職場・チームの成果を高め、そして自らを成長させるマネジメントの方法について書いた本『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』から抜粋し、事業やプロジェクトの基本計画や実行計画の組み立て方を解説する。経営学者ピーター・ドラッカーが説いたマネジメント・スコアカード(MSC)の考え方を軸に、主に中間管理職(ミドルマネジャー)の悩み事の解決に焦点を当てる。その第2回。

 特集第1回では、マネジメント・スコアカード(MSC)の概要と、事業の定義および5つの重要な質問(問い)について学びました。今回以降は実際のMSC経営について、新事業開発チームとDX推進チームという2つのケースを基に解説します。

ケース1・新事業開発チームのMSC基本計画

相談者 産業機械メーカー、新事業開発チームリーダー
 我が社は、海外売上高30%の製造業で、食材品質検査機器や食材選別ロボット、水処理施設に使われる機械などを製造しています。過去15年、ヒット製品がありません。社長から新事業を開発するようにと、担当役員を中心にチームが組まれ、私はチームリーダーに指名されました。このチームで何をしていくべきかを考える立場になりましたが、私自身は営業畑が長く、何から手をつけたらいいのか分かりません。

筆者 まずMSCに沿って、事業の定義と5つの重要な質問(問い)について考えてみましょう。

問0 [事業の定義]職場・チームの本業は何か

相談者 新事業開発チームなので、本業は「会社の業績向上のための新事業開発」ではないかと思います。 

筆者 もう少しインパクトのあるものを考えてみましょう。事業の定義は、普遍的な価値を意識した多少背伸びをしたものである方が、職場・チームがより良い組織に成長し、より良い社会をつくる存在になる可能性が高まります。ドラッカーの「人生を変えた7つの経験」にもあった「何によって憶えられたいか」という話の実践です。チームリーダーであれば、自ら起業するつもりで考えてみましょう。例えば「社会課題を解決する新事業を開発する」としてはいかがでしょうか?

問1 チームの目的・ミッションは何か

相談者 既存市場への参入ではなく、新たな市場を開拓する、ではどうでしょうか。

筆者 方向性は良いのですが、もう一段深掘りしましょう。新市場の中身を具体化するため、自社の商品、技術、市場、流通分野における強みを見てみる必要があります。他社より圧倒的に優位にある商品、技術分野、市場、流通ルートがあれば、それが強みです。例えば、食品メーカー向けの食材品質検査機器や食材選別ロボットなど、具体的に想定される商品・サービスが、目的・ミッションと重ねてイメージされることで計画の内容が明確になります。他にも水処理施設に使われる機械を製造している強みがあるのですから、SDGsの目標6「すべての人々に水と衛生へのアクセスを確保する」ことに貢献する新事業を開発する、とする案もあります。もし、Tシャツに書くことを想定するなら、「すべての人々に水と衛生を!」とシンプルな文言にするのもいいですね。

 新市場の開拓にあたっての基本は、会社の強みである技術や製品と関係する分野を検討することです。社内のマーケティング部門や商品企画部門の話をまず聞いてみましょう。これは、前例に従うという意味ではなく、今後のための根回しに近い活動です。新事業開発チームが横ぐしを通すかたちで、技術部門、営業部門、IT/DX(デジタルトランスフォーメーション)部門とも連携して、新事業開発を統括し、目的・ミッションを実現する、といった未来の姿をイメージしやすくなります。

問2 顧客は誰か

相談者 徐々に視野が広がってきました。「すべての人々に水と衛生を!」をミッションにした場合、想定される顧客は「途上国の住民」でしょうか?

筆者 どのような顧客を想定すると、「社会をより良くできる」のか、といったワクワク感を持てるかどうかが重要です。本特集の第1回で見たように、顧客には、主たる顧客と支援顧客がいます。主顧客としては、当面は途上国としておくとしても、将来的には難民居住地域に住む人々など、安全な水と衛生環境に課題をもっていて主顧客になり得る人々が他にいるかもしれません。まずは、アクセスが可能という意味で、途上国の人々としておきましょう。もちろん、対象顧客の軌道修正はこの先可能です。支援顧客については、プラント建設会社、建設コンサルタント会社、マスメディア、所轄官庁などが挙げられます。

(写真:magele-picture/stock.adobe.com)
(写真:magele-picture/stock.adobe.com)

問3 顧客にとっての価値は何か

相談者 主顧客にとっての価値といえば…安全な水を飲めること、ではないでしょうか?

