個人投資家の増える昨今だが、「株高につられて始めたものの、期待ほど儲(もう)かっていない」「思わぬ損をしてしまった」という嘆きの声を聞くことがある。なぜ、市場が活況にもかかわらず、たいした結果を残せないのか。それは「投資の原理原則を理解していないから」と、経済コラムニストの大江英樹氏はいう。今回は、個人投資家が心得ておくべき大原則について。株価好調の今だからこそ、いつか来る暴落に備え、3つの原則を理解しておくことには大きな意味があるという。 『あなたが投資で儲からない理由』 (日本経済新聞出版)より抜粋する。
暴落は、株価絶好調の宴の最中に始まる
いきなりネガティブな話のようで恐縮だが、投資というものは決して簡単なものではない。ましてや投資をすれば必ず儲かるということはあり得ない。
この数年間、世の中の風潮としては「貯蓄から投資へ」というのが一つの流れとなっており、誰もが投資をした方がいいという空気になっている。加えてアベノミクスが始まって以降は、紆余曲折(うよきょくせつ)はありながらも基本的には上昇相場が続いてきたため、この間に投資を始めた人は多かれ少なかれ上昇相場の恩恵を受けて利益を手にしている人が多いはずだ。
でもそれはこの数年間、たまたま運が良かっただけといえないこともない。
どんなに好調な相場が続いても、それが永遠に続くということはあり得ない。直近でいえば、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年3月に株式市場が大きく下落し、肝を冷やした人も多かったことだろう。たまたまコロナ禍での暴落は一瞬だったが、いつもそうとは限らない。今後もリーマン・ショッククラスの下落は10年に一度ぐらいの頻度で起きることは十分にあり得る。
私は1974年から証券会社で仕事をしてきたので、ほぼ半世紀近くにわたって株式市場を見てきたが、少なくともリーマン・ショッククラスの下落は4回経験をしている。そしてそんな暴落が始まる直前はまさに宴(うたげ)の真っ最中で多くの人が株価上昇の恩恵に酔いしれている時なのだ。

結果として多くの人が突然冷や水を浴びせられ、失望と怨嗟(えんさ)の念と共に株式市場から離れていくという場面を何度も見てきた。恐らくこれからもそういうことは繰り返されていくだろう。
長期・積立・分散投資が常に正しいとは限らない
過去には、投資を勧めてくるのは証券会社ぐらいしかなかった。ところが最近は銀行や郵便局も投資信託を販売しているので、あなたが持っている預金が満期になった時は投信を勧められることも多いはずだ。さらにブログやSNSが盛んになってきたことで、多くの成功体験を持つ投資ブロガーが情報を発信している。つまり昔に比べて比較にならないくらい投資へ誘引しようという圧力は強くなっているのだ。
そこで投資を始め、しかもそれがこの数年間、比較的うまくいっていることで、ますます投資の本質をよく理解しないままに投資をしている人が多いと感じる。
特に最近では「長期・積立・分散投資」を金科玉条のごとく信奉する人たちが増えてきており、これさえやっていれば長期的には損をすることがないとする主張が増えてきている。こうした投資手法は間違いではないし、多くの一般の人にとっては、比較的簡単にできて一定の効果があることは確かである。とはいえ、常に正しいというわけではない。
投資をおこなう上で必要なことは、
① 自分でリスクを取る勇気があること
② 自分の頭で考えること
③ 最低限の勉強をしておくこと
の3つである。
これは投資する人が持つべき心構えといっていいだろう。
「投資は誰でもできる」「考えるよりまず動け」の危険性
ところが残念なことにいつの時代も投資を始める人の多くはこの大原則をあまり理解していない。理解せずに投資を始めるからこそ、暴落がやってきた時にあわてて持っている株を手放し、資産を激減させて、「こんなはずではなかった」「騙(だま)された」などと嘆く。
まず初めに考えるべきことは、①「自分でリスクを取れるかどうか」である。よく「株式投資の儲けは不労所得」だという人がいるが、それは大きな間違いである。そういうことをいう人は「働く」ということの定義を誤解している。工場でモノを作ったり、それを売ったり、会計の計算をしたり、といった目に見える労働だけが仕事だと思っているのだろう。ところが会社の経営者はそういうことはしていない。トヨタ自動車の社長は自分ではネジ一つ作らないだろうし、ユニクロの社長だって店舗に立って洋服を販売することはないだろう。でも彼らは立派に仕事をしている。それは「リスクを取って判断する」という仕事だ。
人、モノ、金という経営資源をどこに投入するのが一番高いリターンが得られるのかを判断し、決断したら、あとは責任を取る、ということなのだ。リスクを取らない限り、お金を稼ぐことはできない。ビジネスでも投資でも全く同じことである。どこまでリスクを取る覚悟があるかによって得られるリターンの大小も変わってくるのは当然なのだ。

また、投資で最も大事なことは、②「自分の頭で考えて判断すること」だ。人に「何か良い投資対象はないか?」とか「どの株を買えば儲かるか?」と聞くのは全くナンセンスである。投資は失敗しても誰も責任をとってくれない、あくまでも自己責任なのであるから、どこまで行っても自分で考えて自分で判断するしかない。そのためには③「ある程度の勉強をしておくこと」も大事である。
にもかかわらず、「投資は難しいものではない」「誰にでもできる」といった甘い言葉に引き寄せられ、「何も考えなくてもいいから、まず始めた方がいい」といわれて投資を始め、そして損を出して後悔する人はとても多い。
高いリスクを取らなければ、高い収益を得るのは難しい
誤解のないようにいっておくが、私は投資はやらない方がいいといっているわけではない。もしできるのなら投資はした方がいいのだ。
数年前にフランスの経済学者トマ・ピケティが書いた『21世紀の資本』という本がベストセラーになったが、その中で注目されたのが「r>g」という公式である。このrは資本収益率、簡単にいえば投資による利益を指している。一方、gは通常の経済活動によって生まれる経済成長率のことであり、労働者の側から見ればどれぐらい給料が増えるかということを表しているといってもいいだろう。ここではr>gとなっているので、給料よりは投資収益の方が大きく、それが社会格差につながっていると述べられている。
でもこれは考えてみれば当たり前だ。なぜならr(投資収益)を得る源泉にはリスクが含まれているからである。サラリーマンよりはオーナー経営者の方が高いリスクを取って仕事しているのは当然で、その見返りとしてオーナー経営者には高い報酬がもたらされるのと同様、投資も高いリスクを取らなければ、高い収益を得ることは難しいということは先ほども述べた通りである。
取れるリスクの大きさは人によってさまざまなので、必ずしも高いリスクを取らなければならないということではない。
しかしながらリスクの大小は違っても、それを取る覚悟のある人だけが投資をおこなうべきであることは間違いない。なぜなら世の中に、リスクなしに大きな利益だけ得られるなどという、うまい話はないのだから。
[日経ビジネス電子版 2021年10月6日付の記事を転載]
SNS好きの人はなぜ危ないのか?
誰も教えてくれない投資の真実34
「長期投資ならリスクは小さくなる」「リスクの大きいものはリターンも大きい」「初心者はまず投資信託から」――これらは実は、勘違い?
大手証券会社で投資相談を担当し、何万人もの個人投資家を見てきた著者が、「儲かる人」「儲からない人」の違いを分析。目の前にあふれる情報に振り回されず「自分の頭で考えて投資する」ための考え方の基本について紹介する。
大江英樹(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)