取材する側にとって製品発表会の主役は必ずしも「新製品」とは限りません。幅広いメディアに伝えてもらうために呼んだ「タレント」がお目当てのメディアもあります。発表会自体は盛り上がりますし、テレビでの露出の可能性も高まりますが、裏で仕切る広報にとっては歓迎することばかりではありません。

「一般記者」対「芸能プレス」の衝突

 カメラの列にまばゆいフラッシュ、その中心にはわが社の新製品を手に持ってにっこり笑う人気タレント。カメラの放列の後ろで、勝利を確信する広報担当者であった――。

 「広報って華やかな仕事」と思われてしまう理由の1つに、こうしたタレントを呼んだイベントがあると思います。しかし、実際にタレントを呼ぶと、我々広報はうきうきする余裕などありません。むしろ「ああ、またあの問題が発生するのか……」と憂鬱な気分にさえなります。それは「一般記者」対「芸能プレス」の衝突です。

 一口にマスコミと言ってもいろいろな部署があり、それぞれ担う役割が異なります。分かりやすいのでテレビ局を例に説明します。

 午後の情報番組を見ていると、こんなやり取りがあります。

 「それではここでニュースです、報道フロアの〇〇さーん」

 これは、情報番組は生活情報局、ニュースは報道局という管轄の違いがあり、報道局はその性質上、特に独立性が高い。そのためワイドショーという生活情報局制作の番組内であっても、定時ニュースは報道局の管轄なので報道フロアから放送するわけです。

 私たち企業が開催する記者会見は、基本的に報道局の記者が取材し、その素材を報道局の判断でどうニュースにするかなどを決めます。一方、生活情報局には芸能ニュースだけを専門に追う「芸能班」といわれるチームが存在し、芸能人が出演する会見にはこの方たちも別チームとして取材に来ます。ただし狙いは企業の発表内容ではなく、ゲストに呼ばれたタレントの動向です。冒頭のフラッシュバシャバシャは、この芸能班の方々が中心の取材風景だと思ってください。

 つまり同じマスコミでも「報道」「芸能」という違う情報を求めている人が、同じ時間、同じ場所に集められるわけです。これの何が問題かというと、

  • 報道:製品の特徴や詳しい説明が取材できればよい。
  • 芸能班:タレントによるおしゃべり、フォトセッションが取材できればよい。

となります。そうなると互いに自分の取材を優先するが故に摩擦が起こります。その真ん中で、ごりごりすり潰されるのが我々広報というわけです。

 「ねえ、タレントの囲み取材早くしてくれない? 次があるんだよ」
 「ちょっと、芸能のプレス邪魔だよ。あんた広報だろ、仕切ってよ!」

というちょっと怖い感じのやり取りになります。ああ、何かもう、書いているだけで険悪な空気がよみがえってきます。ここまで読まれて、読者の方の中には芸能班が発表会の邪魔になってけしからん、という印象を持つ人がいるかもしれませんが、少し立場を変えて考えてみましょう。

 テレビ局にとっては、芸能ニュースも視聴率獲得には重要なコンテンツで、他社に後れを取るわけにいきません。また、「タレント〇〇さんが登場します」という取材案内を企業からもらっている以上、タレント取材をできるのが前提ですから、芸能班の立場からすると「ちゃんと仕事させてよ」となるわけです。それをないがしろにしては、「あの会社の広報ひどかったよ」となりかねません。発表会にタレントを呼ぶ以上は、芸能班のケアもしっかりする覚悟が必要です。

え、これだけ? タレントを呼んだ成果

 こうして険悪な雰囲気を何とか乗り越え、翌日テレビを見ると、朝の情報番組から午後のワイドショーまで、わが社の呼んだタレントが出ています。しかし内容は、「昨日都内で行われたイベントで、今話題の女優〇〇さんがカメラの前に登場しました……」というものが大半です。その後のタレントへの質問も「噂の人」についてばかりで、早々に舞台から退出……。

 確かにタレントはわが社のロゴの入った市松模様のパネルの前に立っていたし、会社のロゴは全国放送に映っています。しかし、これでは単なる背景で、天気予報の中継で遠くに映り込んでいるビルの看板とあまり変わりがありません。思わず「え、これだけ?」と言いたくなるかもしれませんが、私たち広報に言わせれば「こんなもの」です。

 社内から「何とかしてテレビの取材が来るよう企画してほしい」と強くプッシュされると、苦し紛れに「タレントを起用してみようか」という結論になりがちです。特にCM契約のあるタレントを動かせる宣伝部が発表会の企画に入っている場合、むしろ積極的に広告塔として活躍してもらいたいと考えるのが普通でしょう。発表会を今後のCM露出の予告程度に捉えれば、十分効果があると言えるかもしれません。

 しかし間違っても、「ひょっとすると、取材に来た人が新製品の魅力に気付いて、思いがけずしっかり紹介してくれるのではないか」などと考えないほうがいいでしょう。芸能班にも彼らが果たすべき役割があります。新製品の魅力をどれほど情熱的に売り込んでも、訪問すべき家の隣のドアをノックしているようなものですから、甘い期待は捨てるべきです。

 そんな割り切った考えで発表会にタレントを呼んだとき、やはり気を付けたいのが、会見場での「仕切り」です。

 繰り返しになりますが芸能班の目的はタレントです。会見が始まって、待てど暮らせどお目当てのタレントが登壇しないとなると、彼らもいら立ち始めます。芸能班を呼んだからには彼らなりの「取材」の機会をつくらなくてはなりません。そこで発表会の途中で「本日のゲスト登場」という流れをつくり、予定調和なトークショーを始めることになります。

 こうなると、今度は製品取材に来ているニュース媒体や記者から「そういう“作り込まれた”感想とか要らないから」「早く終わらないかなあ……」という空気が漂い始めます。こうした相克するニーズのバランスをとるため、2部制にする発表会もあるようです。

 タレントのトークセッションを「予定調和」と書いてしまいましたが、ごくまれにクライアントである企業の言ってほしいことを察して、どんどんアドリブを入れてくれる、しかも一般ニュースでも使ってくれそうなフレーズをうまくひねり出してくれる人もいます。それがまだ10代のかわいらしいアイドルだったりしますので、まさに“タレント”という言葉の意味(才能)を感じさせてくれます。こういうタレントさんは何回でも発表会にお呼びしたいですね。

日経クロストレンド 2020年8月20日付の記事を転載]

日経クロストレンドの人気連載「 風雲! 広報の日常と非日常 」が本になりました。現役広報パーソンである二人の著者(鈴木正義氏、遠藤眞代氏)が、20年以上にわたる記者や編集者との生々しい駆け引き、社内でのあつれき、成功談・失敗談から導き出された「記事や番組に採用されるためのテクニック」「メディアとの関係構築法」「危機感管理術」などを、当時の現場の様子や本音を交えながらリアルに書きつづっています。読み物としても楽しめる中身の濃い1冊に仕上がっています。

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