メーカーにとって頭の痛い、現在の商品不足に部品不足。売りたくても売るモノがないのですから歯がゆい思いでしょう。実はこうしたピンチは以前にもありました。マスコミからの問い合わせにどう対応すべきか、広報を務める筆者の鈴木正義さんは社長の元へ向かいます。そこで告げられた社長の言葉に驚いた鈴木さん。さて、会社はこの危機をどう乗り切ったのでしょうか。

「NECはモノがない」と書いてもらえ

 2022年、世界情勢はかつてないほどに不安定で、それは産業界にもさまざまな影を落としています。その1つが部品などの供給不足です。マスコミもこうした情勢がどのようにビジネスに影響を及ぼしているかを広報に取材するわけですが、これは影響を受けている企業側としてはなかなか対応に苦慮する取材になります。こうした産業界全体が影響を受ける事態に対する広報で、忘れられない出来事がありましたので、今回はその話をします。

 それは11年のことでした。まだご記憶の方もいるかもしれませんが、当時タイで大洪水が発生し、テレビのニュースなどでも取り上げられていました。海外のニュースということもあり、さほど深刻な話題にはなっていなかったのですが、実はタイに生産設備が集中していたハードディスクドライブ(HDD)というパソコンに欠かせない部品の生産が壊滅的な打撃を受けていました。

 実際に当時NECパーソナルコンピュータ(NECPC)をはじめ、世界中のパソコンメーカー各社で、徐々に品不足が顕在化し始めていました。このことを察知した新聞社からNECPCは問い合わせを受けることになります。

 こうした産業界横断の問題が発生したとき、矢面に立つのはその業界のトッププレーヤーです。2番手以降の企業であれば「その問題は業界を代表する◯◯社に聞いていただくのがよろしいかと」という逃げが打てますが、NECPCはマスコミから業界を代表する企業と認めていただくべく日ごろから広報活動を行ってきましたから、こうした場合だけ「知りません」とは言えない立場にありました。

 「社長、困りました。どうしましょう」――。当時の社長だったTさんのところに早速相談に行きます。一応こちらも広報の責任部署ですから、手ぶらというわけにはいきません。私の腹案は、とにかくインパクトは少ないというコメントに徹して、大きなニュースになることを避けるというものでした。ところが社長から出た一言は、とても意外なものでした。

 「それはまずい。そんなニュースが出たら、モノがないとお客さんに頭を下げている現場の営業マンを嘘つきにしてしまう。むしろ『NECはモノがない』とはっきり書いてもらいなさい。責任は私がとるので構わない!」

 Tさんは若手社員に対しても「◯◯さん」と呼ぶ物腰の柔らかい人物だったのですが、このときは珍しく毅然とした態度で、ちょっとびっくりしたのを覚えています。社長の指示でもあり、決意のようなものを感じたので、マスコミには「モノが不足している」というような状況を説明しました。

 結果的に、NECが生産調整をしているというニュースがでかでかと新聞紙面を飾り、NEC関連の株価も少し下がってしまいました。正直そこまでインパクトのある記事になるとは想定していなかったので、広報としては「しくじった、あれはやはり“失言”だった」と唇をかんだ覚えがあります。

 ただ、この記事の結果、現場で頭を下げていた営業マンは「新聞にある通りです、何とか資材の調達を行っていますのでもう少し待ってください」というように、誠実な対応ができたと聞いています。

本当の「危機」はモノがないことではなかった

 その後、NECPCはまずハードディスクを抜いた状態でパソコンを生産して、これを大量に在庫し、入荷次第国内の生産工場で組み立てるという対応を行いました。肝心のハードディスクは、今までと違うメーカーからも調達するのですが、実績のない部品を組み込んだことで後に品質問題を起こしてしまっては、これはこれでNECブランドに対する信頼を裏切ってしまうことになります。

 そこで、一旦ハードディスクメーカーで良品と判定されて納品された部品であっても、国内工場に入荷した時点で全数再検査を行うことにしました。通常はサプライヤーとの信頼関係もあるため、一定数の抜き取り検査を行うだけです。これが全数検査ともなれば、途方もない作業工数アップになってしまいます。しかし、恐らくこの検査の効果もあったのでしょう。生産ラインを工場だけでなく、群馬にあるサービスセンターにまで拡大した非常時の態勢下でつくられたにもかかわらず、この世代のNECパソコンにハードディスクの品質問題は発生しませんでした。

 こうして何とか会社を挙げて危機を乗り切り、NECブランドのパソコンは無事消費者の手元に届けられるようになりました。振り返って、この危機対応は「何が本当の危機なのか」を理解することの大切さをTさんに教えてもらった気がします。

 確かに売るモノがないということで株価は下がりましたが、それは在庫状態が回復すればまた戻るものです。一方で、ありもしないモノをあると嘘をついている会社だった、ということで信頼を落としてしまっては、これは容易には回復しません。

 実はこのときNECPCが直面していた危機とは、モノが調達できないという危機ではなく、「NECPCの生産体制、品質管理体制に対する誠実さを問われている」という危機だったのです。それが見通せていたからこそ、後に続く特殊な生産体制、品質の維持など、一貫した対応ができたのでしょう。そこまで先を読み、決断したTさんは、やはりリーダーとしてふさわしい危機対応をされたのだと、今になって思います。

 ちなみに今回この記事を出すにあたり、Tさんのお許しを得ようと連絡しました。すると「僕なんか、NECのパソコンの歴史に名を連ねる大先輩を差し置いて名前を出すような器じゃない」ということで、イニシャルならばということで了解をいただきました。

 危機管理対応の広報といいますと、マニュアルやQ&Aを整備し、マスコミになるべく悪く書かれないようにすると考えがちでしょう。それはその通りなのですが、そのとき、本当に会社として守るべきものは何なのか、何を問われているのかについて、普段から備えておけと言われてもそこまで人間の脳は考えようとしません。私はこの経験を通して教えていただく結果になったのですが、広報たるもの、こうした点でも経営者に助言できるようになりたいものです。

日経クロストレンド 2022年8月18日付の記事を転載]

日経クロストレンドの人気連載「 風雲! 広報の日常と非日常 」が本になりました。現役広報パーソンである二人の著者(鈴木正義氏、遠藤眞代氏)が、20年以上にわたる記者や編集者との生々しい駆け引き、社内でのあつれき、成功談・失敗談から導き出された「記事や番組に採用されるためのテクニック」「メディアとの関係構築法」「危機感管理術」などを、当時の現場の様子や本音を交えながらリアルに書きつづっています。読み物としても楽しめる中身の濃い1冊に仕上がっています。

日経BP/1980円(税込)