世界各国の働き方や労働生産性が話題になることが増えています。デンマーク在住のジャーナリストで『第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』(ダイヤモンド社)著者の井上陽子さんと、スウェーデン大手銀行SEBのシニア・データサイエンティストで『子育ても仕事もうまくいく 無理しすぎないスウェーデン人』(日経BP)著者の佐藤吉宗さんに、両国のビジネスパーソンのメンタリティーや組織マネジメントについて語っていただきました。

家事を完璧にしないのは手抜きではない

日経BOOKプラス編集(以下、──) 前回はデンマークとスウェーデンに残業の文化が根付かなかった背景について伺いました。隣国ということで、他にも似ている部分はありますか。

スウェーデン大手銀行SEB シニア・データサイエンティスト・佐藤吉宗さん(以下、佐藤) そうですね。井上さんの本を拝読して、メンタリティーや働き方に対する考え方は似ていると思いました。

ジャーナリスト・井上陽子さん(以下、井上) 私も佐藤さんの本を読ませていただいて、パートナーとの育児・家事分担、「家事を完璧にしないのは手抜きではない」という考え方は似ていると思いました。デンマークでも、冷凍食品を活用する人はけっこういますし、子どものお弁当も、日本の感覚からするとかなり手抜きです。

井上陽子 いのうえ・ようこ
ジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー
筑波大学国際関係学類卒業後、読売新聞社に記者として入社。社会部で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局で特派員を務める。読売新聞在職中に、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。2015年、妊娠を機に夫の母国であるデンマークに移住。メディアへの執筆の他、デンマークの経済社会や働き方に関する講演、日本とのビジネスに取り組むデンマーク企業などのサポートも行っている。著書に『 第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術 』(ダイヤモンド社)。共著に『 「稼ぐ小国」の戦略 世界で沈む日本が成功した6つの国に学べること 』(光文社新書)。

佐藤 そうですよね。お弁当はパスタならパスタを1品ドン! と入れるスタイルですね。遠足の時はパスタにパスタソースをかけ、解凍したミートボールを何個か入れて持たせています。

井上 それはうちの子にとっては豪華なお弁当です(笑)。デンマークはこんなに共働き率が高いのに、給食がないんです。本当にこれはどうにかしてほしい。お弁当は冷凍ピザを温めて入れておく、ニンジンやキュウリの生野菜、黒パンに何か載せる…といった簡単なものですね。でも、周囲もみんな同じようなものなので、気にしていません。キャラ弁なんてあり得ない。日本のお母さんは頑張っていて、すごいと尊敬しますが、あえて子どもの期待値を下げることも必要かと。

 ただ、一方でデンマーク人はオーガニックに対する意識も強いですね。宅配サービスではオーガニック食材を使ったミールキットやレシピが充実しています。
 やはり、女性が労働市場に入って来た頃から冷凍食品や手軽な食事が普及していったようです。当初はそれに対する批判の声もあったようですね。

『第3の時間──デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』(井上陽子著、ダイヤモンド社)/画像クリックでAmazonページへ
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スウェーデンも30年前までは専業主婦が多かったそうですね。

佐藤 スウェーデンも1960年代は専業主婦率が75%でした。70年代に男女平等の実現に向けて「結婚やパートナーの有無に関係なく、すべての納税者に個人単位で課税する」という税制改革が行われました。その結果、女性の手取りが増え、働くインセンティブが大きく向上しました。
 また、保育所の増設、さらに育児休業保険制度の改革もありました。それまで女性だけに限られていた育児休業給付が、性別に関係なく受給可能になりました。この制度は男性にも育児の責任を負わせるための重要な一歩で、当時、世界初という画期的なものでした。

 男性も育児をするという社会をつくりつつ、残業に関しては当初から「残業しない」ということが徹底していたのだと思います。「自分は週に37時間労働という契約をしているんだから、それ以上のことはしない」と。自分たちの権利を守る、一人ひとりの意志があったのだと思います。

佐藤吉宗 さとう・よしひろ
1978年、鳥取県米子市生まれ。京都大学経済学部在籍中の2000年、交換留学生としてスウェーデン・ウプサラ大学で学ぶ。その後、同国ヨンショーピン大学にて経済学修士号、イエーテボリ大学にて博士号を取得。さらに、ストックホルム商科大学・欧州日本研究所においてポスドク研究員を務める。18年より、スウェーデンの人工知能(AI)コンサルティング企業Combient MIXにデータサイエンティストとして勤務。スカンディナヴィア航空(SAS)やスウェーデンの大手民間銀行SEBの外部コンサルタントとしてAIモデルの開発および実用化に従事。25年6月、SEBに移籍し、シニア・データサイエンティストとして現在に至る。スウェーデンで知り合った日本人のパートナーとともに共働きで2人の子どもを育てている。著書に『 子育ても仕事もうまくいく 無理しすぎないスウェーデン人 』(日経BP)

