食品や日用品、家電などのメーカーは通常、店頭での販売価格を直接決めることはできません。そのため、多くの場合に用いられるのが、納価の調整やリベート(販売奨励金)ですが、こうした措置は実際、店頭価格や売れ行きにどのような影響があるのでしょうか。また、メーカーの意図通りに店頭価格を誘導するためには、どうしたらよいのでしょうか。メーカーが見るべき「パススルー」とは? 慶應義塾大学の星野崇宏教授が解説します。政策研究大学院大学の安田洋祐教授との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」20回目です。
BtoBtoCのビジネスではどのような価格戦略が有効か?
前回までは、BtoBの価格をどのように見せ、どこまで値引きし、営業にどの程度の裁量を与えるべきかを見てきました。見積もりの書き方、セット販売、価格分割、そして値引き判断は、いずれも「顧客にいくらで、どのように価格を提示するか」という問題でした。
今回は、自社の直接の取引先が最終顧客ではなく、小売店や卸売業者、代理店であるケースを考えます。食品、飲料、日用品、家電などのメーカーが典型例です。
メーカーが直接決めているのは、消費者が店頭やEC(電子商取引)で目にする価格そのものではありません。卸や小売に対する納価、実効納価、リベート、販促条件です。最終的な小売価格は、スーパー、コンビニ、ドラッグストア、家電量販店が決めています。ECであってもメーカーが完全にコントロールできるわけではありません。このような構造の中で価格戦略を考える際、メーカーは何を見て、どのような判断をすべきなのでしょうか。
メーカーは、納価、リベート、販促条件、棚や露出への支援、データ提供、共同販促などを動かすことができます。一方、消費者が実際に反応するのは小売価格です。つまりメーカーは、自分で動かせる変数が、小売を通じてどのように消費者価格に反映されるのかを読まなければならないのです。
なぜ卸価格を一律値上げしても、小売価格にばらつきが生まれるのか?
ここで重要になるのが「パススルー」という考え方です。パススルーとは、メーカーの納価や卸売価格の変化が、どの程度、小売価格に転嫁されるかを表す概念です。簡単にいえば、「メーカーが納価を1%上げたとき、小売価格が何%上がるのか」「メーカーがリベートを増やしたとき、そのうちどの程度が店頭価格の引き下げに使われるのか」という考え方です。
実は、このパススルー率を見ていくと、かなり面白いことが分かります。小売の反応は一様ではありません。同じメーカーの同じ値上げであっても、ある小売チェーンはほとんど価格を変えず、別のチェーンは納価上昇の一部だけを店頭価格に反映し、さらに別のチェーンは納価上昇以上に価格を上げることがあります。
場合によっては、納価が上がったにもかかわらず、小売価格を下げるような動きすら見られます。我が国の小売企業の多くは残念ながら「競合に比べて1円でも安くすれば売れるはず」と考え、なるべく安く売りたがります。
図1は、我々が某企業のコンサルティングのために分析をする中で計算した、値上げに対する小売店の反応のばらつきを、説明用に加工して示したものです。左側のヒストグラムでは、横軸に小売価格のパススルー弾力性を取り、チェーン別平均の分布を見ています。0付近に山がある場合は、納価が上がっても小売価格をあまり動かさない「無反応」や「据え置き」のチェーンが多いことを意味します。1付近に山がある場合は、納価上昇の一部または大部分を小売価格に転嫁しているチェーンが多いことを意味します。さらに1を大きく超える場合は、納価の上昇幅以上に小売価格を上げていることになります。

この「ばらつき」は、研究でも確認されています。Besanko, Dubé and Gupta(2005)は、米国の大手スーパーについて、11カテゴリー78商品、15の価格ゾーン、1年間の小売価格と卸売価格のデータを用い、自社ブランドだけでなく競合ブランドの卸売価格変化も小売価格に影響することを分析しました。この結果は、自社の納価変更だけでなく、競合メーカーの納価変更も自社商品の小売価格に影響することを示しています。
Nijs, Srinivasan and Pauwels(2007)も、小売価格の変動は卸売価格だけでなく、過去の価格、ブランド需要、カテゴリー管理上の判断に左右され、需要ベースの価格設定やカテゴリー管理を重視する小売ほど高いマージンと結びつくことを示しています。
メーカーは店頭価格をコントロールできない? 前提となる社会の構造
