日本企業の強みは「現場力」「改善力」といわれてきました。しかし、その裏返しとして、個別最適に陥り、全体を見渡す力が著しく欠けていると指摘する日本共創プラットフォーム(JPiX)会長の冨山和彦氏。その傾向が、値付けや値上げにおける悪徳ともいえる企業努力と、企業・労働者の疲弊につながっているといいます。どうすれば強みを生かし、新たな成長につなげていくことができるのでしょうか。経済学者の慶應義塾大学の星野崇宏教授・政策研究大学院大学の安田洋祐教授が、冨山和彦氏をゲストに議論します。
多くの日本人が実は苦手な「積分」的思考法
冨山和彦氏(以下、冨山) 前回 のメインテーマであるプライシングもそうなんですが、日本企業が抱える問題の根っこには、もっと深い思考様式の問題があると僕は思っています。端的に言うと、日本人は「微分」が得意で「積分」が苦手なんです。
安田洋祐(以下、安田) 微分と積分ですか?
冨山 そう。細かく細かく分けて、個別の問題を解決していく「微分的思考」は日本人の得意技です。QC(品質管理)活動なんてまさにそうでしょう。製造現場で「この工程のこの部分を0.1秒短縮できないか」と延々と議論して、改善を積み重ねていく。これは本当にすごい。トヨタ生産方式が世界中で研究されるのも、この微分能力の極致だからです。
ところが、その逆方向、つまり「抽象化して統合する」「全体を俯瞰(ふかん)してメタな視点で戦略を立てる」という積分的思考が圧倒的に弱い。学者も経営者も、本来は物事を抽象化して普遍化するのが仕事じゃないですか。ところが日本人は、基本的に思考の方向が具体化向きです。

ボストン コンサルティング グループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年、産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、07年、経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。20年、日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立。東京大学法学部卒業、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。近刊に『日本経済AI成長戦略』(文藝春秋)がある。(写真=尾関祐治、以下同)
星野崇宏(以下、星野) たしかに、私がコンサルに入っている企業の方と議論をしていても、「全社的な利益最適化」ではなく、「この部署の赤字をどうするか」という話に終始しがちです。
安田 ある部署が赤字だと、その部署単体で黒字化しようとする。でも、全社で見たときに、その部署は他部署の利益を支える重要な役割を果たしているかもしれない。そういう「全体最適」の視点がなかなか出てこない。
冨山 そうなんですよ。で、あまりに赤字が続いている部署について「そもそもその部署、やめちゃったらどうですか?」なんて言おうものなら、「お前は何様だ」みたいな空気になるんですね。前提を変えるという発想がタブー視されているんです。それで「今あるルールの中で、通達や解釈でなんとかできないか」という解釈学的なアプローチに逃げ込んでいるのが、多くの企業の現状だと思います。抽象化して考えることがそもそも苦手なんでしょうね。
「抽象的」は海外では褒め言葉 なのに、日本では悪口になる理由
安田 興味深いのは、日本語の「抽象的」という言葉の使われ方ですね。日本で「君の話は抽象的だね」と言われたら、それは「あいまいでよく分からない」という批判ですよね。
冨山 そう! それがまさに問題なんですよ。“抽象的”を英語に訳したら「vague(あいまい)」と捉えられてしまうんです。でも本来、英語で「abstract(抽象的)」といえば、「本質を捉えている」「エッセンスを抽出している」という褒め言葉です。論文の最初に出てくる「Abstract(要旨)」がまさにそれでしょう。
安田 ロスト・イン・トランスレーションですね。翻訳の過程で本来の意味とはまったく変わってしまっています。
冨山 だから日本の組織では、「抽象化する」ということが、煙たがられてしまう。抽象化した先に本質があることに気づかず、抽象化しようとする人、つまり本質的に考えようとする人ごと排除しようとする空気があります。僕がそういう「そもそも論」を社外取締役をしている企業の会議で言ったりすると、「冨山さんは自由でいいですね」って言われるわけ(笑)。いや、自由だから言っているんじゃなくて、この会社潰れるんじゃないか、その前に本質を捉え直さなければいけないんじゃないかと思って言っているのだけど、と。
星野 「具体的に」「現実的に」という言葉で、本質的な議論が封じられてしまうのですね。
冨山 で、それが圧倒的に強化されたのが、戦後の高度経済成長期以降だと僕は思っています。戦後の立ち上がり期、つまり敗戦直後は、どうしても「そもそもこの国どうする?」という抽象的な議論をせざるを得なかった。前提が全部壊れたから。ところが憲法ができ、民法・刑法が整備され、高度成長が始まると、だんだん「特別法」とか「解釈」のゲームになっていった。
要するに、「法律の基礎をいじる」というそもそも論ではなく、「今あるルールの中で、どう細かく調整するか」という微分的対応に終始するようになったわけです。ずっと会社の中で、すごく微分的な世界で生きてきた。「この製品のこの部品の精度を上げる」みたいな、具体的思考ばかりが強化されている。そんなことを組織の中でずっとやっていると、抽象化する能力は育ちません。
安田 そして、それを何十年も続けてきたと。
冨山 だから、本当に前提が大転換するとき、例えば今のデフレからインフレへの転換とか、人余りから人手不足への転換には、対応できなくなるんです。これが日本の現状だと思いますよ。
抽象化を避け続ける限り抜け出せない泥沼に気づいているか?
安田 「微分と積分」の話でもう一つ思ったのですが、日本の賃金制度も「積分できない」問題と関係ありませんか?
冨山 どういうこと?
安田 定期昇給の話です。日本には「定期昇給」があるから、毎年ある程度は給料が上がる。だから、今年ベースアップがゼロでも、「まあ昇給はあるし」と思ってしまう。でも本来、賃金って生涯で稼ぐ総額、つまり積分値で見るべきじゃないですか。
現状としては、定期昇給だけだと賃金の上昇がインフレに追いついていない。つまり実質賃金は下がっている。それにもかかわらず、一人ひとりのビジネスパーソンは、その積分ができていません。

