職場・チームの成果を高め、そして自らを成長させるマネジメントの方法について書いた本『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』から抜粋し、事業やプロジェクトの基本計画や実行計画の組み立て方を解説する。経営学者ピーター・ドラッカーが説いたマネジメント・スコアカード(MSC)の考え方を軸に、主に中間管理職(ミドルマネジャー)の悩み事の解決に焦点を当てる。その第3回。

 今回以降は、前回取り上げた2つのケースを使い、マネジメント・スコアカード(MSC)実行計画(8つの重要領域目標)のつくり方について説明します。

 職場やチームのマネジャーやリーダーが陥りやすいのが、知らないうちに1つの専門分野に閉じこもってしまうことです。自らの専門性や知識を最高のものと勘違いし、他の専門性に対して傲慢な態度をとっていることに気づかなくなってしまいます。こうした落とし穴にはまらないよう、マネジャーはMSC実行計画における8つの重要領域目標について意識的に関心を持ち、視野を広げる機会をもつことが大切なのです。

 現代のミドルマネジャーは、多くの場合プレイングマネジャーであり、自らもいち担当者として第一線で作業をする知識労働者の1人です。筆者の体験からいえば、チームをマネジメントする仕事の多くは、1週間の中で数時間行えば、事足ります。マネジメントだけの仕事、いわゆる管理者として勤務時間の100%専任するのではなく、効果的なマネジメントを数時間、それも勤務時間の中に分散して行うことで、十分な成果を出すことが可能です。そのためには、マネジメントの基本と原則を学びそのフレームワークとツールであるMSCを使いこなすことです。

ケース1・新規事業開発チーム

 前回取り上げた産業機器メーカーによる新事業開発プロジェクトの「1・目的・ミッション」は、「途上国の人々に水と衛生へのアクセスを確保する新事業を開発する」ことでした。このチームの取り組みが成功するか否かは、顧客である途上国に住む人々にとっての価値(安全な水と衛生環境へのアクセス)を満たすことに貢献できるかにかかっています。具体的にどのような実行計画を策定すればよいか、考えてみましょう。

【1・社会性と顧客創造の目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するのに必要な、社会性と顧客創造の主な目標を次に挙げます。

*[問6]顧客創造の目標とは何か……「安全な水と衛生にアクセスできた人々が増えた(顧客創造できた)か」を測定する指標としては「安全な水と衛生環境を確保できた人数および満足度」があげられます。

*[問7]環境と品質の目標とは何か……この領域での目標設定は、環境保護目標であるCO2排出量と有害物質の排出量がともに基準値を下回ることなどがあげられます。さらに、品質保証の目標としては、プロジェクト関係者の満足度、製品リコール数、クレーム数、品質理由の離反客数、情報およびセキュリティー事故の数などがあげられます。これらの目標は問8「社会的責任の目標」にも関係します。

*[問8]社会的責任の目標とは何か……この問いに対する答えは、基本的にはチームが所属する会社の社会的責任の目標と同じになります。組織・チームは所属する会社のコンプライアンス(法令順守)の方針に従うことが求められます。このため主な目標は、会社が行っているコンプライアンス教育をチームの全員が受講することになります。特に「人権」に関する理解は大切です。

【2・マーケティングの目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するための主なマーケティングの目標を次に挙げます。

*集中の目標・市場地位の目標……集中の目標は「途上国の人々に、安全・衛生な水を提供する」、市場地位の目標は、「このような社会貢献事業で世界No.1を目指す」になります。この目標に沿って事業計画を策定します。

*顧客分野の目標……顧客・市場ニーズ分析を行うこと、機器の利用者の満足度を高めることを目標とします。このため、顧客や地域にとっての経済的な負担が最小になるような事業計画を策定します。

*市場と製品分野の目標……対象地域でのシェアNo.1、製品機能においてNo.1を目標とします。

*流通チャネル分野の目標……プラント建設会社の流通チャネルとの提携を目標とします。

*アフターサービス分野の目標……機器の運用と保守のためのフィールドサービス(現地対応)を定期的に実施することを目標とし、最初から事業計画に盛り込んでおきます。

(写真:magele-picture/stock.adobe.com)
(写真:magele-picture/stock.adobe.com)

【3・イノベーションの目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するための主なイノベーションの目標を次に挙げます。

*新事業計画書の作成……次の内容の新事業計画書を作成します。

  • 解決すべき社会課題
  • 自社の強み
  • 新市場
  • 新商品・新サービス
  • 開発プロセス
  • 製造プロセスの改善案の作成
  • 新事業開発プロジェクトチーム
  • 開発スケジュール
  • 新事業ビジネスモデル
  • システム構築
  • 開発予算
  • リスクと対策

*新商品(コア商品)開発の目標……次に主な工程を挙げます。

  • 市場と技術調査
  • コンセプト作成とコンセプトテスト
  • 試作品製作とシステム開発

 また、次の目標を設定することで、新事業開発を促進させることが可能です。

*イノベーションの組織文化づくり……新事業開発を促進する人事施策や、イノベーションの理解を教育する社員研修部門への提案の作成

*体系的廃棄の目標……廃棄対象とする市場・商品・サービスの選定

*市場関係の目標……新市場開発(数、規模)、市場開発プロセスの改善案の作成

*バリューチェーンの目標……流通チャネルの改善案の作成、生産拠点・調達業務改善案の作成

*顧客関係における目標……顧客創造プロセスの改善案の作成、営業プロセスの改善案の作成

*デジタル活用における目標……IT/DX部門との連携強化、新商品・新サービスのデジタル活用

【4・人的資源の目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するために、優先すべき人的資源の目標を次に挙げます。