さらに興味深いのが、納価が上がるときと下がるときで小売の反応は対称にはならないという点です。McShane, Chen, Anderson and Simester(2016)は、ある大手小売の詳細データを使い、卸売価格の変化が通常小売価格にどう反映されるかを分析するために、「価格を変えるかどうか」「変えるならどれだけ変えるか」という2段階に分けて調べました。
その結果、卸売価格の上昇は通常小売価格に70%の割合で転嫁された一方、卸売価格の低下は通常小売価格に9%しか転嫁されなかったと報告しています。「値上げの局面では転嫁されやすいけれど、値下げやリベートの局面では小売価格にそのまま表れにくい」という実務感覚にも近い結果です。
この議論の前提となる商流を簡略化すると、図2のようになります。

メーカーから卸を経て小売店に商品が流れ、最後に消費者が小売価格を見て購入を判断します。メーカーが直接設計できるのは、卸や小売への納価、実効納価、リベート、取引条件です。しかし、消費者が直面するのは各店舗の小売価格です。したがってメーカーにとっての価格戦略は、「自社がいくらで売るか」だけではなく、「その価格変更が小売を通じて、最終的な消費者価格にどう表れるか」を含むものになります。
メーカーによる納価変更やリベートは小売をどう動かすか
具体的に考えてみましょう。メーカーの納価が1,000円、小売価格が1,500円の商品があるとします。原価が700円なら、メーカーの粗利は300円、小売の粗利は500円です。ここで原材料費や物流費が上がり、メーカーが納価を1,050円にしたいとします。小売が店頭価格を1,550円に上げれば、小売の粗利は500円のままです。一方、小売が店頭価格を1,500円に据え置けば、小売の粗利は450円に下がります。逆に、小売が1,600円まで上げれば、納価上昇分を超えて小売価格が上がることになります。
リベートの場合も同じです。メーカーが100円のリベートを出したとき、小売が1,500円の商品を1,400円に値下げすれば、リベートは消費者価格に反映されています。需要が増えれば、メーカーにとっても販促投資として意味があります。しかし、小売が1,500円のまま販売すれば、リベートは小売の粗利改善に使われたことになります。同じ100円のリベートでも、前者は需要拡大につながりますが、後者は小売の利益改善に使われたことになります。
この違いを見える化するうえで重要なのが、リベートの実施データです。納価や出荷数量だけでは、「メーカーが出した販促原資が、店頭価格、露出、棚、販売数量のどこに効いたのか」が分かりません。リベートの金額、対象商品、対象チェーン、期間、条件、実施後の店頭価格と販売数量を結びつけて初めて、リベートが需要を増やしたのか、小売の粗利を補塡したのかを切り分けられます。これは、限られたリベートの予算を最適配分するためにも必要です。
メーカーと小売の両方の利益につなげるための考え方
メーカーが小売と協調できる場合には、この分析はさらに大きな効果を持ちます。どの小売価格にすればメーカーと小売の合計の利益が最大になるのかを、小売と一緒に考えられるからです。価格を少し上げても数量があまり落ちない商品であれば、小売価格を上げることで、メーカーと小売の合計利益が増えるかもしれません。
逆に、価格を下げることで大きく数量が伸び、メーカーと小売の合計の利益が増える商品もあります。納価交渉を利益の取り合いだけで終わらせず、まず全体のパイを大きくできるかを確認できる点に、このアプローチの利点があります。
図3は、店頭価格を見直した結果、販売数量とメーカー・小売の合計利益がどう変わるかを示したものです。需要曲線と店頭価格の交点で販売数量が決まり、その数量に対して小売とメーカーの利益が生じます。①の部分を小売の取り分、②の部分をメーカーの取り分とすると、価格改定後に増えた利益をどう分けるかによって、小売がより得をするケース、双方が得をするケース、メーカーがより得をするケースが生じます。

「原価×数量」の部分は商品が売れるほど1つ当たりのコストが下がります。また多くのメーカーでは工場、物流網、営業体制、販促体制といった固定費を吸収するためには、一定の販売数量が必要になります。そのため販売数量が落ちることに強い恐怖感を持ちやすくなりますが、原材料費や人件費が上がれば、同じ数量を販売できても以前より原価水準は高くなります。そのため、稼働率や売り上げを守ろうとするあまり、一部の小売チェーンに対して実質的に赤字に近い条件で売るという事態に陥ってしまうことも珍しくありません。
