税を巡る議論に終わりはない。では日本の税金は適正な水準なのか。「経済学の書棚」第35回前編では、日本の税制に焦点を当て、巷(ちまた)でよく耳にする言説を検証した『税制と経済学』、社会保障費が急増する日本で財源をいかに確保するべきかを論じた『税と社会保障』、様々なエピソードを披露しながら日本の税金が抱える問題点を指摘する『まさかの税金』を取り上げる。

日本の税金は高すぎるのか、安すぎるのか。それとも適正な水準なのか。「経済学の書棚」第35回前編では、税に関連する経済理論、制度、データ、歴史などをひもときながら、税金の未来を考える著書を紹介する
日本の税金は高すぎるのか、安すぎるのか。それとも適正な水準なのか。「経済学の書棚」第35回前編では、税に関連する経済理論、制度、データ、歴史などをひもときながら、税金の未来を考える著書を紹介する
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税金の問題を「きちんと考える」

 消費税や社会保険料を巡って与野党の間で議論が続いている。日本の税金は高すぎるのか、安すぎるのか。それとも適正な水準なのか。今回は、税に関連する経済理論、制度、データ、歴史などをひもときながら、税金の未来を考える著書を紹介する。

 東京大学教授の林正義氏は『 税制と経済学 その言説に根拠はあるのか 』(中央経済社/2024年7月刊)で、日本の税制に焦点を当て、巷でよく耳にする言説は本当に正しいのかを検証している。以前から疑問を持っていた税にかかわる言説を取り上げ、経済学のロジック、実際の制度やデータ、既存の研究結果(エビデンス)に照らし合わせて「きちんと考える」ことを目指したという。

『税制と経済学 その言説に根拠はあるのか』(林正義著)。日本の税制に焦点を当て、巷でよく耳にする言説は本当に正しいのかを検証した。画像クリックでAmazonページへ
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 同書で取り上げている事例の一部(抜粋)を紹介する。

(言説1)配偶者や他の家族の年収が一定の金額を超えると扶養をはずれ、世帯全体で見ると税や社会保険料の負担が増える。そのような負担が生じないように配偶者やその他の世帯員が就労時間を抑えている。従って「年収の壁」を見直せば就労時間が増える。
(結論1)配偶者控除・特別控除の撤廃が労働供給に与えた影響を探る学術研究では、労働供給の増加は非常に小さいとの結果が繰り返し得られている。「女性の就労にガラスの天井をはめる遺物」と忌避されるほど、配偶者控除・特別控除制度が女性の就労を抑制しているわけではない。

(言説2)減税は経済に活力を与える。限界的な税負担の軽減は、税制による家計や企業の選択の歪(ゆが)みを小さくし、経済効率を高めて中長期的な経済活力を増進させる。
(結論2)増税による代替効果と所得効果は逆方向に働き、一概に労働所得への税率増加が労働供給を減少させるとはいえない。代替効果とは、消費からの満足度を一定の水準に保ちながら支出を抑えている個人が、税引き後の賃金率が変化したときに労働供給(余暇の時間)を変化させる効果。所得効果とは、賃金の水準の変化が労働供給に与える効果を指す。

(言説3)最高税率引き上げによる税収増は大きくはない。
(結論3)最高税率を論じる際には、公平性を加味した税率のあり方、景気変動の影響、納税者の行動変化に留意する必要がある。日本では最高税率を上げる余地が十分にある。

(言説4)法人課税の減税は、企業の意思決定に働きかけ、投資を促進する。
(結論4)法定税率は経済成長に影響を与えない。法人減税が政府支出の減少、個人の所得税や消費税の増税などを伴うなら、経済成長に負の影響を与える。

消費税と所得税の最適な組み合わせとは

 本稿では、著者が結論を導き出すまでの記述は省いているが、いずれも現実の制度、経済理論や学術研究(データ分析)を根拠にしており、説得力がある。

 「消費税と今後の税制」と題する章(第5章)では、単一税率と複数税率(軽減税率)の比較、消費課税と所得課税の最適な組み合わせ、税と社会保険料の関係などを取り上げ、著者自身の提案も交えて幅広い視点で論じている。

 京都大学教授の諸富徹著『 税と社会保障 少子化対策の財源はどうあるべきか 』(平凡社新書/2024年7月刊)は社会保障費が急増する日本で、その財源をいかに確保するべきかを論じた書だ。

『税と社会保障 少子化対策の財源はどうあるべきか』(諸富徹著)。社会保障費が急増する日本で、その財源をいかに確保するべきかを論じた書。画像クリックでAmazonページへ
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シャウプ勧告で再出発した日本の税制

 同書ではまず、戦後日本の税制の歴史を簡単に振り返る。日本の税制は、米国の経済学者、シャウプを団長とする税制視察団の1949、50年の2度にわたるシャウプ勧告によって再出発した。その後、税制全体のデザインや方向性をほとんど議論せずにすんだのは、高度成長とともに税収が増えていく幸福な時代だったためだ。

 だが、1980年代以降、人口の高齢化に伴って社会保障費が増加し、経済のグローバル化が進んで資本移動が活発になり、日本の税制に大きな転換をもたらさずにはいられなかったとの見方を示す。

