個人投資家の増える昨今だが、「株高につられて始めたものの、期待ほど儲(もう)かっていない」「思わぬ損をしてしまった」という嘆きの声を聞くことがある。なぜ、市場が活況にもかかわらず、たいした結果を残せないのか。それは「投資の原理原則を理解していないから」と、経済コラムニストの大江英樹氏はいう。今回は、手元にある資産のうちどれだけを投資に回すのがよいかについて。よく「投資は無くなってもいい額で」などといわれるが、具体的には……? 『あなたが投資で儲からない理由』 (日本経済新聞出版)より抜粋する。

「投資は無くなってもいいお金で」の意味

 「投資は無くなってもいいお金でやりなさい」という人がいる。まあ“無くなってもいいお金”なんてあるわけないのだが、いわんとすることは「もしそれが全部無くなっても生活に支障をきたさない範囲内で投資をしなさい」ということだろう。

 これは間違ってはいない。もちろん、信用取引のようにレバレッジを掛けるとか、あるいは買った株の企業が倒産するといったよほどのことがない限り、投資したお金が全部なくなるということはないが、心づもりとしてはそれぐらいの余裕を持ってやりなさいということだろう。つまり投資をするにあたっては、決して「無理をしてはいけない」ということなのだ。

 価格変動のあるリスク商品、すなわち株式や投資信託に自分が持っている金融資産の何割を投資するかは、その人のリスク許容度がどれくらいあるかによるため、その割合は人によって異なる。

 仮に自分の金融資産が全部で1000万円だとして、その半分500万円をリスク商品に投入するとしよう。筆者なら、この500万円はあくまでも「リスク商品に投入する上限額」と考える。

「リスク商品用」に分けた額をすべて投資に回さず、何割かはキャッシュで持っておく(写真:Shutterstock)
「リスク商品用」に分けた額をすべて投資に回さず、何割かはキャッシュで持っておく(写真:Shutterstock)

手元に1000万円あったら、いくらまで投資に回すべき?

 つまり常に500万円の全額をリスク商品に投入するのではなく、その内の何割かはキャッシュ(預金)で持っておく方がよいと思う。要は投資するにあたっては、それが仮に投資用の資金だとしても一定の割合は現金で置いておくべきだと考えているのだ。この理由は長年投資をしている人であればわかるだろう。

 なぜなら、投資をしていて暴落に見舞われることはいつでも起こり得るからだ。人によっては「明らかにバブルだと思う時は一旦、全部売っておき、下がった時点でまた買えばいい」という人もいるが、失礼ながらそんなことをいう人は株式投資の経験のあまりない人か、よくわかっていない人だろうと思う。

 そもそも、いつがバブルなのかなどということは誰もわからない。バブルというのは弾けてみて初めてわかるのだ。それに、下がったところでまた買えばいいというが、実際に経験してみると、そんなことはまず不可能だということがわかるだろう。下がると誰もが「まだ下がるかもしれない」という不安にかられる。下がった時に底値近辺で買うなどということは、理屈はその通りでもなかなかできるものではない。

投資家が悔しくてたまらない2つのシーン

 特にリーマン・ショックやコロナショックのような時は、どんなに業績の良い会社でも連れ安となり株価は下落する。どこまで下がるかなどということの予測は不可能だ。何しろ企業実体が悪くて売られているわけではないのだから、理屈では判断のしようがない。

 そういう時は売らずに我慢すべきだし、もし手元に現金があれば買い増しをすればいい。その場合も少しずつ買い、さらに下がればまた買うといった方法でいい。買い増しの時には、先の1000万円の例でいう「リスク商品に投入する用」の500万円のうち、手元に残しておいたキャッシュを使う。そういう時のために常に投資用に一定の現金を持っていた方がいいのだ。

 今までいろいろな投資家の人に意見を聞いてきたが、一番悔しいのは「売った株がその後上がったこと」と「下がっている時に投資に回せるお金がなくて買えない」ことだという。これは私自身の経験からも全く同じ気持ちだ。

 これを避けるには、①「暴落時に怖くなって慌てて売らないこと」、そして②「常に買い増しができるように一定の現金は持っておくこと」、が大切だといえるだろう。

「あの時、手元にキャッシュがあれば買えたのに……」と思うことほど、投資家にとって悔しいことはない(写真:Shutterstock)
「あの時、手元にキャッシュがあれば買えたのに……」と思うことほど、投資家にとって悔しいことはない(写真:Shutterstock)

乾坤一擲の大勝負より、楽しみながら資産運用を

 中には自分の許容限度額いっぱいに投資をしているところで暴落が来ると、「ここが勝負時!」とばかりに、本来は安全資産として持っているお金もつぎ込む豪気な人もいる。しかしながら、それは明らかに「無理をしている」ことになる。

 まあ、乾坤一擲(けんこんいってき)、勝負を賭けるというのもあっていいのだが、その場合怪我(けが)が大きくなるかもしれない覚悟はしておかなければならない。仮にそんなことになって自分の資産が大幅に減ったとしても「また働いて稼げばいい」と思える人ならともかく、それが嫌ならやはり投資に回す金額には自分で決めた上限を設けておくことだろう。

 実をいうと、株式投資で大きな財産を作った人の中には、かなり無理をして大勝負を賭けたことで大きく儲けた人も一定割合はいる。というか、何十億円もの資産を作った人は、それが株式であれ、不動産であれ、一度はそういう大きな勝負は経験しているはずだ。何度もいうようにリスクを取らない限りリターンを得ることはできないからこそ、まさに乾坤一擲の勝負をして勝った人は大きなご褒美を得ることができたということなのだろう。 

 しかしながら私も含めて大多数の人はそこまでリスクを取って勝負を賭ける必要はないだろう。投資の目的は人によって異なるが、多くの人にとっては、楽しみながら資産を少しずつでも増やすことが目的のはずだ。であるなら、投資で一番大切なことは「決して無理をしない」ということである。

日経ビジネス電子版 2021年10月7日付の記事を転載]

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大江英樹(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)