会社でいちいち傷つかない 認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動 』を上梓した臨床心理士の中島美鈴さんが「新入社員・若手社員に多い悩み」の乗り越え方のヒントを教えます。

新入社員だけど、分からないことを周囲に聞けない

 4月、街に真新しいスーツを着た若者が増える季節になりました。この時期、私の元にも、新入社員ならではの悩みが寄せられます。それは「働き始めたばかりの不安にどう対処するか」というものです。今回は、臨床心理士として新入社員の方々の悩みに答えます。

 社会人になったものの、上司や先輩に話しかけるときの言葉遣いや距離感はこれでいいのか、備品はどこにあるのか――。一つ一つはささいなことかもしれませんが、毎日覚えることだらけとなれば、誰でも圧倒されて疲れてしまいます。

 本来であれば、分からないことは周囲に質問すればいいはずです。しかし、そこに壁が立ちはだかります。

 「みんな忙しそうで声をかけづらい」
 「そんなことも知らないのかと思われたくない」
 「自分でちゃんと調べたの? と叱られるのではないか」

新入社員として初めて社会に出ると分からないことだらけ。不安でいっぱいでも上司や先輩に分からないことを聞けないという人が多いという(写真:polkadot/stock.adobe.com)
新入社員として初めて社会に出ると分からないことだらけ。不安でいっぱいでも上司や先輩に分からないことを聞けないという人が多いという(写真:polkadot/stock.adobe.com)

 実際に、質問して注意された経験を持つ人もいます。すると、「聞く」こと自体が心理的なハードルになり、結果として1人で抱え込むようになります。

 分からないことが積み重なると、「やるべき仕事」が滞り始めます。すると今度は、「ちゃんとこなせるだろうか」という不安に変わり、夜になっても頭が休まらず、眠れなくなる――。こうした悪循環は、カウンセリングに来る20代の社会人に多く見られることで、決して珍しいことではありません。

相手の視点に立ってみる

 質問できない、わからないことを聞けないという悩みを抱えている人に共通していることがあります。それは「相手から見た視点」が欠けているのです。

 人は不安や緊張の中にいると、どうしても自分の内側に意識が向きます。「どう思われるだろう」「失敗したらどうしよう」といった思考が頭の中を占め、視野が狭くなります。これは自然な反応です。しかし、そのままでは状況をさらに難しくしてしまうこともあります。

 そんなとき、自分に問うてみてください。

 「もしも、自分が周りの人の立場だったらどう思うだろう?」

 すると、多くの人はこんなことに気付くのではないでしょうか。

 「そんなに困っているなら、聞いてくれたほうが助かるかもしれない」
 「新人なんだから、分からないのは当然だと思うはず」
 「忙しいときは忙しいと言うから、まずは声をかけてくれていい」

「もしも周りの人の立場だったらどうか」という視点に立つと客観的に考えられるようになり、最初の一歩が見えてくる(写真:metamorworks/stock.adobe.com)
「もしも周りの人の立場だったらどうか」という視点に立つと客観的に考えられるようになり、最初の一歩が見えてくる(写真:metamorworks/stock.adobe.com)

 つまり、自分が想像していたほど、周囲は厳しく見ていない可能性があるのです。「分からない=無能」なのではなく、適切に状況を伝えることは、上司があなたを正しくマネジメントするために必要な「情報提供」でもあります。

 もちろん、職場にはさまざまな人がいます。丁寧に教えてくれる人もいれば、余裕がなくぶっきらぼうな人もいるでしょう。けれども、「質問すること」が許されないような職場はないでしょう。

「完璧」を捨て、関係をつくる一歩を

 分からないことを質問しようとするとき、大切なことがあります。それは「うまく聞こう」とし過ぎないことです。それ自体が質問する上での心理的な負担になるからです。「今少しよろしいでしょうか。ここが分からなくて困っています」と、短くても率直に伝えるだけでいいのです。

 そしてもう一つ、特に新入社員の方にお伝えしたいことがあります。「最初の数カ月は、分からなくて当たり前の期間である」ということです。どれほど優秀な人であっても、環境が変われば一度は「初心者」になります。新しい組織には、その組織固有のルールがあり、外からは見えません。にもかかわらず、「早くできるようにならなければ」「迷惑をかけてはいけない」と思うあまり、自分に過剰な負荷をかけてしまう人が少なくありません。ベテランであれば「まあ、自分はそんなものか」と受け入れられることでも、若い方ほど「自分にはこんな欠点があったのか」と傷ついてしまうのです。その結果、本来は一時的であるはずの戸惑いが、「自分は向いていないのではないか」という自己否定につながってしまうことがあります。しかし、少し俯瞰してみると、分からないことは「能力の問題」ではなく、「環境に慣れる過程」にすぎないことが多いのです。

 それでも質問する勇気が出ないときにおすすめなのが、自分ツッコミです。「自分のこと、完璧で最初から全部分かると思っとったんかーい」と豪快にツッコんであげてください。できない自分を丸ごと受け止めるのはつらい作業ですが、「自分を完璧だと思っていたの?」という問いと軽いノリでなんとか乗り切るのです。

 また、「分からないから、教えてください」と質問するなど、新人のうちだからこそできるやり方で周囲の人との関係をつくり、自ら働きやすい環境をつくっていく工夫もしてみてください。人は、「できない」「不器用」「不足」に対して、親しみや寛容さ、安心を覚えるものなのです。

【今回のポイント】
• 「分からない」は罪ではない:組織固有のルールを分からないのは「能力の問題」ではなく「環境に慣れる過程」である。
• 「相手の視点」に立つ:「質問すると無能と思われる」という不安は自分の認知のクセ(認知行動療法でいうと「スキーマ」)かもしれないと疑い、客観的な視点を持つ。
• 「うまく聞く」より「早く聞く」:完璧な言葉遣いよりも、現状を早く率直に伝えることが、結果として上司のマネジメントを助けることになり、関係づくりにも役立つ。
• 「自分のこと完璧と思っとったんかーい」という豪快自分ツッコミ:できない自分を丸ごと受け止める。

文/中島美鈴 編集/木村やえ(日経BOOKプラス)

会社がつらい、でも簡単には辞められないという方へ。臨床心理士の中島美鈴さんが、行政や企業で行ってきた研修やカウンセリングをもとに、具体的な職場の悩みを扱いながら、認知行動療法の手法を用いて自分で解決・改善できる方法を伝えます。

中島美鈴著、日経BP、1760円(税込み)