職場・チームの成果を高め、そして自らを成長させるマネジメントの方法について書いた本『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』から抜粋し、事業やプロジェクトの基本計画や実行計画の組み立て方を解説する。経営学者ピーター・ドラッカーが説いたマネジメント・スコアカード(MSC)の考え方を軸に、主に中間管理職(ミドルマネジャー)の悩み事の解決に焦点を当てる。その第4回。
前回に続き、マネジメント・スコアカード(MSC)実行計画(8つの重要領域目標)のつくり方について説明します。
前々回のケース2で採り上げた全社的DX推進プロジェクトの「1.目的・ミッション」は、「基幹システムの刷新とデジタル人材の育成を通じ海外売上高の向上に貢献する」ことでした。このチームの成功は、顧客(経営者・社員)にとっての価値である経営改革(基幹システム刷新も含めた事業構造の改革)、業務改革、DX人材育成、海外売上高の向上を実現できるかにかかっています。DXは1年や2年で終わるものではありません。業務改革を行いビジネスモデルを変革することが狙いです。
【1・社会性と顧客創造の目標】
*[問6]顧客創造の目標とは何か
基幹システムの刷新は、全社員に影響を与えます。そこで、本プロジェクトに積極的に参画する社員の数と、チームメンバーの進め方に関する満足度の目標を設定します。また、業務改革は対象とした業務プロセスや部門と連携するプロセスや部署が必ず存在するので、関連部署の参画率と満足度の目標を設定するのも有効です。
*[問7]環境と品質の目標とは何か
この問いの答えは、会社の「環境と品質の目標」に直接、貢献します。当チームの環境保護目標としては、省電力、グリーンデバイス注1の活用などグリーンIT注2の推進があります。品質目標については、基幹業務の要件定義の満足度、プロジェクト推進の満足度、デジタルリテラシー教育の満足度などが有効な目標です。
*[問8]社会的責任の目標とは何か
社会的責任の目標は、基本的には会社の目標に準じます。加えてこのプロジェクトに特有の目標として、DX連携した取引先の数や割合なども目標になり得ます。取引先を含めた社会全体のDX推進は、企業の社会的責任といえるものだからです。
例えば、基幹業務の改革を進める中で、取引先の業務に変更を与えるシステム要件が発生することがあります。自社だけでDXを進めるのではなく、むしろ取引先とのデータ共有や業務プロセスのシームレスな連携もスコープ(範囲)に入れて業務改革に取り組むことで互いのDXを進めることになります。また、製品製造に係るCO2排出量管理、製品出荷後の追跡管理、製品リコール管理、クレーム管理など、基幹システムを支える主要なサブシステムの再構築も目標になり得ます。
【2・マーケティングの目標】
DX推進チームに期待されている役割は、IT専門家と事業部門との橋渡し役やデジタルツールの利用促進役に終わるものではありません。基幹システムを刷新し、経営改革を実現するリーダーシップこそが求められている役割であり、強みです。
*集中の目標・市場地位の目標……集中すべきは、基幹システム刷新とDX人材育成です。そのための「DX戦略(ロードマップ、推進組織など)」を策定し、業界の中で経営改革No.1を目指します。
*顧客分野の目標……既存基幹システムの満足度と次期システムの要件を絞り込むため、ITユーザー満足度調査を行います。そのうえでDX人材ニーズを明確にして、教育カリキュラムを作成します。
*市場と製品分野の目標……顧客と市場をセグメントで分類し新製品開発に情報連携できること、また販売情報やフィールドサービスの実績データを分析できるシステムとすることも目標になり得ます。

【3・イノベーションの目標】
このチームの目的・ミッションを実現するために必要なイノベーションの目標の例を次に挙げます。人材育成計画も、イノベーションを促進する要素として取り上げます。
*DX戦略書作成……目標は作成期限と内容の満足度です。主な内容は次の通りです。
・事業革新、基幹システムの刷新、デジタル人材の育成、セキュリティー体制、推進体制、推進日程
*基幹システム刷新計画書作成……目標は作成期限と内容の満足度です。内容例は次の通り。
・現状と課題、新基幹システム、ユーザニーズ分析、AI、BI(ビジネスインテリジェンス)、ロボットなどデジタル技術活用、プロジェクトチーム、システム構築スケジュール、構築予算、リスクとその対策など。
*デジタル人材育成計画書作成……目標は作成期限と内容の満足度です。内容例は次の通りです。
- 現状と課題
- 自社の目指すデジタル人材注3
- 必要なマインドとスキルセット注4
- 推進体制
- 推進スケジュール
- 予算
- リスクとその対策など
・モード1:システム人材……基幹システムの開発、運用、ユーザー支援を担う
・モード2:デジタル人材……主にクラウドベースのアプリ開発、運用、ユーザー支援を行う
・モード3:事業構造改革人材……モード1、モード2人材の強みと専門性を統合してビジネス価値を生みだし、DXの目的である事業構造改革を推進する人材
デジタル人材の役割としては、CIO・CDO、CISO、CSIRT、SOC、クラウド技術者、AI技術者、データサイエンティスト、業務改革推進者、プロジェクトマネジャーなどの役割を担います。
・COBIT、CMMI、ITIL、PMBOK、SBOK、ISO27001などのグローバルガイドラインやプラクティスの他に、業務改革スキル、AI技術、データサイエンス、ロボット工学、クラウドベースのアプリ開発技術、アジャイル開発技術、サイバーセキュリティー技術などがあげられます。
