「担当者の反応は良かったのに、取引先の社内で検討してもらった結果、契約に至らなかった」「見積もりまで持ち込めたのに、値段が高いと難色を示された」。BtoBの営業では契約が取れる直前まで粘っても、最後の価格交渉で失敗してしまうこともあります。実は、同じ価格を提示しても見積もりの書き方次第で契約の結果が大きく変わると慶應義塾大学の星野崇宏教授は指摘します。見積もりに書いたほうがいい内容とは? 政策研究大学院大学の安田洋祐教授との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」19回目です。

第19回も慶應義塾大学の星野崇宏教授が解説(写真:尾関祐治)
第19回も慶應義塾大学の星野崇宏教授が解説(写真:尾関祐治)

総額は同じでも内訳の記載の有無で結果が変わる

 前回解説した価格バンドリングは、複数の要素を「まとめて1つの価格として見せる」方法でした。BtoCでよく見られる価格バンドリングですが、BtoBのほうが応用しやすく、個別に商品・サービスを販売した場合よりも、利益が高くなると説明しました。

 実は、まったく反対方向の複数の価格要素を「分けて提示する」方法で、利益を増やすこともできます。これは「価格分割効果」と呼ばれており、見積もりのような価格を総額で示すことも、項目ごとに分けて示すこともできる場合に、有効な価格戦略になります。見積もりの出し方次第では、「自分の会社と契約するかを決める」取引先の社内の稟議(りんぎ)も通りやすくなるなど、単なる価格交渉以外の意味もあります。

 今回はこの価格分割効果について解説していきます。

なぜ「見積もりの書き方」が成約率を変えるのか?

 図1は、BtoBの業務システム導入時の見積もりを例にした価格分割のイメージです。左側は本体ライセンス、初期設定・連携、管理者研修、セキュリティー対応、初年度サポートを分けて示す見積もりです。右側は「初年度導入パッケージ500万円」と総額を示し、その内訳を補足する見積もりです。合計額は同じ500万円なのに、顧客の受け止め方は大きく変わり得るのです。

図1 BtoBでの価格分割効果:総額だけでなく「何に払うか」を見せる
図1 BtoBでの価格分割効果:総額だけでなく「何に払うか」を見せる
(図制作=キャップス)

 価格分割効果については、Morwitz, Greenleaf and Johnson(1998)の研究がよく知られています。商品価格を本体価格と追加料金に分けて表示すると、「消費者は総額を低く見積もりやすくなり、結果として需要が増えることがある」というものです。

 ただし、「分ければ常に得をする」という単純な話ではありません。Abraham and Hamilton(2018)のメタ分析からは、価格分割の効果は以下のような4つの条件によって大きく変わることが明らかになっています。

①総額が明示されているか
②追加料金がそのカテゴリーで自然なものか
③追加料金に明確な便益(理由)があるか
④商品が実用品か快楽品(選ぶのが楽しいもの)か

 BtoBでは特にこの点が重要になります。BtoBの購買担当者は、「安く見えるか」だけで判断しているわけではありません。社内稟議を通し、上司や利用部門に説明し、場合によっては監査や購買規程にも対応する必要があります。

 したがって、価格を分けて見せることには、心理的に「安く見せる」効果だけでなく、「何に対して支払っているのか」を説明しやすくする効果もあるのです。

 例えば「一式500万円」とだけ書かれた見積もりだと、購買部門から「高い」の一言で押し返されかねません。しかし「本体ライセンス300万円、初期設定・連携80万円、管理者研修30万円、セキュリティー対応40万円、初年度サポート50万円」と内訳が分かれていれば、利用部門や情報システム部門は項目ごとにその必要性を説明できます。この場合、価格分割は単なる心理効果ではなく、顧客の社内合意形成を助ける機能を果たしているのです。

成約率を高める見積書の条件

 さて、先ほどAbraham and Hamilton(2018)のメタ分析を簡単に紹介しましたが、もう少し具体的な数値も見ておきたいと思います。彼らはBtoB・BtoCに限らず27本の論文・149の研究結果を統合し、価格分割が消費者の選好にどう影響するかを網羅的に整理しました。主だった結果を並べてみましょう。

① 平均すると、価格分割は総額提示に比べて選好を9%ほど高める
② 総額そのものを明示せず、内訳だけを見せた場合は、効果がさらに大きく、12.5%の上昇
③ 価格水準が100ドル高くなるごとに、価格分割の効果は約3%分大きくなる
④ 本体以外の追加要素が、そのカテゴリーで「典型的に内訳化されるもの」(例えばEC取引における配送手数料)であるとき、効果が出やすい
⑤ 追加要素に明確な便益があるとき、価格分割は67%の選好増加につながる
⑥ 実用的な商品・サービスでは、価格分割が21%の選好増加を生む(快楽品のような商品より効果が大きい)

 このうち⑤と⑥は、BtoBで特に参考になります。BtoBで取引されているものの多くは「業務上の必要性」を背景にした実用品ですし、内訳の各項目には「この作業がなぜ必要か」という明確な理由や便益がついていることが普通だからです。逆にいえば、便益や理由を説明できない項目をいたずらに細かく並べてしまうと、価格分割の効果は出にくいばかりか、不信感を招いてしまうこともあります。

 なお②(総額を伏せると効果が大きい)については、BtoBにそのまま応用するには注意が必要です。BtoBの購買担当者にとって「最終的にいくらかかるのか」は稟議上の最重要情報ですし、総額を明示しないと、後述のドリップ・プライシング的な見せ方になりかねません。BtoBでは、内訳を丁寧に見せつつも、最終総額はきちんと示すのが基本になるでしょう。

