デンマーク在住のジャーナリストで『第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』(ダイヤモンド社)著者の井上陽子さんと、スウェーデン大手銀行SEBのシニア・データサイエンティストで『子育ても仕事もうまくいく 無理しすぎないスウェーデン人』(日経BP)著者の佐藤吉宗さんに、日本と北欧の働き方について語っていただきました。最終回の今回は管理職やルールに対する意識の違いがテーマです。

日本企業の管理職と部下の関係は親子のよう
日経BOOKプラス編集(以下、──) 前回 、北欧では「週37時間労働は正しい」「この時間内に終わらない仕事量を振ってくる上司のほうが問題だ」というお話がありました。そうなると、業務と個人のマネジメントで大変なのではないかと思います。ただでさえ日本では「管理職は罰ゲーム」といわれ、引き受けたがらない人が多いのが特徴です。北欧の人々の管理職に対する考えはどのようなものですか。
ジャーナリスト・井上陽子さん(以下、井上) 北欧の人から見ると、日本の管理職と部下の関係は「親と子のように見える」そうです。親(管理職)が子ども(部下)を細かく管理して、もし子どもが失敗したら、親が責任を負う。
北欧は比較的規模が小さい会社が多く、管理職と部下は「選抜チーム」のメンバーのようなイメージです。新人や若手だからといって見習いというわけにはいきませんし、チーム全員に力を発揮してもらわなくてはいけないので、若手の意見に対してもみんなが聞く耳を持っています。事の重大性にもよりますが、大方の事案について「部下のミスは管理職の責任」とは考えないですよね。もし、誰かがミスをしたら何回か再挑戦のチャンスを与えるかもしれませんが、ミスが続くようなら「あなたはこのポジションには適していない」という判断になると思います。

ジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー
スウェーデン大手銀行SEBのシニア・データサイエンティスト・佐藤吉宗さん(以下、佐藤) 井上さんの本の中に興味深い統計がありましたね。「上司は部下からのすべての質問に答えられるもの」と考える人の割合がインドや中国などアジア圏では9割以上と高いのに対し、デンマークは11%、スウェーデンでは7%でした。
これは北欧の人々が管理職に対して持っている概念の表れだと思います。北欧の管理職は部下の意見を聞き、それを総括する役割。上司がちゃんした答えを用意しておく必要はなく、部下の意見を聞いて集約しながら、ベストな道を歩んでいく。日本では今後の先行きが見えない中でも、管理職が決定を下さなくてはいけない。能力のある人ならいいのですが、仮に年功序列というだけでポジションに就いた人だと組織全体が傾いてしまうリスクがあるかもしれません。
井上 それでも、もし何か部下がミスをした、不祥事を起こしたという場合は管理職が責任を取りますか。
佐藤 上司の監督の不行き届きで起こったものであれば責任を問われるかもしれませんが、基本的にはそのミスを起こした人の責任となりますね。
井上 そうですよね。北欧の人は「自分の仕事は自分が一番よく知っている」というマインドで働いています。管理職は「管理職」という職種のようなもので、マネジメントを学んだ人が引き受ける。日本のように年次によって管理職になったり給与が上がったりすることがないので、転職がキャリアアップや給与アップの手段になっているわけです。ずっと同じ会社にいると「向上心がない人」と見なされてしまう可能性すらあります。
日本人は窮屈なルールに自分を合わせる
井上さんは日本の新聞記者としてのご自身の経験と、デンマークの働き方を比べて、どんなところに違いを感じますか?
井上 私は新聞記者で、「夜討ち朝駆け」のようなこともやる、長時間労働の極みのような働き方をしていました。先輩に記事の書き方や警察回りのやり方を学びましたが、「この特ダネに意味があるんですか?」なんて言い出せない。というか、言おうとも思いませんでした。とにかく忙しいし、疲れているし、上下関係がはっきりしていて生意気なことは言いづらいし、「とりあえずやっておくか」と。
一方、デンマークの新聞記者に聞くと、大学院やインターンシップで実践的な教育を受けるので、若手の頃からかなり自律的に仕事を回していくそうです。また、シフト制で長時間労働にもならない。
佐藤 井上さんのご著書にはそれだけハードワークをしてきたため、デンマークに移住した当初は「自分の生き方を否定された」という心情が吐露されていますね。
それを読んで思い出したのですが、10年ほど前、日本のある新聞社の記者がノーベル賞の授賞式の取材にいらして、ついでに当時私が働いていた欧州日本研究所にもご案内しました。スウェーデン人の所長と一緒に、スウェーデンの働き方や生産性について、記者の方にあれこれとお話ししたんです。
取材が終わって、私が出口までお見送りしたら「そうは言われますが、日本だって終身雇用でうまくやってきて、日本の働き方にだっていい面はたくさんあるんです」と捨てぜりふを残して帰って行かれました(笑)。当時は何で怒っているんだろう? と不思議でしたが、井上さんのご著書を読んで謎が解けました。

日本では働き方やルールなど「自分が物事を変えられる」という意識が薄いのかもしれません。
井上 デンマーク人の私の夫は日本で暮らした経験もあるのですが、「大半の人にとって窮屈なルールがある時、日本の人たちはルールに自分を合わせようとするよね。でも、デンマーク人は、ルールの方を変えようとする」と言っていました。
小さい頃からの教育の影響もあるように思います。例えば、日本では「何かこの校則おかしくない?」と思ったとしても、「そういうものだ」と大人から言われれば、素直に従う子どもが良しとされるわけですよね。そうやって育ってきたのに、社会人になってからいきなり「はい、意見を言いましょう」と言われたって難しい。
この先、日本が変わる可能性というか、明るい兆しはあるんでしょうか。日本は少子高齢化、若手不足でいい人材を採用することも厳しくなっています。
井上 かつてデンマークは北欧の大国でした。それが次々と戦争に負けて多くの領土を失い、19世紀には現在のような小国となりました。その結果、「もう自分たちに残された資源は人材しかない」と考え、人材育成に力を入れるようになりました。
その国の経済力とは、国民のポテンシャルの総和とも言えるのではないでしょうか。北欧の国々が、短時間労働やダイバーシティーに積極的に取り組むのは、性別や出自を問わず、才能を無駄にできないからです。同様に、日本でも「人材を生かす」という視点を持てれば変われるのではないでしょうか。
また、働く一人ひとりが「誰かが答えを持っている」と思わず、自分から変えていく意識を持てるといいですね。あまりにもタスクが多いなら、1つずつ減らしてみるといったことから始めてみては。
佐藤 そうですね。何か新しいことをするには、やっぱり余白が必要です。時間的な余裕があるからこそ、人と交流し、そこからインスピレーションが生まれます。
取材・文/三浦香代子、藤中潤(日経クロスウーマン編集部)構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)