*イノベーションの組織文化づくり……経営層へのDXレクチャー、イノベーティブ人材の育成、人事施策について人事部門への提案、各部門への業務改革の提案と実行支援などが目標になります。
*プロジェクトの運営の改革……会議の改革、アジャイル手法の導入なども目標です。
*IT/DX部門の改革……プロ意識の徹底、組織成熟度レベル4以上(問25)を目標にします。
【4・人的資源の目標】
このチームの目的・ミッションを実現するために必要な人的資源領域の目標の例を次に挙げます。
*人材の多様性の目標……多様な強みや専門性をもつメンバーが必要です。営業、生産管理、品質管理、資材管理、基幹システム運用課、システム開発部、DX推進部、システムパートナー、デザイナー、クリエーターなど専門分野の数と人数、またチームのコアメンバーのデジタル人材(前述)の数などの目標を設定します。
*リーダーシップとプロマネ人材の育成の目標……リーダーシップとプロマネ教育の受講者の数と成果を出した割合を目標にします。このプロジェクトへの経営幹部の参画も目標です。DX推進チームは社長直轄とし、本プロジェクトオーナーは生産管理部長、DX戦略策定は経営企画部長も協力します。またデジタル人材育成計画には、マネジメント(MSC)教育も含むことや人材担当経営幹部も積極的に参画することとします。
*組織文化と組織構造の目標……目指すべき各部門の人材像の明確化、社員満足度調査の実施、OOMMD(Objectives、Organize、Motivate、Measurement、Develop)の実践、マネジメント・レターの実践、自己目標管理の定着などが目標となります。
*採用・異動・離職防止の目標……IT/DX人材採用数、内部募集人数、離職防止人数などを目標とします。
*スキル及び能力の目標……本プロジェクト活動でスキルアップした参加者の数と割合、得られた教訓を組織全体の知見として共有すること、マネジャーと一般社員の仕事ぶりの改善などが目標になります。
【5・物的資源の目標】
このチームの目的・ミッションを実現するために必要な物的資源領域の目標の例を次に挙げます。
*財務情報から見た目標……生産管理システムの機器(固定資産)、構築費用(無形固定資産)、ソフトウェアライセンス料、リース取引の場合はファイナンスリースとオペレーティングリース料金が目標になります。
*非財務情報から見た目標……プロジェクトチームの行動指針(価値観・ビジョン・真摯さを実践する具体的な行動の明文化)を定め、実行状況を評価すること、本プロジェクトのMSCの共有などが目標です。
*情報資源の目標……DX人材情報、生産管理情報、品質管理情報、製品リコール情報などを、各部署の業務改革にどのように活用して、中長期的に経営改革を実現するのかというロードマップを作成すること、その達成状況をモニタリングする情報活用の推進なども目標となります。
【6・資金の目標】
このチームの目的・ミッションを実現するために必要な「資金」領域の目標の例を次に挙げます。
*資金管理の基本目標……DX戦略、基幹システム刷新計画書、デジタル人材育成計画書の各予算が目標です。またシステム投資から得られる期待利益を生み出すROIも目標となります。
*キャッシュフロー計算書から見た目標……システム開発費の支払い(投資活動によるキャッシュフロー)、DX教育やコンサルタントの外部委託費(営業活動によるキャッシュフロー、その他)、などが目標になります。
【7・生産性の目標】
このチームの目的・ミッションを実現するために必要な「生産性」領域の目標の例を次に挙げます。
*財務情報からみた生産性の目標……基幹システムの導入に伴い会社のROEやROAなどの生産性を低下させないよう、加えて基幹システムのROIが目標になります。また、DX教育やコンサル費用の成果の有無などが目標になります。
*知識労働者の生産性マインド教育の目標……IT/DX部門の研修受講人数と成果が出た人数、研修を受けた人材のうち成果をあげた人数と割合を目標とします。成果については、業務改革に貢献したかなどを、所属部署だけではなく他部署からの評価を基に評価します。
*プロセスマネジメントの生産性の目標……システム構築の生産性を高めるため、会議時間や要件定義工数の短縮、課題・リスク管理の徹底、要素成果物満足度の向上、リスク対策会議の実施、主要プロセスのレベルを目標にします。
*ナレッジマネジメントの生産性の目標……過去プロジェクトの教訓の共有、パッケージソフトに合わせた業務改革、カスタマイズ費用の見積もり、BIツールやAIエージェントの活用、部署ごとのコアコンピテンスの数と活用率なども目標に有効です。
【8・利益の目標】
このプロジェクトチームは間接費の予算の枠内で運営されるため、このチーム自体が財務上の利益を生むことは普通ありません。ただ、余剰費を返納することはできます。あえて目標を設定するとすれば、システム構築の性格を考慮すると、予算額、消化率、変更回数などがあり得ます。
また、現実には難しいことでもありますが、例えば、今回のDX投資に伴うシステム構築にかかわるコンサル費や外部委託費など初期投資と稼働後の3年分の保守サポートにかかわる運用費用を分母として、DX投資から得られる営業利益(期待利益)を分子とした場合の投資利益率が、会社全体の売上高営業利益率を高めることを目標にしたいところです。DX投資によって、損益分岐点売上高を下げ、安全余裕率を高める目標などが設定できないかを、CIOやCFOと相談することも有効です。
(書籍『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』を基に再構成)
[日経クロステック 2026年1月9日付の記事を転載]
森岡謙仁著、日経BP、2420円(税込み)