会計データ、生産データ、物流データをつなげれば、販売数量と原価の関係を把握できます。図3で「原価×数量」の部分を数量に応じて形が変わる四角形として描いているのは、この点を表すためです。
そこに需要曲線の推定を重ねると、店頭価格ごとの売上数量と利益の関係が見えてきます。店頭価格をいくらにしたとき、販売数量はどの程度変わるのか。販売数量が変わったとき、単位当たりコストはどう変わるのか。小売価格が変わったとき、メーカーと小売の合計利益は増えるのか、減るのか。これらが見えると、「数量が落ちるから怖い」という感覚を、「どの価格なら数量はどれだけ落ち、その代わり利益はどう変わるか」という具体的な議論に変えられます。
高利益率を実現しているメーカーが実践している納価・リベート設計法
さらに、ここにパススルー率を組み合わせます。具体的には「ある小売チェーンは納価を上げると店頭価格にかなり転嫁し、別の小売チェーンは店頭価格を据え置きやすい」また「あるチェーンはリベートを出すと店頭値下げに使うが、別のチェーンは粗利改善に使う」といった反応です。これらの反応が分かれば、メーカーは、どのような納価やリベート条件を提示すれば、小売がどのような店頭価格を設定しそうかを予測できるようになります。
ここまでできると、納価やリベートは単なる交渉材料ではなくなります。小売価格そのものをメーカーが直接決められなくても、リベートの条件、対象商品、期間、数量条件、販促条件、データ提供条件を設計することで、小売のプライシングをかなりの程度まで誘導できます。小売が自らの利益を最大化しようとする行動を読んだうえで、メーカーにとって望ましい価格・数量・利益の組み合わせに近づけられるのです。
利益率を高めているメーカーは、すでにこのような発想で納価やリベートを設計しています。すべての小売に同じ条件を出すのではなく、チャネル別、小売チェーン別、商品別に、パススルー率と需要反応を見ています。値上げを店頭価格に反映しやすい小売には、納価改定を進めやすくなります。一方、リベートを出しても店頭価格や需要に反映されにくい小売には、一律の販促費を出す意味は薄くなります。逆に、リベートを需要創出に使ってくれる小売には、販促投資を厚くする合理性があります。
流通営業は売り上げではなく利益で評価すべき理由
この分析は、流通営業の評価にもつながります。流通営業を売り上げだけで評価すると、数量を守るための過剰リベートや、利益の出にくい取引が高く評価されやすくなります。「売り上げは大きいが、リベートを差し引くと利益が残らない」「数量は出ているが、店頭価格が上がらず、メーカー側の利益だけが削られている」といった取引も、売上評価では良く見えてしまうからです。
しかし、納価、リベート、店頭価格、パススルー率、販売数量、単位当たりコストを結びつけて見れば、流通営業を利益ベースで評価しやすくなります。どれだけ売ったかではなく、どれだけ利益を増やしたか。どれだけリベートを使ったかではなく、そのリベートが店頭価格や需要にどう反映され、メーカー利益にどう戻ってきたか。こうした評価ができると、流通営業にとっても、値上げ交渉やリベート設計を「本部からの指示」ではなく、利益をつくる提案として扱いやすくなります。
協調できる小売とはデータを共有し、全体のパイを大きくする。協調が難しい小売とは、パススルー率と利益貢献を見ながら、実効納価やリベートを冷静に見直す。BtoBtoCのプライシングでは、最終価格を決めるのは小売です。だからこそ、メーカーは小売価格を直接コントロールしようとするのではなく、小売の価格反応を理解したうえで納価やリベートを設計する必要があります。その積み重ねが、利益改善につながるのです。
Besanko, D., Dubé, J.-P. and Gupta, S. (2005). Own-Brand and Cross-Brand Retail Pass-Through. Marketing Science, 24(1), 123-137.
Nijs, V. R., Srinivasan, S. and Pauwels, K. (2007). Retail-Price Drivers and Retailer Profits. Marketing Science, 26(4), 473-487.
McShane, B. B., Chen, C., Anderson, E. T. and Simester, D. I. (2016). Decision Stages and Asymmetries in Regular Retail Price Pass-Through. Marketing Science, 35(4), 619-639.