マクドナルドを世界的なハンバーガーチェーンに育てたレイ・クロックは、直情型で自己中心的でしたが、顧客に対しては、無理を通すことは絶対にしませんでした。クロックの著書、 『成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝』 (レイ・クロック、ロバート・アンダーソン著/野地秩嘉監修・構成/野崎稚恵訳/プレジデント社)を楠木建・一橋ビジネススクール教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。
野球場でマイクを奪い、観客に怒鳴る
レイ・クロックという人はとてつもないエネルギーにあふれた直情型の人間です。クロックはマクドナルドで成功してから、サンディエゴ・パドレスという大リーグチームを買収します。観客が楽しめるようにとアイデアを次々に打ち出し、幹部スタッフの給料を上げ、選手も補強しました。来場客は増え、窮乏していた球団が息を吹き返します。
パドレスがホームゲームでピリッとしない試合をしていたときのこと。1人で勝手に音響ブースに駆け上がり、実況中継をしていたアナウンサーのマイクを奪い取るやいなや「こちら、レイ・クロックです」と、観客に直接呼びかけました。
「良いニュースと悪いニュースがあります。この球場より大きい球場でロサンゼルス・ドジャースの開幕戦が数日前に開催されたときより、1万人多い来場者数となりました。これが良いニュースです。悪いニュースとは、我々がひどいゲームをお見せしているということです」と怒鳴りました。
「謝罪します。私はうんざりしています。これは私が見た中でいちばん下らない最悪の試合です!」と大音響で絶叫しました。観客はただ驚くばかりです。還暦を過ぎてこのエネルギー。感情がストレートに出ます。
クロックはさまざまな慈善活動をしています。しかし、大学だけは意地でも支援しないと公言していました。なぜですかと問われると「学生は金もうけについて何も学んではいない」「インテリが嫌いなんじゃない、インチキなインテリが嫌いなんだ」などと返しています。
そうかと思えば「私には博士号がある。ダートマスカレッジが私を人文学の名誉博士にしたのだ」と自慢します。まったく理屈もなにもあったものではありません。この大いなる「矛盾の自己肯定」に、創業経営者に特有の強さがみてとれます。
「景気の悪いときにこそ建てるんだ!」
『成功はゴミ箱の中に』の第13章には、「トップは孤独である」というタイトルがついています。しみじみとしたイイ話なのかなと期待して読んでみると、やはり他の章と変わらないアツい話が出てきます。
ハリー・ソナボーンという、創業期からの財務担当重役がいました。メニューや店舗開発など攻めのほうをクロックが、財務会計などの守りのほうをソナボーンが担当し、それまで二人三脚でうまくやっていました。
ところが、クロックが愛してやまない新店舗建設について、景気の動向を考えれば出店を一時凍結し、現金を蓄えたほうがよいとソナボーンが言い出したからもう大変。2人の間に亀裂が走ります。
クロックは激怒し、ソナボーンは会社を去ります。彼が辞めたあとも、店舗建設は地域経済が活性化するのを待ったほうがよいというのが社内の意見の主流でした。クロックは「ばか野郎! 景気の悪いときにこそ建てるんだ!」と怒り狂い、慎重派の意見を叩きつぶしていきました。
創業期からのメンバーであるソナボーンは、マクドナルド株を大量に保有していました。自分がマクドナルドを離れれば企業価値が下がるだろうと考えたソナボーンは、去るときに持ち株を全部売り払っています。
彼はそれを資金として、新たに金融業に参入しようと考えていました。しかし、彼が辞めた後もさらに株は上がり、当時のほぼ10倍になりました。
こうした成り行きについて、クロックは「マクドナルドに対する信頼感の欠如は、彼に大きな犠牲を払わせることになった」とわざわざ本に書いています。大人げないといえば大人げない。さらに、ソナボーンの辞職を聞いて、トップ管理職の1人が「万歳! マクドナルドはハンバーガービジネスに戻った」といって喜んだという話まで大得意で披露しています。邪魔者が去って、社内の雰囲気が明るくなったといわんばかりです。
商売は自己中心ではない
ようするに、「トップの孤独」というよりも、クロックのこの激情的でワンマンな性格ゆえに、まわりの人間が離れていったというのが実際のところです。しかし、商売の根幹部分は誰にも反対させないというくらい、強く激しい意志の持ち主でないと、これだけの商売を創り上げることは無理だったでしょう。
不思議なことに、レイ・クロックという人は、こと商売となるとまったく自己中心的ではなく、徹底的に顧客視点になります。彼の言葉でいえば「セールスマン魂」。これはペーパーカップを売っていた若い頃からたたき上げた経営哲学です。
ペーパーカップのセールスマンだった当時の主要顧客はソーダ・ファウンテンでした。ソーダ・ファウンテンのオーナーたちは使い捨ての紙よりもグラスを洗って使うほうが安上がりだと考えていたので、クロックは何度も門前払いを食らいます。
しかし、彼はグラスを洗う作業が厄介で、熱湯を大量に使用するため、いつも店内が湯気に覆われて視界が極度に悪いということを見逃しませんでした。ペーパーカップを使えばこれを解決できますよ、と売り込みます。いまでいう「ソリューション」「提案型営業」です。
ソーダ・ファウンテンは、人々が冷たい飲み物を欲しない冬になると客足が落ちてきます。クロックは冬場になると、無理やりペーパーカップを売ることは絶対しませんでした。「私の仕事は、顧客の売り上げを伸ばすことで、顧客の利益を奪うことではない」。1924年、レイ・クロックがまだ22歳のころのエピソードです。
やることなすこと横紙破りの人なのに、顧客に対しては無理を通すことは絶対にしない。まず客をもうけさせる。その結果として自分がもうかる。これが20代の頃からクロックが厳守していたスタンスです。いまも昔も変わらない、商売の原理原則です。
フランチャイジーにも顧客視点
大手ドラッグストアチェーンのウォルグリーンに、ペーパーカップでドリンクのテークアウトをやってはどうかと提案したとき、最初は店員に大反対されました。店としては同じものを売っているのに、余分にカップ代を払わなければならないからです。
クロックはそこで諦めず、1カ月分のペーパーカップをタダで提供するから、ためしにやってみろとけしかけました。クロックの発案したウォルグリーンのテークアウトビジネスは、面白いほどもうかりました。その結果、ウォルグリーン本社と契約を結ぶまでになります。
こうした顧客視点はマクドナルドのフランチャイジーについても向けられました。マクドナルドはフランチャイジーに対してサプライヤーを兼ねません。クロックの下した明確な意思決定です。
なぜか。自分たちがサプライヤーになると、どうしてもその取引における自分の利益に目が向いてしまいます。フランチャイジーのビジネスが二の次になる、それではパートナーとはいえない、というわけです。
また、クロックは店にジュークボックスや自動販売機を置くのも禁じています。お金にならないお客が増えたり、不良のたまり場になって店が荒れたり、自動販売機ビジネスに絡んで犯罪組織が無用のトラブルを起こしたりするのを避けたかったからです。これもまた、フランチャイズオーナーの商売を気にかけた顧客視点の判断でした。
ポーターら巨匠の代表作から、近年ベストセラーになった注目作まで、戦略論やマーケティングに関して必ず押さえておくべき名著の内容を、第一線の経営学者やコンサルタントが独自の事例分析を交えながら読み解きます。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)