職場・チームの成果を高め、そして自らを成長させるマネジメントの方法について書いた本『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』から抜粋し、事業やプロジェクトの基本計画や実行計画の組み立て方を解説する。経営学者ピーター・ドラッカーが説いたマネジメント・スコアカード(MSC)の考え方を軸に、主に中間管理職(ミドルマネジャー)の悩み事の解決に焦点を当てる。その第1回。
本特集では、ドラッカーが長年にわたり多数の営利・非営利組織のコンサルティングをする際に使用していたとされるマネジメント・スコアカード(MSC)の基本計画のフレームワークに沿って、「職場やチームが成果をあげる」ための基本と原則を学びます。
マネジメントは、組織が成果をあげるために必要なリーダーシップなどの「機能」であると同時に、リーダーシップの担い手を表す言葉です。これから分かるように、職場・チームを率いるリーダーでもあるマネジメントとして、自分を成長させるためには、「職場・チームの成果に責任を持つ機能」とは何かについて、しっかりと学び、実践することが大切です。専門家やスペシャリストばかりでは、職場・チームの成果に対する責任(品質、納期、予算など)が曖昧になりがちです。チームがつくる成果を構成する一部分が優れていても、全体では期待値を満たさない場合があります。専門家やフリーランス、起業家社会だからこそ、職場・チームをマネジメントするMSCの基本計画を学び、その機能を担うことが不可欠なのです。
職場やチームが「共通の問い」で成長する
コンサルティング業を営む筆者は、クライアント企業の経営層などから「会議で決めたことでも、出席者の理解に温度差があり、期待した活動に結びつかず成果がでないことが多い」との悩みを聞きます。全ての会社がそうとは言いませんが、このような「理解の温度差」を無くすにはどうしたらよいでしょうか。ドラッカー流の処方箋は、「経営層はもちろん、社員全員がMSCの基本計画(普遍的価値観、信条、5つの重要な問い)を書いて覚える」ということです。少なくとも職場やチームのリーダーは、そうしなければ、この温度差はなくなりません。
ドラッカーが「間違った問題(the wrong question)への正しい答えほど、実りがないだけでなく害を与えるものはない」(『マネジメント』[中]p.122)としているとおり、職場やチームを率いるリーダーが、組織をより良くする問い(課題設定)を間違えると、つき従う人たちに害を与えることになりかねません。底が抜けたバケツで水汲みを指示していることを自戒しなければならないのです。
MSCの基本計画をつくる
MSCの基本計画とは、いわゆる事業戦略のことを指します。ピーター・ドラッカーが語ったように「事業の目的は顧客創造」をすることであり、「戦い」を意味する戦略という言葉は使用しなくてもいいとの判断から、MSCでは基本計画と記述します。
近年は多くの企業が、全社の基本計画である中期経営計画の中に「サステナブル(持続可能な)経営」、「パーパス(目的志向)経営」の考え方を取り入れています。これらの考え方は、21世紀になってからブームになったものですが、元々ドラッカーが著した1954年発行の『現代の経営』と1973年発行の『マネジメント』におけるMSCの説明に組み込まれていたものです。
サステナブル経営は、理想的な組織の一つのあり方です。普遍的価値(完全性・共通善・倫理)を前提にして事業を定義した後、5つの重要な問い(質問)に答えることで、職場とチームの基本計画をつくります。これはまさに、職場・チームのリーダーである管理職の仕事です。以下、順に説明していきます。

問0 [事業の定義]あなたの職場・チームの本業は何か
事業の定義とは、長期を見据えた持続可能な特定の分野に限定されない本業の定義です。「自分は何者か」「自部署の本業は何か」を問い、自らの専門性・強みを問う、最も重要な問いです。考える手順としては、現在の姿を考え、未来の姿を予想し、あるべき姿を考えるという手順です。
- (1)我々の事業は何か(is)…現在はどのような事業だと考えているのか。
- (2)我々の事業は何になるか(will be)…将来の市場環境や顧客の変化、競争関係の変化を考慮するとどのように本業が変化していくのか。
- (3)我々の事業は何でなければならないか(should be)…将来の経営環境の変化に対応するためにどう本業を変化させるべきか。
まずは事業の定義について仮説を立ててみて、次の問1~5の答えを考える過程で、この仮説に立ち返る、といった思考を繰り返しながら、事業の定義をより現実的で持続可能なものに磨きあげていくイメージです。事業の定義は、経営環境の変化に合わせて変化させることが重要です。
問1 目的・ミッションは何か
事業の定義を受けて、「当面(短期的に)注力すべき目的・ミッション」を明らかにするのがこの問いです。例えば、「事業の定義:全社的な業務改革を推進する」としたとき、数年先の目標として「我が社の生産管理業務を改革する」を挙げるイメージです。
問2 顧客は誰か
この問いの答えは、あなたの職場・チームすなわち「あなたの組織は、誰を満足させたとき成果をあげたと言えるか?」を考えることで明らかになります。仕事の成果の受け手が、職場・チームにとっての顧客となります。例えばスマートフォンのメーカーにとって最も重要な顧客は、私たち利用者一人ひとりです。これを「主たる顧客(主顧客)」といいます。一方、スマホを販売するためには、携帯ショップなどの販売会社との連携が不可欠で、こうした企業もスマホメーカーによる成果の受け手です。これを「支援顧客」といいます。
問3 顧客にとっての価値は何か
