個人投資家の増える昨今だが、「株高につられて始めたものの、期待ほど儲(もう)かっていない」「思わぬ損をしてしまった」という嘆きの声を聞くことがある。なぜ、市場が活況にもかかわらず、たいした結果を残せないのか。それは「投資の原理原則を理解していないから」と、経済コラムニストの大江英樹氏はいう。今回は、「買ったもののいっこうに上がらない」株や投資信託について。こういう場面の行動にこそ、儲かる人と儲からない人の差が如実に表れると大江氏はいう。 『あなたが投資で儲からない理由』 (日本経済新聞出版)より抜粋する。
「買ったけど、ちっとも上がらない」はごく普通の状況
投資というのはいくら論理的に考えても、いくら筋の通ったやり方でも必ず想定通りに価格が上がって儲かるとは限らない。株価は理屈で動くわけではなく、人々の感情やそれに基づく行動が引き起こす需給関係に影響を受けるからだ。
つまり前回『「株は安い時買って高い時売る」は、実は間違い』でお話ししたように、株価は“影”なのである。その企業が本来持っている価値を株価が常に正しく表しているわけではない。株価というものは往々にして人々の不安や期待感が反映されるからだ。
したがって、その企業が多くの人に評価され、人気が出てくるまでには時間のかかることがある。いやむしろ時間のかかることの方が多い。3カ月、半年くらいはまだいい方で中には何年もかかる場合もある。したがって「買ったけど、ちっとも上がらない」というのはごく普通の状況なのだ。もちろん、まさに今人気になっていて上昇相場の真っ最中という状態であればそんなことはない。買ってすぐに上がることは多いだろうが、このような株は逆に高値づかみをしてしまう可能性も大きい。
投資の基本は、前回説明した通り、実体に比べて「影が小さい」、すなわち株価が割安になっている時に買うということだ。人気のない時に買うわけだから、すぐに上がらないのは当然なのだ。よく、「良いと思って買ったのに」あるいは「良いといわれて買ったのにちっとも上がらないじゃないか」と不満をいう人がいるが、そういう人は投資の基本が分かっていないといっていいだろう。いつ上がるかなんて誰にも分からない。
でも成長性や利益の実体がしっかりしている企業であれば、いずれその株価は正当に評価される時が来て上がる。それまで“待つ”のが投資家の大事な仕事なのである。

ウォーレン・バフェットの育ての親として知られる米国の投資家・ベンジャミン・グレアムがいっている「投資で本当に大事なこと」、それは、
(1)企業の価値は計測することができる
(2)その価値に比べて株価が安い時に買っておき、その乖離(かいり)が埋まることによって儲ける
(3)そのために時間を味方につける
という3つのことだ。
ここで出てきた「時間を味方につける」というのは、単に長期投資をしなさいということではない。価値と価格が一致するまで待つことを厭(いと)わないようにすべきだということをいっている。多くの場合、割安だった株価が本来の価値に修正されるまではかなりの時間がかかる。時間がかかることをよくないことだとして敵に回すのではなく、それを受容する(味方につける)ことができれば投資は成功するということをいっているのだ。
新刊『あなたが投資で儲からない理由』の中で「長期投資は必ずしもリスクを小さくするわけではない」と唱えているが、必ずしも長期投資自体をネガティブに考えているわけではない。むしろ投資で大きな成果を上げるには長期的に成長する企業の株式を根気よく持ち続けることで報われることが多い。
基本的に株式投資は長期投資のスタンス、“待つ”ということを考えておくべきだと思う。
積立インデックス投資で、プラスが増えない場合も買い続けるべきか
投資家にとって“待つ”ことが大事なのは、別に個別株の場合だけではない。インデックス型投信を積み立てで購入している人も“待つ”ことが大事だ。
投資信託、特にインデックス型投信は株式と異なり、基本的にはフェアバリュー(適正価格)というものはないし、市場には割高な株も割安な株もあるので、割安な時に買って“待つ”ということではない。そもそも「積立投資」というのは市場の環境が良い時も悪い時も一定金額で購入を続けることにある。だとすれば、“買って待つ”ことがないわけだから、一体何を“待つ”のか、と思うかもしれない。

積立インデックス投資で待つべきなのは、「経済の成長」である。インデックス投資というと特定の「市場の指数」、例えば日経平均とかTOPIXといった指数連動を目指す投資信託を購入すると考えがちだ。それは定義としては間違っていないが、より広い意味でのインデックス投資というのは特定の国の指数だけではなく、世界中の市場全体に分散投資をするという考え方である。これは「パッシブ運用」ともいわれる。
過去30年間を見ると世界経済全体の規模は拡大している。2020年の通商白書を見ると、1990年時点での世界全体のGDPは22.7兆ドルであったのに対して2019年時点では85.9兆ドルと4倍近くに拡大している。この間4倍以上に拡大した国も多いし、日本は停滞した30年間ではあったものの株式の時価総額で見ると2倍近くになっている。今後の30年間はどうなるか分からないものの、少なくとも世界で資本主義が続き、人口が増える限りにおいては経済規模が拡大することは間違いないだろう。
もちろん、その間、何度も大幅な下落はあると思う。リーマン・ショックしかりITバブルの崩壊しかり、過去にもそういう大きな下落はあった。しかしながら、積立インデックス投資は下がってもその安いところを買い続けていくわけであるから、世界経済の成長がトレンドとして途切れない限りやがて報われることになる。それを“待つ”のがインデックス投資なのだ。
長期投資では暴落時に売らないことが鉄則
そしてこれは個別株式投資でもインデックス投資でもすべてに共通することで、決してやってはいけないことがある。それは、少なくとも長期投資の構えで待つことを選択したのであれば、暴落時に絶対売ってはいけないということである(短期売買であれば別だ。早く逃げた方が損失が少ないことも大いにあり得るからだ)。
私は投資アドバイスをすることが仕事ではないが、もし仮に投資で大切なことを1つだけ教えてほしいといわれたら、躊躇(ちゅうちょ)することなく、この「暴落時に売ってはいけない」ということを挙げるだろう。
株は上がれば必ず下がるし、下がればいずれは必ず上がる。その動きに合わせて売買するのではなく、“待つ”ということが投資家の一番大切な仕事だということを覚えておいてほしい。
[日経ビジネス電子版 2021年8月3日付の記事を転載]
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「長期投資ならリスクは小さくなる」「リスクの大きいものはリターンも大きい」「初心者はまず投資信託から」――これらは実は、勘違い?
大手証券会社で投資相談を担当し、何万人もの個人投資家を見てきた著者が、「儲かる人」「儲からない人」の違いを分析。目の前にあふれる情報に振り回されず「自分の頭で考えて投資する」ための考え方の基本について紹介する。
大江英樹(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)