『 「風の谷」という希望 残すに値する未来をつくる 』(英治出版)は、『イシューからはじめよ』『シン・ニホン』で知られる安宅和人さんが書き下ろした、1000ページ近い大著。本書では、都市以外の場所に「風の谷」をつくるための構想が、森と流域、基盤インフラ、エネルギー、ヘルスケア、教育、食と農、生活空間など、空間を支える大半の領域から議論されている。安宅さんインタビュー4回目は、本書をより深く理解するための本について聞いた。
400冊以上の本、論文合わせ約1000の文献
『「風の谷」という希望』(「谷本」)は本だけで400以上、論文を合わせれば1000を超える文献の情報を参考にしつつも、僕らなりに課題を整理し、相当に独自の分析を行った上で書いています。
風の谷プロジェクトは、まだこの世に存在しないものを相手にしています。ゼロベースの思考をしているので、今から紹介する本を読んでも参考にすぎず、直接的な答えは書いてありません。とはいえ、読んでおけば「谷本」の背景の理解は確実に深まるでしょう。今回はコアメンバーで共有している関連図書リストの中から、基本的かつお薦めな本を紹介します。
風の谷プロジェクトでは「疎空間を存続可能、そして持続可能なものにする」という課題に取り組んでいます。その過程で、人と自然の関係性一つを取ったとしても、気象、生態系、森、水、土壌など、幅広い領域の理解が必要になります。対象の理解をしても、必ずしも課題が分かるわけではありませんが、まずはそこからです。人類が理解しきれていないことについても、何が分かっていないのか理解する必要があります。
また、課題の原因が分かっても、それだけでは解決策は見えません。しかし、対象を理解せずに適切な対応手段を考えるのは難しい。だからこそ、基礎素養が重要だと考えています。
たとえば、風の谷におけるヘルスケアは、先に述べた通り、従来の都市型医療システムの単なる縮小版ではありません。健康というのは身体的な側面ではなく、精神的、社会的な側面を含む総合的な状態のことです。このような包括的な健康観を理解するには、たとえばブッダの教えに基づく生・老・病・死の四苦、さらに八苦などへの理解があることが役立ちます。
「風の谷プロジェクトに関係する本を知りたい」という方のために、いくつか基本的かつお薦めの本を紹介しましょう。冊数が多いので、それぞれ簡単に説明します。
まずは生命・組織・企業・都市・経済の成長と限界について書かれた『 スケール 万物を支配する「大きさ」の法則(上)(下) 』(ジョフリー・ウェスト著/山形浩生、森本正史訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。これは谷のエコノミクスの背景を考えるために必須の一冊です。それからシステム思考系の『 成長の限界 ローマ・クラブ「人類の危機」レポート 』(D・H・メドウズ、D・L・メドウズ、J・ランダース、W・W・ベアランズ三世著/大来佐武郎監訳/ダイヤモンド社)も重要です。この本は1972年に出版され、そこから50年以上たち、世界はローマ・クラブが言ったこととは逆の方向に進みました。しかし、システム思考を大掛かりに行って、一般向けに公開された最初の取り組みの一つであり、大変に勉強になります。実際の系のデザインでは、私の恩師の1人であり、東京大学EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)をつくられた横山禎徳さん(近年逝去)の『 循環思考 ロジックツリーだけでは解決しない、複雑な問題を解決する技術 』(東洋経済新報社)が大事な1冊です。
それから『 発展する地域 衰退する地域 地域が自立するための経済学 』(ジェイン・ジェイコブズ著/中村達也訳/ちくま学芸文庫)も読む価値があると思います。「疎空間において継続的に変化や価値を生み続けるとはどういうことか」が最大級の課題の一つです。その視点からもジェイコブズの「地域が自立する経済学とは」という検討は非常に興味深い。あとは『クリエイティブ資本論 新たな経済階級の誕生』(リチャード・フロリダ著/井口典夫訳/ダイヤモンド社)も示唆に富みます。
土地の記憶に関連した本では、中沢新一さんの『 アースダイバー 』シリーズ(講談社。リンクは『増補改訂 アースダイバー』)がまずは入門編的にお薦めです。直観的な議論ですが、視点という意味で無視できないと思います。中沢さんは心の無意識までを含んだ4次元の地図を作製することを「アースダイビング」と呼んでいるんですが、特に『 大阪アースダイバー 』(講談社)は出色です。

宮脇昭さんの『植物と人間 生物社会のバランス』(NHKブックス)も考えさせられる本です。最近人気の、藤井一至さんの『 土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて 』(光文社新書)もいいですね。より原点的なものとしては『 土の文明史 』(デイビッド・モントゴメリー著/片岡夏実訳/築地書館)、『 土と内臓 微生物がつくる世界 』(デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー著/同訳/同)がお薦めです。ジャレド・ダイアモンドの『 文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの(上)(下) 』(楡井浩一訳/草思社文庫)も実は『土の文明史』がベースになっています。