例えば、ドリルメーカーにとっては、支援顧客であるホームセンターにドリルを買いに来た主顧客は、「穴を得たい」という利便を価値としています。ドリルは、その目的を達成するための道具です。事業の目的は顧客の創造ですから、顧客にとっての価値をどのように捉えているかは、我々の事業の成否を決める決定要因というべきものです。ドリルメーカーとしては、ドリルのユーザーである主顧客と流通事業者など支援顧客にとっての価値を満たすことが理想です。
問4 我々の成果と測定指標は何か
ここで問われている「成果」とは、[問3]の道具にあたるドリルの仕様(寸法や重量など)です。顧客に提供する商品やサービスの仕様条件(衣料の場合、素材、色、サイズ、価格など)を決めることで成果を定義します。さらに、その成果が、顧客の要求を満たしていることをどのように測定するのか、そのときの尺度(測定指標)は何か、も問われています。測定指標は、「顧客満足度」「口コミ数」「リピート購入率」も有効です。測定指標には、出荷数(アウトプット)と顧客による購入数(アウトカム)があります。
問5 我々の活動計画は何か
目的・ミッションを実現するためのアクションプランを考え、成果をあげるための主要な活動を明らかにします。顧客の要求を満たすため、商品やサービスをつくり市場に供給するために、それらの進捗を明らかにし評価しフィードバックを得るためには、職場・チームとしてどのような仕事を優先すべきかを検討します。この5つの重要な質問(問い)に答える時点では、活動計画の記述は概要程度にとどめておいても構いません。この後、8つの重要領域目標を検討する際に、具体的な仕事を明らかにします。
部分最適を通じて全体を最適化する
職場やチームがMSCを実践することで、職場とチームの仕事ぶり(パフォーマンス)改革による成果の向上が期待できます。こうしたMSCの効果に対して、読者から次のような反論があるかもしれません。MSCを通じて職場・チームといった企業の一部分が良くなったとしても、いわゆる部分最適には限界があり、全体最適で進めなければ、全社レベルでは成果が出ずに失敗に終わるのでは、というものです。確かに一理ありますが、実はMSCをうまく使えば、こうした失敗を回避しやすくなります。
部分最適と全体最適は、必ずしも相反するものではありません。本書で説明するMSCは、組織の一部分である職場やチームで使用し、部分最適を積み重ねることで、企業全体をより良くできる構造を持っています。
元々、ドラッカーが説いているMSCの活用範囲は、経営トップから現場担当者まで広く含まれます。それぞれの立場からMSCを使い、小さな改革を積み重ねることで、より良い組織をつくり、より良い社会づくりに貢献しよう、というのがドラッカーの意図です。例えるなら、病んだ人が治療を受けリハビリをしながら少しずつ良くなり、やがて健康的な生活を送れるようになるまで回復することに似ています。
ドラッカーが考えたMSCの要諦は、そもそも普遍的な価値観を重視する立場で、経営の基本計画を考えることにあります。SDGsが示すような社会課題の解決に貢献することが、基本計画の大前提にあるということです。そこがブレない軸となっているので、階層別組織の中にあっても、縦と横との連携が組みやすく、社内だけでなく社外のチームとの連携もとりやすい構造になっています。組織のどの部分からMSC経営を始めても問題なく、連携先の個人や、部署と常に連携しながら全体最適に向かえるということです。
社外との連携にもMSCは有効
企業において部分最適が問題になるのは、社内組織同士の関係ばかりではありません。あるメーカーの仕入調達部門が、自部署の業務改革として、発注業務の改革を行う場合に、仕入れ先との連携がうまくいかないという問題がよく起こります。
発注者と受注者とで、商品情報のデータ仕様(商品コード、商品名、商品単価、標準荷姿、標準納期など)にズレがある場合、たとえEDI(電子データ交換)システムなどで取引のデジタル化を進めていたとしても、受注会社側で商品情報を社内向けに翻訳するなどの手間が発生します。これを無くすためには、商品情報を定期的にすり合わせたり、商品情報を共有したりといった業務改革やシステム連携ができるかが重要になります。
それを可能にするには、互いの部署が考えていること、つまり目的・ミッションにあたる「どのような業務改革が良いのか」「業務のあるべき姿は何か」「互いの情報連携の最適なやり方は何か」を互いの部署(仕入部署対営業部署)が明確にして信頼関係を築くことが有効です。先方とこうした点をすり合わせる前に、MSCでまとめた職場・チームの基本計画、つまり「事業の定義」「目的・ミッションは何か」「顧客は誰か」「顧客にとっての価値は何か」「我々の成果は何か」といった問いへの答えを明確にしておけば、社外連携の打ち合わせをスムーズに進めることができます。
MSCが縦と横、社内と社外の壁を壊せるのはなぜか

多くの会社がセクショナリズムで悩んでいます。ドラッカーの処方箋であるMSCには次の効能があります。MSCの基本計画を実践することで、第1に、普遍的価値観と信条、事業の定義などを共有する思考が働き、セクション特有の価値観やマインドを乗り越えやすくなること。第2に、互いが顧客であることに気づくと同時に、他部署にとっての価値を考えられるようになること。第3に、他部署の期待に沿った成果や情報を提供しようというマインド(信条:利他の心・貢献人など)が自然に湧いてくるようになることです。
(書籍『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』を基に再構成)
[日経クロステック 2026年1月6日付の記事を転載]
森岡謙仁著、日経BP、2420円(税込み)