筆者 的を射ていますね。おっしゃる通り、主顧客である途上国に住む人々にとっての価値は、安全で衛生的な水を飲めたり利用したりできることです。一方、新事業を立ち上げるに当たっては、支援顧客にとっての価値も考える必要があります。例えばプラント建設会社にとっては、新市場開拓と売り上げ獲得、マスメディアにとってはSDGs目標6の社会への告知、所轄官庁にとっては、日本国の国際的地位の向上などが考えられます。

問4 チームの成果と測定指標は何か

相談者 新規事業における成果の測定指標といえば、売上高などでしょうか。

筆者 もちろん売上高は指標の一つですが、それだけではありません。順を追って整理しましょう。まず、重要な成果の一つに、小型かつ安価な汚水処理飲料精製装置(以下、コア商品)があります。小型の程度は、今後の設計段階で詰めていきましょう。仕様としては汚水処理にとどまることなく水質安全基準をクリアする高品質の飲料水を精製できる性能や環境に配慮した商品であることがポイントになります。測定指標としては「水質安全基準を合格すること」は必須です。

 これに加え、新規顧客数と先に挙げた売上高や利益率、そして利用者の満足度(使いやすさなど)を設定することで、製品を市場に投入した後の新規事業の進捗を見ていく必要があります。測定方法については、生産や販売情報および顧客へのアンケート調査の情報などを分析する活動などがあります。

問5 チームの活動計画は何か

相談者 当初の活動は、製品の仕様を決めるためのマーケティングと、新商品開発がメインとなりそうです。

筆者 その通りです。この辺りは、マーケティング部門や商品企画、技術開発・設計部門、生産技術、営業部門、IT/DX部門とのCFT(クロス・ファンクショナル・チーム)で進めます。

 当面の活動計画としては、顧客・市場ニーズ分析、新事業計画の策定、ビジネスモデルの構築、新規市場・新規顧客の開拓、コア商品開発計画の策定、コア商品の試作と評価、イノベーティブ人材(リーダー、プロマネ)の育成と評価、技術力や営業基盤の有効活用が挙げられます。これまで事業の定義と5つの重要な質問(問い)への回答を下のMSCに記載しましたので、参考にしていただければと思います。

ケース1・新事業開発チームのMSC基本計画
ケース1・新事業開発チームのMSC基本計画
(出所:書籍『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』)
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ケース2・DX推進チームのMSC基本計画

相談者 消費財メーカー、DX推進チームリーダー
 我が社は、海外売上高20%の消費財メーカーです。国内市場が縮小する中、今後は海外売上高比率を伸ばしていきたいと考えており、基幹システムの再構築をはじめ、業務改革やデジタル人材の育成にも積極的に投資をすることで経営改革を進めたいというのが会社の方針です。

問0 [事業の定義]職場・チームの本業は何か

相談者 海外売上高を伸ばすという会社の方針があるので、DX推進チームがまず本業とすべきは、営業力の強化だと思います。

筆者 もっと広く考えてみましょう。営業力の強化は、営業本部の仕事です。DX推進チームの本業は、中長期の視点から全社的なDX注1を推進するということではないでしょうか。このチームを設置した経営者の狙いはここにあるはずです。例えば、「経営改革に貢献するDX推進サービスの提供」としておきましょう。

注1 多くの企業が、社内でDXへの正しい理解が広がらないことに課題をもっています。話を整理するため、経済産業省の「DXの定義」をみてみましょう。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(『デジタルガバナンス・コード2.0』2022年9月13日改訂、経済産業省)としています。この定義からもわかるように、DXは単に「データとデジタル技術を活用する」ことにとどまりません。「顧客や社会のニーズを基に」(MSCでは、事業の定義・目的ミッションに該当する)、「製品やサービス、ビジネスモデルを変革し」(顧客は誰か・顧客にとっての価値は何か・我々の成果は何か)、「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化風土を変革し」(我々の活動計画は何か)、「競争上の優位性を確立する」(事業の定義・目的ミッション・我々の成果)となります。MSCのフレームワークでDXを推進することは、DXへの理解を深めるうえで意味のあることであると思います。

問1 チームの目的・ミッションは何か

相談者 「経営改革に貢献するDX推進サービスの提供」が本業となると、目標は営業支援システムの構築ということになりますか?

