『 会社でいちいち傷つかない 認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動 』を上梓した臨床心理士の中島美鈴さんが、新入社員、若手社員の対応に悩む管理職にアドバイスします。
昭和の上司と令和の新人の距離感
働く方のカウンセリングの中で近年とくに増えているのが、管理職の方からの相談です。昭和的な価値観の中で育ち、努力や責任感を重んじて仕事をしてきた40代から50代の方々は、4月は、新入社員との距離を強く感じるようになることが多いようです。
「どう指導すればいいのか分からない」
「自分の言っていることは正しいはずなのに、なぜか部下に響いていない」
そうした戸惑いは、ごく自然なものです。
よくある事例を紹介します。部下が締め切りまでに仕事を仕上げてこなかったケースです。
多くの管理職の方は、無意識のうちに「精神論」に寄ったフィードバックをしてしまいます。「もっと早く取りかかろう」「気を引き締めて」「次はしっかりやって」といった言葉です。ご自身の経験に裏打ちされた誠実な助言ですし、決して間違っているわけではありません。
また、最近ではハラスメントへの意識からトーンを柔らかくし、「どうして間に合わなかったの?」「何かやりにくいことがあった?」と問いかける方も増えています。いわゆる1on1の場を設け、丁寧に話を聞こうとする姿勢を見せるのです。

具体性のない反省が繰り返される理由
しかし、上司が丁寧に部下と接し話を聞いていても、部下から返ってくる言葉は、驚くほど似通っています。
「すみません、今度から気を付けます」
「次は早めに取りかかります」
一見すると前向きな反省のようですが、具体性がほとんどありません。その結果、上司も部下も「反省した」という感触だけを残し、何も変わらないまま、同じことが繰り返されるのです。「精神論から抜け出せていない」状態です。
どれだけ穏やかな口調であっても、「なぜできなかったのか」を本人の意識や努力の問題として捉えている限り、対話は抽象的な反省にとどまりやすくなります。結果として、1on1の場が「反省だけを引き出す場」になり、具体的な改善策が何も見えないまま終わってしまうのです。
脳の「実行機能」という新しい物差し
ここで役立つのが、私の専門である認知行動療法の「実行機能」という視点です。
実行機能とは、締め切りに向けて仕事を進めていく際に使われる脳の働きのことで、大きく4つのステップに分けて考えることができます。
1. 取りかかり(着手):自らモチベーションを上げ、必要な物をそろえる。
2. 計画立て:タスクを分解し、所要時間を予測し、実行日時を決める。
3. モニタリング(進捗確認):作業中も時間を意識し、遅れが出たら対処する。
4. 脱線防止:雑念や誘惑に負けず、最後まで集中して取り組む。
仕事が締め切りに間に合わなかったとき、問題は必ずしも「やる気が足りなかった」ことではありません。この4つのステップのどこかで、具体的なつまずきが起きている可能性が高いのです。
例えば、そもそも最初の一歩(取りかかり)を踏み出せなかったのかもしれません。あるいは、計画の立て方(計画立て)が曖昧だったために途中で見通しが立たなくなったのかもしれません。進捗を確認(モニタリング)する習慣がなく気づいたときには遅れていたというケースもありますし、途中で別の業務に取りかかってしまい元の作業に戻れなかった(脱線防止)という場合もあります。

「評価者」から「プロセスの点検者」へ
もし上司が、「どこでつまずいたのか」をこの4つのステップから問いかけることができれば、部下の反応は大きく変わります。
「実は最初に何から手をつけていいか分からなかった」
「途中で優先順位が変わってしまった」
「こだわって1カ所に時間をかけ過ぎた」
「気付いたら別の仕事に時間を取られていた」
こうした具体的な言葉が出てくると、対話は「再発防止」に向かい始めます。
そしてここで重要なのは、上司が「評価する立場」から一歩離れ、「プロセスを一緒に点検する立場」に移ることです。原因を責めるのではなく、「どこでつまずいたのか」を検証する。その視点が、部下の成長につながります。
昭和的な精神論が悪いわけではありません。ただ、現代の職場においては、それだけでは不十分になってきているのも事実です。
• 「なぜ」ではなく「どこで」を問う:理由を問うと部下は防御的になる。「どのプロセスで止まったか」を一緒に点検する姿勢を持つ。
• 「仕組み」を整える:根性論ではなく、チェックリストや締め切りの時間をしらせるアラームの活用など、誰でも実行できる方法を用いて指導する。
文/中島美鈴 編集/木村やえ(日経BOOKプラス)
中島美鈴著、日経BP、1760円(税込み)