『子育ても仕事もうまくいく 無理しすぎないスウェーデン人』(佐藤吉宗著、日経BP)/画像クリックでAmazonページへ
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残業しない社会づくりに必要なのは「仕事術」ではない

「残業しないのは自分たちの権利」という考え方はなるほど、と思うものの日本人からすると「いいのかな?」と思う部分もあります。

井上 私は日本の中でも極端な長時間労働をしていた新聞記者で、1日5回の締め切りがありました。初めてデンマークに行ったときはワシントン特派員で、締切に加えて時差もあり、夜中まで働くこともしょっちゅうでした。
 それが、休暇で初めてデンマークに行った時、コペンハーゲン市内に入ったとたんに午後4時台の帰宅ラッシュにぶつかって。当時は2014年でしたが、デンマークは2012年、13年と「世界幸福度ランキング」で2年連続1位でした。「そりゃあ、これだけ早く帰れるなら幸福だよね」と思った記憶があります。でも、同時に「こんなに緩い働き方で、この国の経済は大丈夫?」と思ったんですよ。

 ところが調べてみると、日本よりも経済パフォーマンスがいい。石油などの天然資源に頼っているわけでもなく、税制上のトリックを使っているわけでもない。いわば正攻法で稼いでいるんです。「これは取材する価値がある」と思ったことが、2022年にオンラインメディアで連載を始めたきっかけです。そのプロセスで取材した内容が『 第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術 』を執筆するきっかけとなりました。

「午後4時に子どもを迎えに行く」と仕事の終わりが決まっているから、パフォーマンスが高くなるのでしょうか。

井上 そうですね。延長保育がないから、4時前には仕事を終えなくてはいけない。というか、終わったことにしないといけない。日中早く切り上げた分、子どもが寝た後に、夜10時頃まで働いている人もいます。デンマークと日本の両国の社長を観察できる立場の方曰く、「社長はデンマークでも日本でも、同じように遅くまで働いている」とのこと。

 ただ、デンマークでは「as long as you deliver」といわれるように、「結果を出している限りは、どこで何時まで働いてもかまわない」と柔軟性を持って働くことが許されています。だから、「今日は子どもの学校のイベントがあるから午後3時に帰る」「その代わり、子どもを寝かしつけた後に今日の業務内容をキャッチアップする」といったこともOK。「午後4時に退社」と聞くとそこで仕事が終わるイメージが先走ってしまいますが、実はフレキシブルな働き方が認められていることが大きいですね。

佐藤 スウェーデンも仕事に関しては「残業を前提としない」プランニングです。四半期ごとに部署内でプランニングがあるのですが、「うちのチームには何人いて、四半期は何週だから、キャパシティーはこれしかない」というキャパの中でできる仕事だけを引き受けます。もし、それで時間が足りない場合は、次の四半期に持ち越したり、新たに人を雇ったりするので、「残業することで辻つまを合わせよう」という考え方はありません。ごくまれに絶対に納期を守らなければいけない仕事の場合は残業しますが、その日に長く働いた分は違う日の仕事を早めに終えることができます。

井上 デンマークのキャリアカウンセラーを取材したとき、「働きたい⼈にとって、短時間労働はすごくストレスですよね」と言ったら、「それは違う。週37時間労働は正しい。もし、仕事が終わらないのなら、上司が割り振る仕事量がおかしいか、そのポジションにあなたの実力が合っていないだけ」と言われました。日本で働いていたときの私は、仕事の量の方が絶対で、それに合わせて労働時間を延ばしていました。

佐藤 そのキャパシティーをどう管理するか、私の上司レベルでの話し合いが行われています。部内でも職場の在り方やチームの再編成に関する話し合いは頻繁に行われています。仕事の質を維持しながら、いかに仕事を回していくか、マネージャーは常に考えていますね。
 私はあんまり仕事量に関しては意見しませんが、同僚はけっこう気軽に「仕事量を調節してほしい」と掛け合っています。上司も誰かが病欠したときなどは、すぐに他の人に仕事を振るなど調整していますね。

井上 「残業しない社会」をつくるにはHow(仕事術)ではなく、短時間労働は理にかなっている、という共通認識(Why)が重要です。マネジメント層や中間管理職など、どんな肩書きの人でもそうした共通認識を持っていれば、新入社員や若手であっても「この仕事量はおかしくないですか?」と声を上げやすくなる。デンマーク人にとって「いい会社」とは大企業ではなく、ワークライフバランスを取れる会社なんです。

取材・文/三浦香代子、藤中潤(日経クロスウーマン編集部) 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)

井上陽子×佐藤吉宗 残業しない社会のつくりかた
第1回 井上陽子×佐藤吉宗 デンマーク、スウェーデン流「残業しない社会」のつくりかた
第2回 北欧対談 週37時間で仕事が終わらないのは、上司の問題か本人の実力不足今回はここ
第3回 日本では「管理職は罰ゲーム」、北欧では?