内容紹介
インターネットは、誰が支配しているのか。私たちが日常的に利用するクラウド、通信、オンラインサービス。その背後にあるデータセンターや海底ケーブルといったデジタルインフラは、いま大きな転換点を迎えている。効率と利便性を生んだ「集中」は、同時に深刻な脆弱性と支配の構造を生み出している。
世界中のサービスを一斉停止させたクラウド障害、海底ケーブルをめぐる地政学的緊張、さらには軍事衝突によるインフラ被害――。これらの出来事は、デジタルインフラがもはや中立な技術ではなく、国家と企業が争う「戦略空間」であることを突きつけている。2026年の米イラン戦争では、データセンターが攻撃対象になった。仮に台湾有事が生じた場合、通信遮断やAI半導体の供給途絶が懸念される。
本書はこうした現実を「見えるもの」と「見えないもの」の両面から読み解く。海底ケーブルやデータセンターといった物理的基盤、クラウド制御や認証基盤といった論理的仕組み。そして両者が織りなす以下の核心を明らかにする。
・なぜデジタルインフラは特定の企業・国家へ集中するのか
・なぜ一つの障害が世界規模の停止へと連鎖するのか
・どこに支配の要所(チョークポイント)が存在するのか
・“機能的主権”は誰の手にあるのか
さらに本書は、巨大クラウドへの依存、サプライチェーンの断絶、国家による規制といったリスクに直面する現代企業に向けて、「可視性」「代替性」「交渉力」という実践的な戦略指針を提示する。意思決定の現場に立つすべてのビジネスパーソンにとって、本書は「見えない依存」を可視化する必読書である。
<目次>
序章 インターネットという見えない大陸
0-1 世界がブルースクリーンに染まった日
0-2 見えない大陸の到来
0-3 物理空間と論理空間、そしてチョークポイント
0-4 本書の概念導線
0-5 読者への手引き
第1章 インターネットの理想と集中化の奔流
1-1 自律・分散・協調の設計思想
1-2 自律:独立ネットワークの集合体
1-3 分散:単一障害点を避ける理想と実用性の壁
1-4 協調:独立した主体群を接続する技術
1-5 絶対条件としての一意性
1-6 集約されるインターネット:2000から5への圧倒的集約化
1-7 再中央集権化を駆動する4つの引力
1-8 集中化の代償:失われたイノベーションの土壌
第2章 集中化が生む構造的な脆さ―攻撃者なき破壊
2-1 共通モード故障と共通原因故障
2-2 ソフトウェア・モノカルチャーと共通原因故障
2-3 三大クラウドの障害:AWS・Azure・GCP
2-4 2025年―制御プレーン障害の年
2-5 コードの正常動作が生む破壊:UniSuperのデータ消失
2-6 マルチAZ設計の限界:軍事攻撃が覆す独立性の仮定
2-7 生成AIの裏側にある依存の連鎖
2-8 「分散していれば安全」という幻想
2-9 VMwareの変貌:急変型ロックインの衝撃
2-10 Oracleの商業的拘束:漸進型ロックインの構造
第3章 物理空間の地政学―点と線の支配
3-1 All-Red Lineからデジタル・シーレーンへ
3-2 海底ケーブルの切断事例:相関故障の実証
3-3 迂回路としての宇宙:Starlinkと衛星コンステレーション
3-4 地政学的相関故障:海峡が引き起こす連鎖的機能停止
3-5 修理能力の地政学:復旧ボトルネック
3-6 データセンターと資源:生成AIの物理的制約
3-7 ハイパースケールデータセンターをめぐる世界の攻防
3-8 中国の東数西算:相関故障の国家的再配置
3-9 供給拠点集中の帰結:半導体サプライチェーンとTSMCの地政学
第4章 論理空間の地政学―コードによる支配
4-1 Code is Lawと論理空間の制御点
4-2 経路制御:BGPはなぜ乗っ取られるのか
4-3 DNS:インターネットの住所録を誰が握るのか
4-4 クラウドと論理的支配力
4-5 信頼は誰が保証するか:PKIの構造的限界
4-6 国家と電子証明書基盤の衝突:信頼の連鎖はどう武器化されるのか
