人間の歴史は「税」の歴史といっても過言ではない。「経済学の書棚」第35回後編は、税を巡るエピソードを紹介しつつ、税の本質は不変だと訴える『課税と脱税の経済史』、コメディーショーを下敷きに金融ライター兼コメディアンが税制を切り口に文明の歴史をたどった『税金の世界史』を紹介する。

「経済学の書棚」第35回後編では、人間の歴史を「税」の視点から振り返る著書を取り上げる。史実を掘り起こすだけではなく、改めて「税とは何か」を考え、税制を設計するポイントや今後の展望を示している
「経済学の書棚」第35回後編では、人間の歴史を「税」の視点から振り返る著書を取り上げる。史実を掘り起こすだけではなく、改めて「税とは何か」を考え、税制を設計するポイントや今後の展望を示している
画像のクリックで拡大表示

税の本質は不変だと訴える本

 税金は文明の歴史とともにある。後編では、人間の歴史を「税」の視点から振り返る著書を取り上げる。史実を掘り起こすだけではなく、改めて「税とは何か」を考え、税制を設計するポイントや今後の展望を示している。

 マイケル・キーン、ジョエル・スレムロッド著『 課税と脱税の経済史 古今の(悪)知恵で学ぶ租税理論 』(中島由華訳/みすず書房/2025年1月刊)は古今東西の税を巡るエピソードを紹介しつつ、税の本質は不変だと訴える書だ。

『課税と脱税の経済史 古今の(悪)知恵で学ぶ租税理論』(マイケル・キーン/ジョエル・スレムロッド著)。古今東西の税を巡るエピソードを紹介しつつ、税の本質は不変だと訴える書。画像クリックでAmazonページへ
『課税と脱税の経済史 古今の(悪)知恵で学ぶ租税理論』(マイケル・キーン/ジョエル・スレムロッド著)。古今東西の税を巡るエピソードを紹介しつつ、税の本質は不変だと訴える書。画像クリックでAmazonページへ

 著者の2人はいずれも米国国税協会からダニエル・M・ホランド・メダルを授与されているほか、国際財政学会の会長を務めた。税が専門の経済学者たちである。

 著者によると、同書は税金の歴史をまとめた歴史書ではなく、税金の原則を教える入門書でもない。その両方の要素を少しずつ持っている。エピソードや物語を時系列ではなく、論点ごとにまとめて記述している。

 第Ⅰ部では、同書全体の概要を伝えるために税金の全体像を描き出す。以下は各論で、第Ⅱ部は課税の公平性、第Ⅲ部は税の支払いを回避するための人類の独創性と、そうした行為への対策、第Ⅳ部は税の徴収、第Ⅴ部は租税政策の設計がテーマだ。「われわれの目的は読者を楽しませることである。税金は非常に重要であると同時に興味深いものでもあることを懐疑的な人びとに納得してもらいたい」とアピールしている。

税金の原点は支配者による略奪

 同書によると、今日の税制は複雑だが、もとはといえば略奪だった。支配者の強制力による資源収奪である。ささやかな額がさりげなく徴収される「税の黄金時代」は過去に存在せず、戦争と参政権拡大というふたつの強力な追い風によって税制は形づくられてきた。国家が資金調達のために行う借り入れと造幣も実質的な課税である。

 課税の歴史の中で際立つ存在の一つは所得税だ。18世紀末、イギリスは初めて所得税を取り入れた。それ以降、ヨーロッパと北米では明らかに近代的な構造を持つ税制への移行が進んでいった。所得税は金持ちか貧乏かを相対的に評価して待遇に差をつける「垂直的公平」を追求するための主要なツールとなった。

 もう一つが付加価値税(VAT)だ。1920年代にドイツ人の実業家が提案したVATは1960年代半ば以降、世界を席巻するようになった。いまや160カ国以上でとりいれられ、世界のVAT収入は総税収入の約30%を占めている。

 税の歴史を踏まえると、税制を設計するときには、税制をできるだけ「効率的」にし、「歪(ゆが)み」をできるだけ小さくすることが得策だと結論づける。

 効率性のうえでは、課税に対する反応をほとんど生じさせないものごとに比較的重い税を課すことが必要。垂直的公平性のうえでは、税を支払い能力に関連づけることが必要だと説く。

 「来るべき世界の形」と題する最終章では、税金に関する問題の核心は歴史を通じてそれほど変わっていないと総括し、11の教訓を引き出している。以下では、同書がそれぞれの教訓につけている見出しを列挙する。

  • 納税者の反乱の理由が税金とはかぎらない
  • 言葉に気をつける
  • 昼食代を払うのはあなたかもしれない
  • ともあれ、課税の公平性は達成しがたい
  • 課税とはよい代理指標を見つけることだ
  • 租税回避と脱税に発揮される創造性
  • 課税の最大のコストは目に見えないかもしれない
  • 税はたんなる資金調達ではない
  • 人は怖いから税金を払う
  • 国家主権としての課税権は過去の遺物になりつつある
  • スローガンに注意