*人材の多様性の目標……多様な価値観と専門性をもつ人材、例えば次のような技術や技能に精通した技術者を集めることを目標とします。

  • 水質管理技術(濁度、BOD/COD、微生物濃度など)
  • 化学処理技術(凝集剤、消毒剤など)
  • バイオ浄化処理技術(バイオフィルター)
  • 機械工学
  • プロセス制御技術
  • 環境規制及び法的知識
  • 安全衛生管理技術
  • エネルギー管理技術
  • AI技術者
  • ロボット工学
  • デザイナー
  • クリエーター

*リーダーとプロマネ人材の育成目標……経営者が直接チームの組成に関与し、有能なリーダーを据えることを目標とします。人材育成教育・マネジメント(MSC)教育の受講人数と成果を出した人数、専任の新事業開発リーダーと有能なプロジェクトマネジャーおよびプロジェクトコアチームの選定、チームメンバーからの信頼度の高さも目標となります。特にMSCの教育は必須です。

*プロジェクト組織文化の目標……既存事業とは別の基準で人事評価されることを目標とします。プロジェクト憲章(目的・ミッションの明文化)や、プロジェクト運営指針の作成、イノベーションを支える特別の人事評価なども目標となります。

*組織の健全性、安全性及びウェルビーイングの目標……調査、研究、試作品製作、製品化過程において、プロジェクトメンバーの心身の健康と安全が守られ、参加者が働きがいを感じられることも目標とします。

【5・物的資源の目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するために、優先すべき物的資源の目標を次に挙げます。

*財務情報からの目標……新事業計画書で定めた物的資源について、有形固定資産(土地、建物、機械装置、器具備品など)、無形固定資産(特許権、著作権、商標権、AI含むソフトウエア開発費など知的財産)、投資その他の資産(業務提携先の株式取得など)の目標を設定します。

*非財務情報からの目標……価値観、企業理念と経営のビジョン、社会課題と使命、長期戦略、ビジネスモデル、価値創造モデルなど『統合報告書』の内容をメンバーに周知する目標を設定します。

*情報資源からの目標……無形固定資産として計上されにくい知的資産である情報資源(顧客・取引先・商品・強み・ナレッジ・卓越したプロセスなど)などにも目標を設定します。

【6・資金の目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するために、優先すべき資金の目標を次に挙げます。

*資金管理の基本的な目標……新事業計画書で定めた新商品開発など初期投資額や投資資金の収益性(ROE、ROAなど)、運転資金管理(CCCなど)、資金コスト(融資・借入、出資・投資などに伴う金利などのコスト)、IT・デジタル資金の目標を設定します。収益性については生産性の目標との調整が必要な場合があります。

*キャッシュフロー計算書の目標……新事業計画書で定めたキャッシュフローについて、営業活動(売上債権と仕入債務の増減、未払金の増減など)、投資活動(有形及び無形固定資産の取得、投資有価証券の取得など)、財務活動(短期や長期借入金の増加・返済など)に分けて目標を設定します。

【7・生産性の目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するために、優先すべき生産性の目標を次に挙げます。

*財務情報の目標……新事業の初期投資額とその収益性および回収期間、総資本利益率、自己資本利益率、投資利益率、売上総利益率、営業利益率、限界利益率などの目標を設定します。

*生産性マインド教育の目標……各チームメンバーの専門分野(水質、バイオなど)ごとに学びと実践を支援します。受講人数、成果をあげた人数と割合、などの目標を設定します。

*プロセスマネジメントの目標……主要プロセスのレベル、設計時間および試作品製作プロセス時間の削減量、1人当たり売上高などの目標を設定します。

*ナレッジマネジメントの目標……新事業開発の核になる新商品開発の生産性、AI活用率などの目標を設定します。コアコンピテンス(機構設計、構造設計、材料設計、要素設計、回路設計など)の数とその成果の数、ナレッジ(環境規制および法的知識、AI技術、ロボット工学など)の数と成果の数などです。

【8・利益の目標】

 このチームの「目的・ミッション」を実現するために、必要な利益の目標を次に挙げます。

*損益分岐点売上高の目標……新事業計画書に定めた損益分岐点売上高(問28)および関連する固定費、変動費、限界利益、限界利益率、安全余裕率などの目標を設定します。

*条件としての利益の目標……新事業のMSCの他の目標ごとに必要な未来費用を算出します。

*必要な利益の目標……MSCの他の目標ごとの未来費用を合計して必要な利益目標を設定します。

新事業開発チームのMSC実行計画
新事業開発チームのMSC実行計画
(出所:書籍『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』)
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(書籍『ドラッカーに学ぶ! 管理職養成講座』を基に再構成)

日経クロステック 2026年1月8日付の記事を転載]

本書の対象読者である職場やチームのリーダーは、上司を持ち部下や後輩を持つ中間管理職です。職場やチームの成果に責任を持つこと、部下を育成すること、上司を支え部署や組織の成果に貢献することが求められます。ドラッカーが説いたマネジメントとそのフレームワークであり、ツールでもあるマネジメント・スコアカード(MSC)を学び実践することで、このような要請に応えられるものと信じています。

森岡謙仁著、日経BP、2420円(税込み)