部下や後輩ができ、いわゆる「中堅どころ」となる時期にぜひ身に付けてほしいのは、ビジネスの各分野の深い知識とスキルです。年齢も経験値も上がり、見える景色が変わってきたからこそ、必要な読書があります。
それは、「事業を立ち上げて軌道にのせるための基本的な考え方」を身につける読書。起業をする意思の有無にかかわらず、この考え方や知識を身に付けておけば視座は高くなり、この先のキャリアを戦略的に自分自身の力で切り開いていけるでしょう。
では、どんな分野の本を読めばいいか。
ビジネス8分野を深める名著
おすすめなのは、MBAで習得する基本の8科目のエッセンスを学べる名著です。今回は、それぞれの分野をバランスよく学べる本を取り上げました。なかには、ちょっと難しい本や分厚い本もありますが、ずっと読み継がれてきた不朽の名作も入っています。繰り返し読んだり、事典として手に取れる場所に置いておくのも、おすすめです。
「経営経済学」「オペレーションズ・マネジメント」「統計学」「人材管理」「アカウンティング」「ファイナンス」「戦略計画」「マーケティング」の8分野で厳選した25冊を紹介します(本記事は前編、まずは4分野の本を紹介します)。
■オペレーションズ・マネジメント(本記事)
■統計学(本記事)
■人材管理(本記事)
(以下は後編、近日公開)
■アカウンティング
■ファイナンス
■戦略計画
■マーケティング
「経営経済学」
1. 『マンキュー経済学I ミクロ編 第4版』 N・グレゴリー・マンキュー著、東洋経済新報社
足立英之(訳)、石川城太(訳)、小川英治(訳)、地主敏樹(訳)、中馬宏之(訳)、柳川隆(訳)
ハーバード大学教授のN・グレゴリー・マンキュー氏によるシリーズ作。ミクロ編の最新改訂版(原書第8版)。豊富な図や例を用いて、ミクロ経済学の基礎の基礎から、情報の経済学、政治経済学、行動経済学といったフロンティアまで解説されています。
「経済学はマンキュー経済学だけ読んでおけばOK」と言ってもいいくらい基本を押さえています。マクロ経済は国策や国際経済、ミクロ経済は企業の意思決定に関することなので、基本的にビジネスパーソンはミクロ経済を学ぶといいと思いますが、この本はとにかく分かりやすいんです。
例えば「完全市場」など「市場が完全に近づくと、限りなく利益はゼロに近づく」といった経済学の原理原則が解説されていて、読んでおくと経営に役立つ視点が養われるはずです。
とはいえ、755ページあって「ちょっと分厚くてしんどい…」という人は、次の2冊をどうぞ。
2. 『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』 井堀利宏著、KADOKAWA
多くの人が毎日、経済についての話題を耳にし、目にしているでしょう。その流れてくる情報のインプットだけでは教養は身に付きません。経済の動き一つ一つの意味を理解するには、経済学の思考の枠組みを知っておく必要があるのです。この本は、そんな「教養としての経済学」を1日30分×20項目=10時間で学べるように構成されています。
「あまり時間をかけず、経済学の要点だけ学びたい」という人にお薦めの1冊です。基礎知識だけをなんとなく分かった気にさせて、全体像をおろそかにするいわゆる「分かりやすい本」ではなく、内容はとても本格的です。
「希少性は『需要』と『供給』の相対的な大きさで決まる」「完全競争市場とは、(1)財の同質性、(2)情報の完全性、(3)多数の経済主体の存在、(4)参入の自由という4つの条件を満たした市場のこと」など経済学のエッセンスが凝縮され、大学4年間で学ぶ経済学が10時間で学べる内容となっています。まさにタイトルに偽りなし、です。
3. 『最新版 アメリカの高校生が学ぶ経済学』 ゲーリー・E・クレイトン著、WAVE出版
花岡幸子(訳)、山﨑政昌(訳)
金融教育の先進国・米国では、高校生のうちからお金の流れと世の中の仕組みについて学びます。「経済とはそもそも何か」「なぜ取引をするのか」「需要と供給」など、日本の学校教育ではあまり教えてくれない一生モノの経済学の基本が凝縮された1冊。
僕は常々、「日本の学校では教えない2つのこと」があると思っています。それは「哲学」と「お金」。倫理や数学で少しは学びますが、本質的なところは教えてもらえません。つまり、日本式のスタンダードな教育では「疑わない、お金に疎い」人間に育ってしまうかもしれないのです。
本書では「お金の計画とは『自分がお金を使って何をしたいか』ということだ」「お金は確かに大切だが、他の全てを犠牲にして追い求めるのは間違っている」「職種と業界の両方を変える転職はお勧めしない」など、お金に関する基本が丁寧に解説されています。日米でここまで違うのか…と考えさせられる、ある意味ショック療法にもなるかもしれません。
