。

 ある研究※5では、言葉の「経験」が「5~8回」だった言葉と、「10回以上」だった言葉を比較すると、「10回以上」の言葉のほうが語彙テストの成績がかなりよかったことを報告しています。やはり、会話やテレビは日常レベルを超えた語彙を学ぶことに向いていません。

難しい本でなくても語彙力は上がる

 反対に、たとえ文学や学術書のような「お堅い本」でなくても、本には日常語彙を超えたレベルの言葉が含まれていることがわかっています
 アメリカで人気の高い児童書・ティーン向け書籍の中で使われた言葉を分析した研究※6によると、児童書・ティーン向け書籍の中にもかなりの数の「学術用語」が含まれており、授業などで直接的にこうした用語の意味を学ぶよりも、効率的に学習できる可能性があることが指摘されています。
 学術用語は学習語彙の中でもさらにレベルの高い語彙ですので、学習語彙も相当数含まれていると考えてよいでしょう。

 「さまざまな文脈で」という部分についても、同じ本だけをひたすら繰り返し読み続ける、という偏った読書でなければ、

  • 同じ著者でも、さまざまな舞台やテーマの小説を読む
  • 同じテーマでも、さまざまな著者の説明文(新書や実用書)を読む
  • さまざまなジャンルの本を読む

 といった読み方を普通はしますので、十分に「さまざまな文脈で」言葉を経験することができます。

 このように、読書は「言葉を、さまざまな文脈で、大量に、『経験』」させてくれます
 また、経験が増えると、私たちの単語処理の際の眼球運動の動きが変わることがわかっています※7
 私たちが文章を読むとき、個々の単語には数百ミリ秒以下のほんのわずかな時間しか視線が向けられないのですが、単語の「経験」が増えると、その時間が全体的に短くなり、単語の「見返し」の回数が減っていくのです。
 これはスピーディで、疲れにくい読書につながります。

 つまり、こういうことです。

  • 語彙の「質」が高くなると、読むのが速くなる
  • 読むのが速くなると、読書できる量が増える
  • 読書の量が増えると、もっと語彙の「質」が高まる

  「読みの『マタイ効果』仮説と語彙力――豊かな子がますます豊かに」 のところで、語彙力の「量」についてマタイ効果仮説が成り立つと書きましたが、実は「質」についても同じことがいえるのです。
 読書をする人ほど語彙の「質」が高い可能性が高く、語彙の「質」が高い人ほど、短い時間でも効率よく語彙の「質」を高める読書ができるわけです。

SNSやブログもNGではないが……

 「SNSやブログはどうなのか」と思われたかもしれません。
 書籍よりは「話し言葉」に近く、会話よりは「書き言葉」に近い言葉を使うのがSNSやブログだと思いますので、その位置づけも中間的なものになります。
 つまり、語彙の質が低い段階の人には有益になりうるが、ある程度以上の語彙の質を求めれば、やはり書籍を読むほうがよさそうだ、ということです

 さらにいえば、どんな人が書いているかわからないのがSNSやブログですので、語彙の質が低い人が作成した文章を読むことになりかねません。
 書籍であれば、著者の経歴は通常は明らかにされていますし、編集者による文章チェックや校閲がきちんと入ります。
 SNSやブログは使い方に注意が必要、書籍ならば子どもの自由に読ませても、ある程度は安心できる、といったところでしょうか。

(写真:paylessimages/stock.adobe.com)
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【参考文献】
※1 高橋登.(2019). 児童・生徒の語彙力、読解力と読書. 日本読書学会(編)読書教育の未来(pp. 49-60). ひつじ書房.
※2 藤田早苗・小林哲生.(2022). 令和版単語親密度に基づく大規模語彙数推定調査. 人工知能学会全国大会論文集(第36回, 2022), セッションID:4N1-GS-3-03, pp.1-4.
※3 荻原廣.(2014). 日本人の語彙量(理解語彙, 使用語彙) 調査を行うにあたっての基礎的研究. 京都語文, 21, 1-30.
※4 Hayes, D. P., & Ahrens, M.(1988). Vocabulary simplification for children: A special case of “motherese”. Journal of Child Language, 15, 395-410.
※5 Pellicer-Sánchez, A., & Schmitt, N.(2010). Incidental vocabulary acquisition from an authentic novel: Do Things Fall Apart? Reading in a foreign language, 22, 31-55.
※6 McQuillan, J.(2019). Where do we get our academic vocabulary? Comparing the efficiency of direct instruction and free voluntary reading. The Reading Matrix, 19, 129-138.
※7 Taylor, J. N., & Perfetti, C. A.(2016). Eye movements reveal readers’ lexical quality and reading experience. Reading and Writing, 29, 1069-1103.
本を味方にすると、子どもの人生は豊かになる!!

本が好きな子にも、ちょっと苦手な子にも。本を読めば、将来、直面する「壁」や「迷い」を乗り越えやすくなる。本の効果は、「頭がよくなる」だけではありません。探究心・知的好奇心・思いやり・友達や周囲の大人とのコミュニケーション力…読書の効果を無理なくいいとこ取りするための、科学的根拠が教える読書法!!

猪原敬介著/日経BP/1980円(税込み)