個人投資家の増える昨今だが、「株高につられて始めたものの、期待ほど儲(もう)かっていない」「思わぬ損をしてしまった」という嘆きの声を聞くことがある。なぜ、市場が活況にもかかわらず、たいした結果を残せないのか。それは「投資の原理原則を理解していないから」と、経済コラムニストの大江英樹氏はいう。今回は、リスクを抱えることの不安から逃れたい個人投資家がとりがちな行動について。他人に「お薦め銘柄」を聞いたり、誰かの必勝法を鵜呑(うの)みにしてそのまま真似(まね)したりする人は長期的にみて儲からないというがその理由は? 『あなたが投資で儲からない理由』 (日本経済新聞出版)より抜粋する。
「儲かる銘柄」を聞く投資家たちの心理
投資というのは、先の不確実なものに賭ける行為であるから、人間であれば誰しも不安になるのは当然だ。しかしながら、投資で成功するためには、そうした不安を全て自分で受け止め、しっかりとリスクに向き合わないといけない。
ところが多くの人はそうしたことから逃げたくなる。結果としてどういう行動を取るかというと、それは大きく2つに分かれる。
① 誰か人に聞く、教えてもらう
② 特定の投資手法だけを信じ込みそれに従ってやる
いずれの行動にも共通することは、何かを信じてそれにすがり、自分でリスクと向き合うことから目を背ける、あるいは逃げるということだ。しかしながら、不安な気持ちから逃げずにそれと真正面から向き合って自分で考えて判断をしないことには絶対に儲からない。そういうことをするのが嫌だというなら投資はしない方がいい。
「投資のプロ」にも確実に儲かる銘柄なんてわからない
① についていえば、判断を人に委ねることでリスクから逃げようとしているといえる。もちろんわからないことは人に聞けばいいが、「投資する銘柄」や「タイミング」を聞くのはやめた方がいい。
筆者も時々、「今買うなら何がいいですか?」ということを聞かれることがある。筆者はFPでも投資助言業でもないので、そういう質問には一切答えない。自分の意見として市場の見通しや成長が見込める業種や企業について言及することはあるが、それはあくまでも自分個人の意見であって、正しいかどうか、その通りになるかどうかなどということはわからない。

これをいってしまうと実に身も蓋もないのだが、そもそも、投資の世界でアドバイザーといわれる人たちができることには限界がある。多くの素人投資家は「儲かる銘柄を教えて欲しい」と思っているだろうが、そんなものプロであろうがなかろうがわかるはずがないのだ。お金を払って相談を受けるプロからのアドバイスであったとしても彼らの力を借りるのは、考え方とかデータの見方、判断の仕方を参考にするぐらいのもので、最終的には自分の頭で考えて自分でリスクを取って投資をするしかない。
できるだけ幅広い人たちの意見を聞き、その上で、自分で考えて判断するということであればいいが、「何か儲かる銘柄はないか?」と人に聞いて回ったり、雑誌の袋とじ銘柄を信じて買ったりすることはしない方がいい。
体験を絶対視することはなぜ危険なのか
また、②については特定の投資手法を信じることで不安心理から逃れようとする行動である。よくありがちなのは、1つの運用手法を信じ込んでしまい、これが絶対と考えてしまうことだ。「チャート主義」も「長期・積立・分散投資」もそれだけが唯一絶対正しいわけではない。
筆者はいずれの方法も否定するものではないが、物事には何事も一長一短がある。チャートを分析して売買をするのは、短期取引には有効だが、長期投資にとってはあまり意味がないし、「長期・分散・積立投資」を投資信託でおこなうのは手間がかからず、自分で考えなくてもいい便利な方法ではあるが、それほど多く儲かるというわけでもない。
人は自分の成功体験や失敗体験から学ぶことが多いが、問題はそれらを絶対視してしまいがちになることである。
例えば、外資系金融機関で長年運用をしていた人や証券会社の優秀なトレーダーとしてよく知られた人が「長年、運用の世界にいたが、なかなかうまくいくものではない。やっぱり積立投資が一番だ」と発言すると、「ああ、あんなに外資系で有能だった人でも積立投資を勧めるのか!」と思い込む人がいる。
でも、ひょっとしたらその人は実は単に運用が下手だっただけなのかもしれない。また一種のハロー効果(*1)もあるだろう。事実、それほど有名な人でなくても長年にわたって運用で素晴らしい成績を上げている地味な人はいくらでもいる。
ある対象を評価するときに、目立ちやすい特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪(ゆが)められる現象のこと。仏像の光背のように光り輝いて見えるという心理からハロー(Halo=光背)と名付けられている。この場合、外資系金融機関等で長年働いていたという事実と運用の才能があるということは全く別なのだが、肩書やキャリアを「ハロー」として勘違いすることといっていいだろう。

投資の世界で「絶対に正しい」といえることは2つだけ
何よりも一番大事なことは、当連載の前々回『株価暴落は突然やってくる。「その日」のために心得るべきこと』でも書いたように、頭を柔らかくし、かつ自分の頭で考えるということだ。筆者は「個別株式の長期保有」を運用の中心としているが、これだって状況の変化でうまくいかないことはあるし、これさえやっていればいいとは少しも思っていない。一方では積立投資をもう20年近く続けているし、株式の短期売買だってやっている。それらは全く考え方ややり方の異なるものであるから、常に頭を柔軟にしておく必要がある。
冒頭の話に戻ると、人は先の見えないもの、不確実なことに対して不安を覚えるのは自然なことだ。それが「リスク」というものである。
でもリスクを取らなければリターンを得ることはできないということも又事実である。面倒なことや不安なことは避けて、それでも儲けたいという気持ちはわからないでもないが、投資に必要なのはなによりも「勇気と覚悟」なのである。
何もわからなくても、まず投資を始めればいいという安易な誘いには乗らないのが賢明だ。また、投資の方法に正解はただ1つではないということを理解し、常に頭を柔らかくして、様々な選択肢を否定しないことも大切だ。投資で唯一絶対正しいことは「先のことは誰もわからない」ことと「世の中にうまい話はない」ということだけである。後は全てを疑って考えると共に思い込みを排することが必要である。
「勇気」と「思考力」と「少しの勉強」は投資をするためには欠かせないものだ。投資はどこまで行ってもリスクと向き合うことから逃れられないということをきちんと覚悟すべきだろう。
[日経ビジネス電子版 2021年10月8日付の記事を転載]
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「長期投資ならリスクは小さくなる」「リスクの大きいものはリターンも大きい」「初心者はまず投資信託から」――これらは実は、勘違い?
大手証券会社で投資相談を担当し、何万人もの個人投資家を見てきた著者が、「儲かる人」「儲からない人」の違いを分析。目の前にあふれる情報に振り回されず「自分の頭で考えて投資する」ための考え方の基本について紹介する。
大江英樹(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)