筆者 営業力を強化するという意味で、営業支援システムの構築というのは外れてはいません。しかし、もっと優先しなければならない経営課題がありますね。受発注や生産、会計といった基幹業務の業務改革であり、これらの業務を担う基幹システムの再構築であり、そのためのデジタル人材の育成です。

 当面取り組むべき目的・ミッションとして、一つの案ですが、「基幹システムの再構築とデジタル人材を育成し海外売上高の向上に貢献する」とするのはいかがでしょうか。目的・ミッションを聞けば、すぐにチームの目的が分かります。それだけ、チーム内での温度差がなくなり、他の部署の誤解も減り、協力を得やすくなります。

問2 顧客は誰か

相談者 DX推進チームの顧客とは……やはり、我が社の製品の利用者でしょうか?

筆者 一つはその通りです。DXを進める中で、Webアプリやスマホアプリなどを通じ、顧客と直接やり取りをすることもあるでしょう。これに加えて、基幹システムの構築・運用を担うIT/DX推進部門の主たる顧客には、IT/DXサービスのユーザーである経営者、社員、取引先があります。まず優先して考えるべきは、主たる顧客のニーズに応えることです。支援顧客については、彼らの強みを引き出し、良好なパートナーシップを構築することで、DX推進チームの目的・ミッションを実現することとなります。

問3 顧客にとっての価値は何か

相談者 「顧客」が社内の経営者や社員だとすれば、使いやすい業務システムを求めていると思います。

筆者 その通りですが、この機会に整理しておきましょう。この問いの答えも、主顧客と支援顧客のそれぞれにとっての価値を整理する必要があります。主顧客である自社の経営者や社員にとっての価値は、営業力の強化や海外売上比率の増加など、業務課題の解決です。取引先にとっての価値は、事業取引による社業の発展です。そして製品を購入した顧客にとっての価値は、利便の向上、ひいては人生の質の向上などが考えられます。また、支援顧客であるDXパートナー(ITベンダー、ITコンサルなど)にとっての価値は、基幹システム再構築の実績、新たな業務知識・業界知識・技術の習得、システム開発の売り上げなどが考えられます。

問4 チームの成果と測定指標は何か

相談者 チームの成果は基幹システムの再構築、測定指標は予算と納期の順守でしょうか?

筆者 チームの成果は、基幹システムの再構築、事業部門の業務改革支援、デジタル人材の育成が挙げられます。支援というのは、コンサルテーションや教育などで支援することを指します。これらが目的とミッションを果たしているかどうかを測定する指標として、例えば基幹システム構築の進捗率、構築済みシステムの満足度、事業部門の業務改革への貢献度やデジタル人材育成数が挙げられます。測定方法としては、IT/DXサービス貢献度調査、研修後の受講者貢献度調査などがあります。

問5 チームの活動計画は何か

相談者 そうすると、チームの活動計画も当初考えていたこととは変わってきます。

筆者 そうですね。問4で決めた成果の定義から、チームの活動計画が見えてきます。基幹システム再構築、デジタル人材育成を目的・ミッションと定義すると、デジタル技術の活用推進、DXサービスの貢献度の向上、DX基本計画の策定(ロードマップ、投資額、推進組織など)、事業革新支援サービスの提供、全社デジタルリテラシーの向上とIT/DX部門専門教育の推進、生産性改革の推進(経営資源、知財、業務プロセスなど)といった項目が、当面の重点的な活動計画となります。

ケース2・DX推進チームのMSC基本計画
ケース2・DX推進チームのMSC基本計画
(出所:書籍『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』)
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(書籍『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』を基に再構成)

日経クロステック 2026年1月7日付の記事を転載]

本書の対象読者である職場やチームのリーダーは、上司を持ち部下や後輩を持つ中間管理職です。職場やチームの成果に責任を持つこと、部下を育成すること、上司を支え部署や組織の成果に貢献することが求められます。ドラッカーが説いたマネジメントとそのフレームワークであり、ツールでもあるマネジメント・スコアカード(MSC)を学び実践することで、このような要請に応えられるものと信じています。

森岡謙仁著、日経BP、2420円(税込み)