 見出しだけでは内容を想像しづらい項目もあるが、内容を確認したい場合には原文に当たってほしい。

地球規模の難題に直面する税制

 同書では、最後に今後の見通しを披露している。これからの数十年、世界の税制は多くのものごと(地球規模の難題)に対処しなければならなくなる。公的債務の蓄積、開発ニーズの上昇、高齢化、格差拡大、グローバル化、気候変動に立ち向かうにあたり、世界の税制はその中心的な役割を担う。これらの問題は関連しあっており、その上層をテクノロジーの急激な進化によってもたらされた新たな可能性と危険性がうっすらと覆っているとの認識を示す。

 こうした問題に対処するためのアイデアをいくつか挙げたうえで、「経済活動への副次的なリスクと、公平性という広く受け入れられた基準の両方に配慮した税制を打ち立てるには、納税者の行動と特徴に関する判断と情報を利用することが重要だ」と唱えている。

 ドミニク・フリスビー著『 税金の世界史 』(中島由華訳/河出書房新社/2021年9月刊)は太古以来の税金の歴史を追う本。

『税金の世界史』(ドミニク・フリスビー著)。太古以来の税金の歴史を追う本。画像クリックでAmazonページへ
『税金の世界史』(ドミニク・フリスビー著)。太古以来の税金の歴史を追う本。画像クリックでAmazonページへ

 著者はイギリス人の金融ライターであると同時にコメディアンでもある。2016年に上演したコメディーショー「税制について話そう」を下敷きに、税制を切り口に文明の歴史をたどった。

税のない文明は存在しない

 税は文明とともに誕生した。古代の狩猟・採集社会にも、大まかに税と呼べるものはあった。それ以降、税のない文明が存在したことはない。

 第3章「税金を取るわけ」はこんな記述(=原文の一部を引用)から始まり、第14章までほぼ時系列で税金物語を展開する。その一部を紹介する。

  • 1215年に成立したイングランドのマグナ・カルタ(大憲章)は歴代の王たちによる過酷な税制への反発から考案された。
  • 14世紀にイングランドで広がった農民一揆(ワット・タイラーの乱)はフランスとの百年戦争の戦費を賄うための人頭税に対する反発が原因だった。
  • 19世紀に米国で起きた南北戦争の最も大きな原因は不公平な税制(関税)である。奴隷制も対立の種にはなったが、南北は経済的な利益をめぐって争っていた。
  • ドイツのナチ党は減税の公約実現に失敗した。
  • 所得税が近代史にもたらした影響は過去に制定されたどの法律よりも大きい。ナポレオン打倒、第1次世界大戦の軍事費、第2次世界大戦の米国の戦費となり、今日では世界各国のさまざまな社会保障制度の財源の一つとなっている。

 後半の第15章「労働の未来」から第20章「ユートピアの設計」までの各章では、経済社会の変化を見据え、国家や税制の未来を展望する。

 著者は「リバタリアニズム」を信奉しており、後半は自身の立場を前面に出して議論を進める。

 国民国家は比較的新しいモデルであり、17~19世紀の税制革命から生まれた。今後も生き残るかどうかは支出に見合う税収を上げられるかどうかにかかっていると問題を提起する。

 1990年代半ばから末にかけて国民国家モデルの存続が脅かされ始めた。無形資産への投資が有形資産への投資を上回るようになった。ギグワークやデジタル・ノマドと呼ばれる「独立個人」、暗号通貨、テクノロジー企業などの動きを見ると、大きな政府の社会民主モデルはうまく行かないだろうと予測する。

税負担が小さい国は生き残る

 一方、国民の税負担が小さい国、税制が公平でわかりやすい国は生き残る。国民がのびのびとしているほど、たくさん新発明や新機軸が生まれ、富が増える。これまでの歴史もずっとそうだった。これからもずっとそうだろうと断じる。

 第20章では著者がユートピアと考える税制を提案している。総合的な税負担を国内総生産(GDP)の15%前後に抑える。法人税は徴収せず、企業には立地使用税(LUT)を課す。一律15%の単一所得税を課し、ベーシックインカム制度を取り入れるといった内容だ。この提言も含めて後半の記述はやや強引な印象を受けるが、著者の考え方は明確だ。

 税金には長い歴史があり、時代を超えた共通点がある。税制を設計する際にはどんな点に気をつけなければならないのか、歴史はさまざまな教訓を残している。

 現在の消費税率を維持するのか、それとも引き下げるべきなのか、という議論にばかり焦点が当たる日本の現状を、後世の人たちはどう評価するだろうか。

写真/スタジオキャスパー