4-7 プラットフォームの権力:アカウント停止からアプリ排除まで
4-8 CLOUD法:データはどの国の法に従うのか
4-9 見えない制御点をどう分散するか:論理空間での分散の要請
第5章 新しいリヴァイアサン ―ハイパースケーラーが垂直統合する世界
5-1 ハイパースケーラーの台頭と東インド会社
5-2 水面下の支配:East-Westトラフィックの爆発
5-3 公共インターネットからの離脱:宇部興産専用道路の論理
5-4 4社のプライベートWAN:私道のための独自の交通規則
5-5 データセンター内部で進む独自実装
5-6 ハイパースケーラーが書き換える海底の版図
5-7 オフネットキャッシュ:通信事業者の施設に入り込むハイパースケーラー
5-8 新しいリヴァイアサン:巨大化するクラウドを誰が制御するのか
第6章 主権の攻防―国家とプラットフォーマーの衝突
6-1 サイバー空間のトリレンマ:主権、民主主義、グローバル化の衝突
6-2 中国のサイバー主権:三法の城壁
6-3 ロシア・イラン:異なるサイバー主権モデル
6-4 論理的国境線の内側で:Apple、Tesla、Microsoftはどう振る舞ったか
6-5 米国:マルチステークホルダーモデルからデジタル保護主義へ
6-6 EUのデジタル主権:ビッグテックの機能的主権にどう対抗するか
6-7 アルゴリズムという新領土:TikTok強制売却
6-8 商業クラウドの軍事化:JWCCからProject Nimbusへ
6-9 規制の地政学化とブリュッセル効果の試練
第7章 デジタル勢力圏の攻防―海底ケーブル、陸上回廊、衛星をめぐる再編
7-1 海洋と大陸の角逐:現代のマハンとマッキンダー
7-2 バルト海のハイブリッド戦争:影の船団とインフラ破壊
7-3 陸の回廊:ランドパワーの大陸ルートが変える接続性
7-4 海の境界線:米中が争う海底ケーブルの再配線
7-5 西側ハイパースケーラーの対抗布陣:Googleのインド太平洋戦略
7-6 通信網から監視まで:中国が輸出するデジタル権威主義
7-7 スプリンターネットの臨界点:イランの兵営インターネット
7-8 宇宙という新しい共有地:Starlinkと主権の衝突
7-9 相関故障リスクの再編
第8章 日本の戦略―信頼のハブを設計する
8-1 制裁と遮断:法域が分断するクラウド
8-2 地政学的相関故障:重層的なチョークポイントと日本の脆弱性
8-3 DFFTは何を目指したのか
8-4 プラットフォーム規制の三極比較
8-5 技術による止揚:PETsとデータの「移動」から「アクセス」へ
8-6 日本型デジタル規制の座標:領域ごとの使い分け
8-7 日本は信頼できる結節点になれるか:信頼のセーフハーバー
8-8 物理インフラと供給網をどう守るか:ハードウェア層の戦略
8-9 制度と資金でつくる信頼圏
第9章 デジタルインフラをどう社会に根づかせるか―制度・市場・エネルギー
9-1 制度で市場を動かす
9-2 戦略的な調達者としての政府
9-3 物理基盤の再構築とデジタル国土強靭化
9-4 ワット・ビット連携:電力を送るか、データを送るか
9-5 5兆円規模の外資クラウド投資は何をもたらすか
9-6 地方分散を動かすには需要側が足りない
9-7 日本はアジアのデジタルハブになれるか
第10章 企業の生存戦略―自律への再設計
10-1 効率性からレジリエンスへ
10-2 デジタルの生物多様性
10-3 ベンダー依存を管理する
10-4 CIOはどう判断するか
10-5 ベンダーに縛られないための三原則
10-6 自律的なインフラ戦略:ホンダとトヨタの教訓
10-7 オペレーショナル・レジリエンス:業務を止めないアサヒグループの教訓
10-8 管理可能な依存の3条件
付録 クラウド依存度診断チェックリスト
終章 デジタルインフラの死と生―街路のダイナミズムを求めて
E-1 サイバー空間にも「街路」が必要だ
E-2 管理可能な依存の3条件
