会社でいちいち傷つかない 認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動 』の著者で臨床心理士の中島美鈴さんが、氷河期世代の「中年の危機」の乗り越え方のヒントを教えます。

氷河期世代が直面する「中年の危機」

 家庭や職場で何かと肩の荷が重い40〜50代の氷河期世代。私も同世代ですが、就職活動をしているときは就職氷河期で自分のやりたいことや適性に目を向ける余裕がなく、「とにかく就職できるだけありがたい」と働きはじめた世代です。

 今までがむしゃらに頑張ってきたけれど、定年が見えてきた今、心を無にして突っ走るにはゴールが遠すぎる、かと言って転職や独立は不安。私のところにもこのような悩みでカウンセリングにいらっしゃる方がたくさんいます。

 自分で解決策を考えようとしても、考え方には「スキーマ」という思考の型があり、簡単に変えることが難しいです。そこで認知行動療法でものごとの捉え方、考え方を変えるためのヒントをご紹介します。

 「中年の危機」「ミッドライフ・クライシス」という言葉は聞いたことがあるでしょうか。簡単に言うと年齢を重ね、40~50代で「周囲から求められる役割」と「自分の心身」にギャップがあり、「自分が本当は何をしたいのか分からない」「どうすればいいのか分からない」という不安定な状態に陥っていることです。

仕事や家庭での役割が大きくなってくる40~50代だが、周囲の期待と自分の心身のギャップに苦しみ「中年の危機」に陥ってしまうことがある(写真:78art/stock.adobe.com)
仕事や家庭での役割が大きくなってくる40~50代だが、周囲の期待と自分の心身のギャップに苦しみ「中年の危機」に陥ってしまうことがある(写真:78art/stock.adobe.com)

 たとえば、管理職として仕事にやりがいを感じているけれども、仕事量が多すぎて終わらない。今までは若さと勢いで乗り切れたのが、徹夜しても追いつかない。管理職の自分が残業することを許される雰囲気でもない。仕事のパフォーマンスが上がらず、一度ミスをするといつまでも引きずってしまう。そして、このような追い詰められた気持ちを抱えたまま、定年までやり過ごすには長すぎる……。「転職するなら今が最後のチャンス」だと思うこともあるけれど、自分が何をしたいのか分からず、そもそも転職できるかも分からない。

 実はこのとき、「氷河期世代で、ずっとお給料が低いままでした」という人のほうが失うものがないので、思い切って転職やフリーになるなど、新しいチャレンジができるということもあります。そうして、「中年の危機」を乗り切ることができるのです。

 しかし、組織の中である程度の地位を得たり、公務員など安定性のある職種に就いていたりすると「部下がいるし…」「家のローンもあるし…」と「自分の役割」にしばられて身動きが取りづらくなります。

 また、思い切って独立したくても「自分の興味のあることはお金にならなくて」と悩む人もいます。私のところにカウンセリングに来た方で「アンティークが好きなんです。まだ知られていない海外の美しいアンティークを日本に紹介したいです」という人がいました。確かにアンティークは爆発的に売れるものではなさそうですよね。「バイヤーに転身したいのですか?」と聞くと、「自分は社交的ではないし、ちょっと自信がない。仕事もずっと事務職だったから」とおっしゃいます。「それなら貿易事務という仕事もありますね」「いきなり転職しなくても個人輸入やフリマアプリで小さく始めてみては」とアドバイスしたところ、可能性が開けてホッとされていました。

 そう、いきなり仕事を辞めたり、転職したりする必要はなく、軸足を少しずらしてみるのです。「中年の危機」の不安や焦りを、仕事ですべてを解決しようとしなくてもいいのです。

もし、働き方を変えるとしたら

 もし、「中年の危機」に陥り、働き方を変えたいと思うのであれば「自分は何に興味があったのか」「仕事の中でどんな権限を与えられると活躍できたか」「どんな仕事で裁量権を与えられると、パニックになってしまったか」など、今までの仕事での自分を深掘りしてみるのです。もし、いずれ転職したい、フリーランスになりたいと考えているのなら、現状の仕事をうまくこなせないと、その余裕も生まれません。今、不安や憂鬱さを感じていても「すべてダメ」と捉えるのではなく、仕事の軸足をずらし、これからのためにスキルや計画性を鍛える場だと捉えてみるのです。