 次に、少子化が加速する日本の子育て支援策を取り上げ、政府が2023年に決定した「こども未来戦略」の具体策である「加速化プラン」を俎上(そじょう)に載せる。

 戦略で打ち出された政策は、「すでに子どもをもっているか、子どもをもつと決めている若者にとっては助けになるが、子どもをもつことを躊躇(ちゅうちょ)、さらには断念している若い男女の背中を押す政策にはならない。遠回りのようだが格差を解消し、女性が子育てを行いつつキャリアを全うできる社会をつくることが、少子化対策の成功への近道になる」と訴える。

 著者が問題視するのは賃金の低迷だ。バブル崩壊以降の30年間、賃金水準は停滞する一方で、消費税は3%から段階的に10%まで引き上げられた。こうした負担増は所得に比例して影響を及ぼしたのではなく、低中所得者層に、より大きな打撃を与えたと推測できると説明している。

 税・社会保険の公的負担の逆進性が強まり、低中所得者層の負担感が増す中で、急増が続く社会保障費を賄うにはどうすればよいのか。著者は3つの選択肢を提示する。(以下は抜粋)

  1. 一定以上の資産を保有する高齢者について、医療・介護の利用者負担(自己負担)率を引き上げる。
  2. 一定以上の資産を保有する高齢者について、年金、医療、介護の社会保険料の料率を引き上げる。保険料負担の下限と上限は現行制度の通りとする。
  3. 賃金ベースに報酬比例で課される社会保険料は現行制度を維持し、新税として金融資産や金融所得(利子、配当、賃貸料、キャピタルゲインなど)への上乗せ課税を導入し、その追加税収分を公費として社会保障財源に充てる。

金融資産・金融所得への上乗せ課税を提唱

 3つの選択肢のうち、最も期待をしているのは金融資産や金融所得への上乗せ課税だ。フランスが1991年に導入した「一般社会拠出金」(CSG)という名称の社会保障目的税や、米国が2013年に導入した投資純利益税を参考にしている。CSGは資産所得、投資益、くじ・カジノでの獲得金などが課税対象だ。

 著者によると、国家の危機に対応して発生する大きな財源ニーズを満たすべく行われる新規財源の開拓が税制イノベーションを引き起こしてきた。所得税の誕生と発展の歴史がまさに、そのことを示している。巨額の財源ニーズを満たす努力は必ずといってよいほど、税制における応能性を高める要素を伴っている。

 逆進的な消費税と社会保険料の二者択一しかないことが財源論議に閉塞感をもたらしていると強調し、金融資産・所得への上乗せ課税の導入を提唱している。

 青山学院大学名誉教授で弁護士の三木義一著『 まさかの税金 騙(だま)されないための大人の知識 』(ちくま新書/2025年1月刊)は東京新聞に連載した税にまつわるコラムを再録し、それぞれのコラムに解説文を加筆して完成させた書である。

『まさかの税金 騙されないための大人の知識』(三木義一著)。東京新聞に連載した税にまつわるコラムを再録し、それぞれのコラムに解説文を加筆して完成させた書。画像クリックでAmazonページへ
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 「ご隠居、何を唸(うな)っているんで?」
 「う~~ん、地方の鉄道事業は大変じゃ~」
 「一体何のお話で?」

(52「鉄道と固定資産税」より)


 こんな書き出しで始まるコラムは肩の凝らない読み物だ。所得税、法人税、消費税、相続税、間接税、地方税など日本の税金を中心に様々なエピソードを披露しながら、税が抱える問題点をさりげなく指摘する。通読すると、日本の税制の歴史を学ぶこともできる。

 冒頭で紹介した「鉄道と固定資産税」というコラムの解説文によると、固定資産税はシャウプ勧告によって1950年にそれまでの地租や家屋税などを整理統合して地方税として創設された。土地と償却資産を大量に抱える事業は固定資産税の負担が経営上の大きな問題になる。特に鉄道事業は大変な負担になるため、多くの特例を設けている。

失敗に終わったレーガン減税

 13「減税すれば税収が増える?」では、累進課税の問題を取り上げている。米国のレーガン政権は累進課税制度をフラット化し、税率を引き下げた。経済学者のアーサー・ラッファー氏は税率が最適な水準を上回っている場合は、減税すれば税収は増えると説いた。レーガン政権はこの仮説を真に受けたために、貧富の差が拡大し、財政赤字が膨らんだ。レーガンの税制改革は見事に失敗したと断じたうえで、ラッファー氏を重用する第1次トランプ政権は「減税による格差拡大を望んでいるのか?」と皮肉を込めて問いかけている。

 コラムの解説文では、社会を安定的に発展させるためには負担能力に応じて税収を集め、公正に使っていくことが必要不可欠だと主張する。第2次世界大戦後に各国が超累進課税を導入できたのはなぜか。富裕層は賄賂を出して家族の徴兵を逃れていた。戦後、それが庶民に知られ、庶民は血の負担(兵役のこと。これが血税の本来の意味である)を強いられたのだから、富裕層はせめて金銭の負担をせよという政治的な意見が広がったためだと著者はみる。「今の一般庶民に、富裕層に対する激しい怒りがあるのだろうか?」と疑問を投げかけ、この項を締めくくっている。

(後編に続く)

写真/スタジオキャスパー