「風の谷」という希望 残すに値する未来をつくる 』(英治出版)は、『イシューからはじめよ』『シン・ニホン』で知られる安宅和人さんが書き下ろした、1000ページ近い大著。本書では、都市以外の場所に「風の谷」をつくるための構想が、森と流域、基盤インフラ、エネルギー、ヘルスケア、教育、食と農、生活空間など、空間を支える大半の領域から議論されている。安宅さんインタビュー3回目は、「風の谷」の実現のために、まずやるべきこと。

インフラのあり方を根本から変える

 今、基本すべての疎空間は都市からの税金の再分配に大きく依存しています。一人あたりの空間維持コストが都市部に比べて極端に高く、生産性も低いからです。第一の理由は、疎でありながらも密空間を前提で作られた都市型のインフラをそのまま持ち込んでいるためです。身の丈に合ったコストにし、将来的にメンテ可能にしていくためには、インフラ整備のあり方を根本的に見直していかなくてはなりません。水道、道、学校、ヘルスケアなど、いずれも大きく異なるものの考え方が必要になるのです。

 たとえば、どのような疎空間でも逃げることができない初等教育、中等教育の前半(中学校)の場合、先日僕が見学した紀伊半島のある疎空間では、中学校が3学年で5人、隣の小学校は10人しか生徒がいませんでした。「学校(school)」とは本来人が集まる場、という意味です。人と遊んだり、くやしい思いをしたり、やさしさや一人ひとりの違いを学ぶ場を提供することが学校の第一の機能です。疎空間に都市と同じソリューションをシンプルに持ち込んでいる結果、最も大切な機能を提供できないのです。

 我々の教育班の検討では、近隣の小学校、中学校の生徒をまとめて、数カ月ごとにキャンパス持ち回りで授業を行う「寄せて混ぜる」方式を提案しています。廃校にする必要はありません。子供一人あたりの教員費(現在、疎空間では年数百万円以上が普通)も大きく削減でき、スクールバスで通学させれば、学びの質も上がります。義務教育のあと、やりたいことのある子どもたちを谷の外の本場に留学させることも大切です。それは高等教育機関とは限りません。特別な技能を身につけるために職人としての修業も大いにあるでしょう。谷の外でそうした教育を受けたある程度の割合は、育った谷に戻ってきます。この面々がいずれ外の文化を持つ”界面活性型”の異人として大きな力になります。

「都市に縛られずに価値を生み出せるような人がやってこられる土地にしなくてはなりません」と安宅さん
「都市に縛られずに価値を生み出せるような人がやってこられる土地にしなくてはなりません」と安宅さん

 戻ってこなかったとしても、その何人かが成功すれば「あの人を生んだ地」として注目されるようになるでしょう。道路工事やエネルギー自給に莫大なお金を使い続けると、現在の子どもたちが大人になった頃(≒今よりも人口の少ない未来)に、まとまったインフラの維持コストを生みますが、このような谷外への留学はそのような問題を生むことはありません。送り出してくれた谷への感謝と愛を育むことにも同時につながるでしょう。公的資金は谷に関わる人みんなの大事なお金なので、将来の谷化につながるように使っていくことが大切です。

 教育と並んで難しい社会インフラはヘルスケアです。高コストな総合病院(3次救急)を疎空間に作る方法はありません。この領域では劇的な思考変換が必要です。「病気になりにくく、生きている喜びに満ちた社会」にするPPK(ピンピンコロリ)& JOL(Joy of life)化、そして緊急時対応においては、すべてを自力で解決しようとせず、都市との連携を深めることが鍵になります。PPK & JOL化には「歯(の健康を保つ)」「足(で歩ける状態を保つ)」「(人と)混ざる」が大事です。

 身体が弱った人は一時的に都市の医療機関の側で養生し、元気になったら戻ってきてもらう。緊急事態にはドクターヘリで患者を運ぶ。人口密度ではなく、各家々から一定の時間距離内にドクターヘリが離着陸できる場所を配置すれば、多くが地域の基幹病院に無事到着できるはずです。

 これまで通り、都市と同じことをしていては答えにならないのです。

 このように疎空間を主語に課題が把握できれば、どんな変化が必要かが見えてきます。現在の疎空間で行われていることの多くは、残念ながら疎空間を「風の谷」にするために必要なこととは真逆に近いのです。ここまでの説明もかなり一部しか話しておらず、ぜひ谷本(『「風の谷」という希望』)をご覧ください。疎空間の前提というべき自然との共存や森のつくり方、はるかに重い基盤インフラ、空間のあり方、レジリエンスの肝などはすべて「谷本」で詳述しています。

疎空間に必要な求心力=「三絶」

 その谷を愛し、コミットし、谷にどんどんと変化を生み出しうる人たち(その谷で育った人も多く含む)を呼び寄せるには、「三絶」というべき求心力が必要です。三絶とは「絶景/都市では得られない圧倒的な景観価値」「絶生/創造性あふれる生活基盤」「絶快/その土地ならではの出会いと気づき」です。

 僕らは日本各地で「風の谷候補地」の視察をしていますが、高い景観価値が空間の存続のために必須だと考えている地域は相当に少なく、多くの土地で「絶景」への意識は低いと言わざるをえません。結果、壊れたままの家や、見苦しい看板、鉄塔やコンクリートの擁壁などが過剰に存在し、素材としての価値が毀損している空間は珍しくありません。

 空間的には潤沢な疎空間でありながら、数日、ゆったりと泊まれ、作業ができる広々とし、通信環境が整った部屋があることは極めてまれです。土地の材料や伝統を生かし、現代的なテイストも持つおいしいご飯を食べられる場所も、近隣の町に行かないと見つからないことが大半です。先ほどお話しした通り、子供を育てる環境も極めて際どい状況で、健康を守るシステムも脆弱です。このように「絶生」とは言い難い土地がほとんどというのが実情です。

 自然と歴史豊かな土地ならではの出会いと気づき、つまり「絶快」が本来あるべきですが、数千年続くその土地の歴史すら忘れられていることが多い。土地の古代遺跡を説明してくれる人はもちろん、300年前にこの土地がどういう土地だったのかと聞かれて答えられる人すら会うことは少ない。それに触れるための道も、放置され歩けなくなっている場所が大半です。仮に歩けても、本来、景観と風の流れが一致し、鳥がさえずる絶快的な場所に生えなくて良いスギが間伐もされず、視界をさえぎっていたりする。

 幸いにもせっかく美しい景色があっても泊まる宿がない、気晴らしにトレイルできる場所がないとなると、そんな所へ、谷づくりに必要な人は、たとえ育った土地だからと仮に訪問してくれても、土地にステイし続けることができず、すぐに戻るしかないでしょう。

「多くの土地で『絶景』への意識は低いと言わざるをえません」
「多くの土地で『絶景』への意識は低いと言わざるをえません」

 自給自足とか、レジリエンスとか言う前にやるべきは、まず三絶的な土地の求心力を高め、生産性を上げることです。次に中長期的に都市型のインフラを根底から見直し、身の丈にあったもの、極力ローカルでメンテできるものとすることです。

 今、「風の谷」になりうる土地にいる方々が、もし「谷化」を目指すのであれば、潜在的に美しい場所を数世代にわたって正しく美しく育むこと。さらに農業、建物づくり、土地の素材を生かした面白いモノや店づくり、職人技術など、「何か新しいこと」をする人の割合を増やしていくこと。そして何より外の目を持ちながらも、土地を愛する、谷づくりに向けた同志的な仲間づくりをされることが大切だと僕らは考えています。

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子