官庁が主導する談合組織から離脱したA社は、売り上げが激減。しかし、2年後に逆転劇が起きる――。コンプライアンスには、危機を克服するための苦悩や決断など「ものがたり(ストーリー)」が必要だ。豊富な実務経験を持つ企業不祥事対策の第一人者、國廣正弁護士が実例を紹介する。國廣氏の著書、 『企業不祥事を防ぐ』 (日本経済新聞出版)から抜粋して解説。

ものがたりのあるコンプライアンス

 今回は、筆者が弁護士として実際に関与した事例を挙げて、「ものがたり(ストーリー)のあるコンプライアンス」について考える。

 ここで言う「ものがたり」とは、危機的状況に陥った企業の経営者が逆境を乗り切る際に、支えとなった1本の背骨のようなもの、あるいは関係者の肉声で語られる悩みや決断、危機の克服の実際の記録と言ってよい。

A社の事例――談合組織からの離脱

 1990年代まで日本は談合社会だったが、その後、独占禁止法の適用強化などで談合が厳しく摘発されるようになり、2000年代に入ると業者間の談合は激減した。しかし、官製談合と言われる官庁が主導する談合は、「役所の指導があるのだから許されるのではないか」という意識もあり、根強く残っていた。

 このような時代背景で、A社が置かれた状況は次のようなものだった。

・A社は、全国の公共施設(主務官庁は○○省)にある高額製品を販売・納入していた。
・この製品は○○省の認可を受けなければ販売できない製品であり、○○省は業界に対して強い権限を持っていた。
・○○省のOBが天下ってつくっている財団法人(X会)がある。X会は全国の公共施設の入札を仕切っていた。すなわち、A社、B社、C社、D社という業者は、X会の仕切りに従って順番に落札するという慣行が長年にわたって行われていた。
・X会が仕切る公共施設への製品販売はA社の売り上げの2割に達しており、A社としてはX会と良好な関係を維持することが営業上極めて重要だった。逆にX会との関係が悪化すると売り上げに多大な悪影響が及ぶことが懸念された。

 A社の法務部門から「X会の仕切りでの入札行為は談合となる可能性がある。X会との関係を見直す必要があるのではないか」という問題提起がなされ、弁護士である筆者と法務部はX会との絶縁を提案した。

A社は官庁が主導する談合に加わっていた(写真/shutterstock)
A社は官庁が主導する談合に加わっていた(写真/shutterstock)
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 これに対して、営業担当取締役(役員会の中でもっとも声が大きい)は、「業者だけの談合とは違う。お役所公認でやっている。だから捜査機関も手を出さないだろう」「他社もやっている。当社だけがX会と事を構えると業界秩序が保たれない」「タテマエやきれい事だけで仕事はできない」「やり方を工夫すれば談合と言われないのではないか。それを工夫するのが法務の役割ではないか」という議論を展開した。

 こうしてA社では、独占禁止法などの法令に触れない形でX会との関係を維持していこうと主張する人(法令違反を回避しつつX会との関係の維持を主張する「継続派」)と、そもそもX会と関係を持つこと自体が問題であるから関係を遮断すべきだと主張する人(法令の趣旨・精神を重視する「遮断派」)との2つの主張が対立することになった。

最後に社長が決断

 継続派は、X会と関係を遮断すると官公庁との関係がぎくしゃくして仕事を失うおそれがあるという現実論をよりどころに、厳格な法律解釈論により「ぎりぎりセーフ」となるラインを示すことを求めた。営業担当取締役は筆者に対して、「法律を駆使して、依頼者である我が社を助けるのが弁護士の仕事ではないか。ダメ出しばかりでは弁護士に依頼した意味がない」と言い放った。

 これに対して筆者は、「ダメなものをダメだというのが弁護士の役割だ」と反論し、役員会は険悪な空気に包まれた。

 私たち遮断派の論拠は、そもそもX会という存在自体が法令の趣旨・精神に反することで、今後、独占禁止法の適用が厳しさを増すことが予測される状況でX会と接触を保ち続けること自体が危険であり、このリスクはX会との関係遮断による売り上げ減少などと比較できないほど大きいというものだった。

 このようななか、最後は社長が決断した。

 「私は、コンプライアンスは法令の文言ではなく趣旨・精神を尊重することだと社員に宣言した。私が言行一致でなければ社員はついてこない。X会との関係は遮断する。これで当面の売り上げが減少しても、それは自分の責任として受け止める。営業担当者の責任は問わない。正々堂々と入札を行い、長い目で見た勝ちにつなげよう」と明確に宣言した。

 社長の決断に従い、A社では徹底した官製談合防止制度を設け、X会との絶縁を実行した。

 このような状況で、継続派の不安は現実化した。A社はX会との関係を遮断した直後から○○省関係の入札ではひどいイジメにあい、○○省関係の入札から事実上締め出されることになった。この結果、A社の売り上げは2割近く減少した。業界紙でも「A社の営業力低下」といったネガティブな記事が続くことになった。

 しかし、トップは揺らぐことなく、「一時的な売り上げ減少は想定の範囲内」として、コンプライアンスの一層の徹底を指示した。

 A社の苦戦は2年間も続いた。

談合摘発をまぬがれ業績が急回復

 そんなある日、X会が主導する官製談合が一斉に摘発され、X会の幹部と他社の担当者たちが逮捕されるといった重大事件に発展した。しかし、A社が摘発されることはなく、その業績は急速に回復していった。

 A社の社長の対応には「ものがたり」がある。言行一致を貫き、「責任は自分で負う」と宣言し、その後の業績低迷期においても動じない社長の行動は、1人の経営者(というより1人の人間)としての誠実な悩みと決断、そして我慢のプロセスであり、1つの「ものがたり」となっている。

A社は社長の決断によって談合の摘発を回避し、業績が急回復した(写真/shutterstock)
A社は社長の決断によって談合の摘発を回避し、業績が急回復した(写真/shutterstock)
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 A社のものがたりには、サイドストーリー(エピソード)もある。

 社長がX会との絶縁を決定した役員会のあとで、議論を闘わせた営業担当取締役が私のところに来て、こう言った。

 「國廣さんにはずいぶんと失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。自分は営業の数字に責任を負う立場上、あのようなことを言いましたが、実は内心では、“自分がいつか逮捕されるんじゃないか”と、ずっと心配で、夜もおちおち眠れませんでした。でも、社長があのような決断をしてくれたので、すっきりしました。これからは安心して仕事ができます。X会関係以外の仕事に精を出して頑張ります」

 本来のコンプライアンスとは、このような「ものがたり」を伴うものだ。ものがたり・エピソードのないコンプライアンスはただの書式集にすぎない。面白くもない。面白くないコンプライアンスは実効性を伴わないただの苦痛でしかない。

コンプライアンスは、「過剰規制」から「ものがたり」へ

なぜ不正は起きるのか? 不祥事を防ぐために必要な対策は? “規則を厳守”するからうまくいかない。「コンプラ疲れ」を脱する3つのカギを明かす。企業不祥事対策の第一人者で、日本経済新聞社「2018年 企業が選ぶ弁護士ランキング」(危機管理分野)第1位の著者が解説。

國廣正著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)