 また、仕事の軸足をずらすという方法以外にも、人生において「いつかやりたかったこと」を前倒しして、やってみることもよいでしょう。海外旅行や温泉旅行、絵画や刺繡(ししゅう)など「忙しい」を口実に棚上げしていたことを、自分のために、時間を取ってやってみるのです。仕事が終わらない、といった焦る気持ちをいったん横に置いておいて、これまで一生懸命働いてきたのだから、その蓄えを使って自分の好きなことに時間を使い、豊かに過ごしてみるのです。仕事から自分のプライベートな時間に軸を移すことで、本来の自分を取り戻し、少しずつ精神的に安定してきます。

これまで一生懸命働いてきたのだから、自分の人生を楽しむことを意識することで、精神的な焦りや不安が少しずつ解消される(写真:kazoka303030/stock.adobe.com)
これまで一生懸命働いてきたのだから、自分の人生を楽しむことを意識することで、精神的な焦りや不安が少しずつ解消される(写真:kazoka303030/stock.adobe.com)

 認知行動療法のテクニックのひとつである「行動活性化」もおすすめです。これは気分が落ち込んでいるときも、あえて普段と同じ行動を取るという方法です。

 例えば、仕事のミスを引きずって、休日もモヤモヤしてしまうという場合。このときに「何もやりたくない」とソファでダラダラとスマホを見ているうちに一日が終わってしまうと、「やっぱり自分はダメだ」と負のループにはまってしまいます。

 しかし、あえて朝起きて、ウオーキングをしてみます。朝日を浴びて、歩いているうちに気分が晴れてきて、おなかもすいてきます。そうすると、意外と充実した休日を過ごしていたということがあります。他にも、会社の飲み会の幹事を引き受けてしまい、気乗りしないなりにもセッティングしたら案外盛り上がった、ということはありませんか。「気分と一致しないけど、いつもどおりの行動を取る」ことを意識してみてください。行動が気分を変えてくれることもあるのです。

人は現実よりも言葉にしばられる

 真面目な人ほど「中年の危機」を感じたときに「こんな自分はダメだ」と反芻(はんすう)し、一人反省会を延々と続けてしまいます。恐ろしいのは、人は現実よりも自分の言葉や固定概念にしばられ、苦しんでしまうことです。

 クリニックに来られて「せめて普通の社会人でありたい」とおっしゃった方の「普通」とは何かを聞いてみると、「上司に言われたことを期日通りにミスなく仕上げる」「上司や後輩ともうまくやれる」と、かなりレベルの高いケースがありました。そういう方は案外多くいらっしゃるのです。こんなときは自分の思考の型を客観的に捉え直し、「普通なんて架空の概念に振り回される必要はない、今のままでも十分にやれている」といった「言葉による再定義」が効果的です。

 今の40〜50代は親や教師の言うことに従ってきた人も多いです。親に言われるがままに就職し、適齢期を迎えたから結婚し……そのような人たちが、誰からも指示されない年代になってしまったときに、次はどうすればいいか分からなくなってしまうのです。これが、氷河期世代が「中年の危機」で苦しんでしまう根っこにあるのです。

 令和の時代は多様性が尊重され、今まで許されなかった自由な生き方ができるようになりました。それに加えて年齢的な悩みが重なり、「いったい自分は何者なのか?」と第2の思春期のような状態にはまり込んでしまいます。

 もしも今、モヤモヤを抱えていたとしても、それは個人の能力が低いからではありません。認知行動療法の手法を使って、自分の思考の型を知り、それを踏まえたうえで「自分は何が好きなのか」「では、無理のない範囲で何ができるのか」を見つめ直し、現在の自分なりのアイデンティティを確立し直すのです。

 次回は同じく「中年の危機」世代のお悩みが多い「部下とのコミュニケーション」についてお話しします。

取材・文/三浦香代子 構成/日経BOOKプラス 木村やえ

会社がつらい、でも簡単には辞められないという方へ。臨床心理士の中島美鈴さんが、行政や企業で行ってきた研修やカウンセリングをもとに、具体的な職場の悩みを扱いながら、認知行動療法の手法を用いて自分で解決・改善できる方法を伝えます。

中島美鈴著、日経BP、1760円(税込み)