「オペレーションズ・マネジメント」
4. 『ザ・ゴール』 エリヤフ・ゴールドラット著、ダイヤモンド社
三本木 亮(訳)、稲垣公夫(解説)
国内シリーズ累計125万部、全世界で1000万人が読んだといわれるベストセラー。会社や組織をマネジメントするために必要な思考をストーリー形式で分かりやすく解説している1冊。「TOC(制約理論)」「ビジョン」「パーパス」など、現代のビジネスの基礎も学べます。
著者のエリヤフ・ゴールドラット氏が「競争力の高い日本企業に本書の内容を教えたら貿易摩擦が起きる」と言い、日本語への翻訳は初版発売の1984年から17年間も許されなかったという伝説の本です。
経営不振にあえぐ機械メーカーの工場長・アレックスが、恩師・ジョナに生産性の秘密を教えてもらう──というストーリーで、小説としても面白く、「TOC」の基本中の基本を教えてくれます。僕はこの本を読んだ当時にAmazonの書評担当をしていたのですが、書評の生産システムに重大な欠陥があると思い、改善を提案しました。そういえば「ボトルネック」という言葉は、この本が出た後に流行したんですよね。
5. 『トヨタ生産方式』 大野耐一著、ダイヤモンド社
いまや世界が知るところとなった「トヨタ生産方式」。著者である大野耐一氏(元トヨタ自動車工業副社長)は、欧米の大量生産に対抗し勝ち残るため、トヨタ生産方式の基本思想を構想し、構築し、実践しました。年間生産台数は1000万台超、世界トップを争うトヨタの「モノづくりの原点」がすべて詰め込まれた1冊です。
この本の肝は「ムダを徹底して省く」技術を教えてくれること。実例として「つくりすぎのムダ」「手待ちのムダ」「運搬のムダ」「加工のムダ」「在庫のムダ」「動作のムダ」「不良をつくるムダ」という7つのムダを挙げていますが、どんな業界・職種であれ、このムダには思い当たる節があるのではないでしょうか。
すべての生産性に関わることなので、この本で書いてあることを実践するとオペレーションがきっと改善できるはずです。
6. 『適正在庫の考え方・求め方』 勝呂隆男著、日刊工業新聞社
「在庫を減らしたいが、どこまで減らせるのかが分からない」「欠品が多いので在庫を適正量にしたいが、その適正量が決められない」といった疑問に答える本。統計的安全在庫の理論を古典的な方法から最新の理論手法まで、分かりやすく解説してくれます。
ちょっと王道過ぎて、紹介するかどうしようか迷った1冊です。でも、僕もバイヤー時代に読んで、すごく役に立ちました。在庫管理にはきちんとノウハウがあり、計算式があるんですよね。その計算式を使うと、ビジネスに役立つだけではなく、家庭内でも食材のムダな在庫や食品ロスが減らせるようになります。
この本には数式がたくさん出てくるので、それが苦手な人にはつらいかもしれませんが、在庫管理や仕入れに関わる人はまず読んでおくべき「教科書」ともいえる本です。
「統計学」
7. 『統計学が最強の学問である』 西内啓著、ダイヤモンド社
基礎知識を押さえた上で、統計学の主要6分野である「社会調査法」「疫学・生物統計学」「心理統計学」「データマイニング」「テキストマイニング」「計量経済学」を横断的に解説。データ社会を生き抜く、武器と教養としての統計学を学べる1冊です。
統計学なら、まずこれを読んでおけば間違いないし、読者の皆さんが読んでも本書が一番心に刺さるのではないかと思います。「なぜ統計学が大事なのか」という基本のキから説明してくれ、分野それぞれをバランスよく学べるいい本です。
統計というと、因果関係と相関関係を取り違えたり、サンプルが不十分だったり、利益につながらないデータを集めたりしがちですが、この本では「ビジネスパーソンがファクトを正しく把握するための注意点」についても解説されているので、ビジネスの現場で役立つことがたくさんあるはずです。
8. 『シグナル&ノイズ』 ネイト・シルバー著、日経BP
西内啓(解説)、川添節子(訳)
金融市場や政治(選挙)、プロスポーツなど、さまざまな分野における予測の重要性と精度、失敗例と成功例について具体的に言及しながら、情報のなかに混在するシグナル(予測の手がかり)とノイズ(雑音)の見分け方、陥りやすい落とし穴、予測の精度を高めるための手法などを解説。ビッグデータ分析のためのヒントを凝縮した1冊です。
米国大統領選挙で「オバマ氏の勝利」を2度も完全的中させ、話題になった天才データサイエンティストのネイト・シルバー氏の著書。本書が秀逸なのは、膨大なデータのなかには「シグナル(予測の手がかり)」になるものと「ノイズ(雑音)」になるものがあり、いかにそれを見抜くかが述べられているところです。