「日本人なら読め」と言いたい本
「水の循環」について造詣を深めるなら、沖大幹さんの『 水危機 ほんとうの話 』(新潮選書)と榧根勇さんの『 地下水と地形の科学 水文学入門 』(講談社学術文庫)が重要です。
エマ・マリスの『 「自然」という幻想 多自然ガーデニングによる新しい自然保護 』(岸由二、小宮繁訳/草思社文庫)も読んでおいたほうがいいですね。「もうほとんど自然林なんてものは存在しないんだ」という意味で、ズシンと来る一冊です。『 森林飽和 国土の変貌を考える 』(太田猛彦著/NHK出版)はスパイシーですが、大事な本だと思います。『 スギと広葉樹の混交林 蘇る生態系サービス 』(清和研二著/農山漁村文化協会)も素晴らしいです。
河川技術者である関正和さんの『大地の川 甦れ、日本のふるさとの川』(草思社)は、「日本人なら全員読め」と言いたい。グリーンインフラ系の原点となる一冊であり、もう中学生のうちから手に取っていただきたい一冊です。最近刊行された中村圭吾さん(風の谷プロジェクトのコアメンバー)の『 建設ネイチャーポジティブ これからの土木・建築ビジネスの必須教養 』(中村圭吾著/日経コンストラクション編/日経BP)もお薦めです。
『 パタン・ランゲージ 環境設計の手引 』(クリストファー・アレグザンダー著/平田翰那訳/鹿島出版会)は谷的なアプローチには不可欠だけど、この重要性と背景を理解するにはかなりの教養が必要。僕らのエネルギー班メンバーでもある古舘恒介さんの『 エネルギーをめぐる旅 文明の歴史と私たちの未来 』(英治出版)もお薦めです。
教育系ではイヴァン・イリッチの『 脱学校の社会 』(東洋、小澤周三訳/東京創元社)。ファラデーの『 ロウソクの科学 』(三石巌訳/角川文庫)も「みんなしみじみ読むべき」というぐらい、良い本です。中尾佐助先生の『 栽培植物と農耕の起源 』(岩波新書)も良い本で、こちらも中高生全員にお薦めしたいですね。風の谷プロジェクトの教育班リーダーの白井智子さんによる『 脱「学校」論 誰も取り残されない教育をつくる 』(PLANETS)、アドバイザリーのお1人である孫泰蔵さんの『 冒険の書 AI時代のアンラーニング 』(日経BP)もお薦めです。
景観系では近年逝去された樋口忠彦先生の名著『 日本の景観 ふるさとの原型 』(ちくま学芸文庫)。この本以前と以後の世界がまったく違うという歴史的な一冊で、僕は樋口先生を心から敬愛しています。でも、残念ながらかなり読みにくい。樋口先生が僕に乗り移ってくれたら、書き直したい。
それから、最近亡くなられた槇文彦先生らが書いた、『 見えがくれする都市 』(鹿島出版会)も大切な一冊です。そして、同じく亡くなられた原広司先生の『 集落の教え100 』(彰国社)も素晴らしい。文章が美しくて泣きそうになります。
田園都市論ばかり言っている人には、「田園都市(Garden City)」という言葉を生んだ『 新訳 明日の田園都市 』(エベネザー・ハワード著/山形浩生訳/鹿島出版会)をちゃんと読め、と言いたい。名前だけ有名でちゃんと読んでいる人は本当に少ないのですが、実はハワードの頭の中は完全に計画都市で、まるで都市デベロッパーのよう。そしてエコノミクスが大量に出てくる一冊です。彰国社の『 日本の都市空間 』(都市デザイン研究体著/彰国社編/彰国社)、『現代の都市デザイン』(同)の2冊も外せません。
風の谷プロジェクトではガバナンスが大問題なのですが、『 コモンズのガバナンス 人びとの協働と制度の進化 』(エリノア・オストロム著/原田禎夫、齋藤暖生、嶋田大作訳/晃洋書房)、『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』(若林恵・責任編集/日本経済新聞出版)がすごくいい。風の谷プロジェクトのコアメンバー・宇野常寛さんの『 庭の話 』(講談社)も実は深いところで響き合っています。それから宇沢弘文先生の『 社会的共通資本 』(岩波新書)も外せません。宇沢先生の長女の占部まりさんは、社会的共通資本を提唱しつつ、風の谷プロジェクトのヘルスケア班リーダーでもあり、内科医として地域医療や終末期ケア、SDGsの普及活動にも関わっています。

と、ここまで駆け足で推薦本を紹介してきました。
風の谷プロジェクトはこれから100年、200年と続くプロジェクトです。風の谷をつくっていくことが、谷を担う人材を育てることになると信じています。
今回、紹介した本を読めば「風の谷プロジェクトが分かる」というものではありませんが、それぞれの領域に何らかの答えを出したい人であれば、いずれも名著であり、手に取ってみてもらえればと思います。
取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子