最適な見せ方は顧客との取引関係に依存する

 BtoBに価格分割を応用するうえで、もう一つ重要なのが取引関係です。Ferguson, Brown and Johnston(2017)は、中小企業市場を対象に、BtoBにおける価格分割と価格公平感の関係を実証的に検討しています。彼らの研究から示唆されるのは、「BtoBでも価格提示の仕方が公平感に影響すること」と「その影響は売り手との関係性によって左右され得ること」の2点です。

 これは実務感覚にも合う話だと思います。初めて取引する相手から細かい手数料の多い見積もりを受け取ると、「後からいろいろ請求されそうだ」と感じませんか? こうした場合は、まず総額をはっきり示し、そのうえで主要な内訳を補足するほうが安全です。一方、長く取引している相手から「今回はセキュリティー審査が通常より重く、追加対応費が必要です」と説明されれば、同じ追加費用でも納得しやすいですよね。継続取引では、項目別の説明が「不当な上乗せ」ではなく「正当なコストと価値の説明」として受け止められやすくなるのです。

 つまり、BtoBにおいて「価格を分けて見せるか/まとめて見せるか」は、取引関係に応じて使い分けるのが望ましいということになります。新規顧客にはまず総額を明確に示してから主要項目を補足する。既存顧客には過去の取引や利用実態を踏まえて、どの項目が追加価値を生んでいるのかを丁寧に説明する。同じ商品であっても、相手によって最適な見せ方は変わってくるわけです。

 ここで注意したいのが「ドリップ・プライシング」と呼ばれる手法です。これは最初に低い本体価格を提示しておき、購入や契約の終盤で必須の追加料金を上乗せしていく方法で、顧客をだます見せ方になりやすいため、ダークパターンとして批判されています。価格分割はあくまで価値を説明するための手法であって、総額を隠すための手法ではありません。

「価格を分けるか、まとめるか?」迷ったときのポイント

 BtoBでは価格をまとめるべきなのか、それとも分けるべきなのか――答えは「どちらか一方」ではなさそうです。顧客が価値を理解しやすい単位ではまとめ、顧客が社内説明しやすい項目では分ける、というのが実務的な基本になります。

 バンドリングが向くのは、要素同士の補完性が高く、顧客が「全体としての成果」を買っている場合です。ワークフロー管理+電子契約+文書管理を「契約業務デジタル化パッケージ」とまとめる、需要予測+在庫最適化+発注支援を「サプライチェーン改善パッケージ」とまとめる、といったケースですね。こうした場合、顧客は個別機能ではなく業務成果を買っているわけですから、価格もその単位でまとめたほうが自然です。

 一方、価格分割が向くのは、顧客が各項目の必要性を理解しやすく、内訳を示すことが公平感や説明可能性を高める場合です。導入費、保守費、追加ID、データ容量、オンサイト対応、緊急対応など、それぞれの必要性が顧客側で評価できる項目は、適切に分けて見せることで、「何に対して支払っているのか」を顧客が把握しやすくなります(表1)。

表1 BtoB見積もりでは「まとめる」と「分ける」を使い分ける
表1 BtoB見積もりでは「まとめる」と「分ける」を使い分ける
(表制作=キャップス)

 実務で価格設計を考えるときには、次の4つの問いを順に確認するとよいでしょう。

営業活動の根幹を握る4つの価格設計の手順

 まず、顧客は商品やサービスを何として捉えているのか。業務成果やソリューション一式として捉えているのであればバンドリングが向きますし、個別の機能や作業の組み合わせとして捉えているのであれば価格分割のほうが自然です。

 次に、要素間の関係性はどうか。補完性が高く一緒に使うことで価値が高まるならまとめたほうが伝わりますが、比較的独立していて要否を個別に判断できるなら分けたほうが選びやすくなります。

 3つ目に、追加提供のコストはどうか。限界費用が低く採算を圧迫しないものはバンドルに向く一方、人手・個別開発・緊急対応のようにコストが膨らみやすい項目は、無制限に含めず分けて見せるほうが採算を保ちやすくなります。

 最後に、顧客の社内事情も忘れたくないところです。稟議で「全体の成果」を説明したい顧客にはまとめた見せ方が、購買・経理に費目別の妥当性を示す必要がある顧客には分けた見せ方が、それぞれ通りやすくなります。

 BtoBプライシングというと、値引き交渉にどう応じるかが話題になりがちです。しかし実は、その手前にある「価格の単位を設計する作業」――何をセットにし、何を分けて見せるか――が思ったよりも利益を大きく左右します。値引きの工夫は最後の数%を取り戻すための話になりがちですが、バンドリングや価格分割の設計は、最初に提示する価格そのものを変える話だからです。

 価値のまとまりを丁寧に組み立て、必要な内訳をきちんと見せることができれば、見積書や価格表は単なる経理書類にとどまらず、「顧客に何を売っているのか」を伝える提案書としても機能します。プライシング設計は、その意味で営業活動の根幹に関わるテーマだといえるのではないでしょうか。

【参考文献】
Abraham, A. T., and R. W. Hamilton. (2018). When Does Partitioned Pricing Lead to More Favorable Consumer Preferences?: Meta-Analytic Evidence. Journal of Marketing Research, 55(5), 686–703.
Ferguson, J. L., B. P. Brown, and W. J. Johnston. (2017). Partitioned Pricing, Price Fairness Perceptions, and the Moderating Effects of Brand Relationships in SME Business Markets. Journal of Business Research, 72, 80–92.
Morwitz, V. G., E. A. Greenleaf, and E. J. Johnson. (1998). Divide and Prosper: Consumers’ Reactions to Partitioned Prices. Journal of Marketing Research, 35(4), 453–463.

【関連記事】