要するに世の中には結果に直結するデータと、あまり関係ないデータが混在しているんですね。『統計学が最強の学問である』の著者、西内啓さんの解説が付いており、日本で応用するための注意点も示されています。
9. 『ビジネス統計学【上】【下】』 アミール・D・アクゼル、ジャヤベル・ソウンデルパンディアン著、ダイヤモンド社
鈴木一功(監訳)、手嶋宣之(訳)、原郁(訳)、原田喜美枝(訳)
データを読み解き、企業戦略を考えるために不可欠な知識である統計学。本書は欧米のビジネススクールでテキストとして用いられ、豊富なビジネス事例による例題や練習問題によって、どのような場面で統計が利用できるかが学べます。
上巻450ページ、下巻456ページ…こんな分厚い本を紹介してもいいものかと悩みましたが、統計学の王道テキストです。中身もExcelを使って統計分析をするような数式がたくさん出てくるので、MBAを取得したい人、ガチンコで統計学を学びたい人に最適です。
もし、日本人の著者が書いた統計学の本を読みたいのであれば、鳥居泰彦さんの 『はじめての統計学』(日本経済新聞出版) がいいと思います。こちらも「はじめての」といいつつ、数式を解かないといけないのですが(笑)、しっかり統計学を学びたい人にはお薦めです。
「人材管理」
10. 『ワーク・ルールズ!』 ラズロ・ボック著、東洋経済新報社
鬼澤忍(訳)、矢羽野薫(訳)
著者は2006年にグーグルに入社し、同社の従業員が6000人から6万人に増えていくなかで、人事システムを設計・進化させてきた人物。初めて、グーグルの人事トップが採用・育成・評価の仕組みを惜しげもなく公開した1冊です。
なぜグーグルが優秀な人材を引きつけ続けるのか、どうやって才能ある人材を見極めるのか。優秀な人材にどうやって最高のチームをつくってもらうのか。人材管理にまつわる研究結果と著者の持論、さらにグーグルが実際に行っていることを交えながら、議論が展開されています。
グーグルの社内資料や写真なども掲載され、読み応えがありますよ。世界のトップ企業であるグーグルの人事について知りたい人、そして、自分の組織について考えたい人はぜひ手に取ってみてください。
11. 『ザッポスの奇跡 改訂版』 石塚しのぶ著、廣済堂出版
創業10年で、年商1200億円となった米国の靴の通販サイト「ザッポス」。著者がザッポスCEOのトニー・シェイにインタビューを重ね、「年商1200億円」と「顧客と社員の幸せを両立」させた経営の秘密に迫ります。実際にザッポスがどのようなサービスや採用、研修を行っているかなども分かります。
著者は、米国在住で日米間ビジネス・コンサルタントの石塚しのぶさんです。現在、ザッポスはAmazonの傘下に入っていますが、かつては「Amazonが屈服した企業」「Amazonを震撼(しんかん)させた企業」と言われていました。
本書にはよい人材を採用するための仕組みや、社風をよくする秘訣なども書かれています。現代は知的生産の世の中なので、社員が自主的に生き生きと働けることが大事ですよね。この本にはそうしたヒントが詰まっています。
12. 『ティール組織』 フレデリック・ラルー著、英治出版
鈴木立哉(訳)、嘉村賢州(解説)
人類の歴史において「組織」がどのように進化してきたのか、人間社会の未来はどうなるのかを歴史的なスケールで解き明かした1冊。数万人規模のグローバル企業から、先進的な医療・介護組織まで、膨大な事例調査から導き出した新時代の組織論。
著者は、これまでの人類の組織の変遷を色の波長で表しています。例えば、自己と他者の区別がない「無色」から始まり、マフィアやギャングといった力による「衝動型」の組織となる「レッド」。多様性があり、ボトムアップの意思決定をする「多元型」は「グリーン」。そして「ティール」は「進化型」で、組織の個々が意思決定をし、全体性を重視しつつ、目的を遂行する新しい組織のことです。
これまで人類の組織は「衝動型(力や恐怖による支配)の組織」「順応型(規則、規律、規範による階層)の組織」「達成型(実力主義による、効率的で複雑な階層)の組織」「多元型(多様性と平等と文化を重視するコミュニティ型)の組織」と変遷を経てきましたが、これから変化の激しい時代に必要とされるのは、ティール型組織であると分かります。これから組織戦略を考える人には、ぜひ読んでほしい1冊です。
取材・文/三浦香代子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 編集協力/山崎綾