冨山 ああ、なるほど。たしかに、雇用する側から見ると、新卒を一人採用するというのは、その人の生涯賃金という「借金」を背負うのと同じなんですよ。見えない負債がB/S(バランスシート)に乗るようなもの。でも、たぶんそうは考えない。
安田 従業員の側も、「新卒の給料がいくら上がった」というニュースには目がいくけど、「その人が60歳まで働いたときに、いくらもらうか」という積分値には目が届かない。賃金カーブが寝ていれば、仮に最初は上がっても、退職までのトータルで見るとそんなに増えていないということが平気で起きる。
冨山 年功序列の弊害でもありますね。年齢に応じて給料が上がっていくカーブがあるから、「何となく昇給が起きている感じ」を持ってしまう。実際には、そのカーブ自体がどんどん寝てきているんだけど。
安田 経営者だけでなく、ごく普通に働く会社員も、起こっていることを「積分」で見ないと、本当は何が起きているかは分からない。
星野 企業側も、単年度のPL(損益計算書)の人件費しか見ていないから、長期での人件費総額という「積分」を意識しにくいのでしょうね。
「アリの目」「トンボの目」「人間の目」を行き来できるか
冨山 みんながもう気づいているかどうかは分からないですが、実は今、日本の大企業のサラリーマンって最もつぶしが利かない職種になっているんです。それでみんな「何とか65歳まで会社にしがみつこう」というインセンティブで動いている。そうすると、長期契約でロックインされた状態だから、前提を変えるようなチャレンジには消極的になる。「とにかく会社が存続すること」が最優先になるので、抽象的な議論や、そもそも論を避けるようになる。
結局、優秀な経営者というのは、具体と抽象を行ったり来たりできる人なんですよ。よく「虫の目、魚の目、鳥の目」とか言うじゃないですか。あれと近いんです。城山三郎の表現だと、「アリの目、トンボの目、人間の目」。
安田 ミクロとマクロを自在に往復するということですね。
冨山 目の前の具体的な問題が、現場のやり取りのような微分的なアプローチで何とかなる問題なのか、それとももう一段上がって、抽象化して考えないと解けない問題なのか。それを見極める力が必要なんです。
昨今の値上げ、つまりプライシングの問題も同じですよね。目の前の値上げ交渉をどうするか、というのは微分の話。でも、「そもそも我々のプライシングがなぜこうなってしまうのか」という根本原因を考えるのは積分の話。後者にチャレンジして、本当に合理的なプライシングをしようと思ったら、例えば「半分の取引先を切る」という覚悟が必要になる。そうすると共通固定費をどうするかという、さらに抽象度の高い問題に直面する。
星野 その「共通固定費」の議論こそ、まさに全体最適の話ですね。利益でなく売上数量やシェアの維持を真っ先に考えてしまう( 前回 )のは、プライシングによって変わる変動費と共通固定費の全体最適化という発想に慣れていないからですよね。

冨山 日本企業が最も苦手とする領域です。人件費が固定費化しているから、売り上げが減ると怖い。だから値下げしてでも売り上げを確保しようとする。でも、それをやり続けると、粗利が減って、結局は事業の持続性がなくなる。
本当は勇気を持って、「もうからない仕事は切る」と決めて、共通固定費にメスを入れるべきです。でも、それには抽象的・俯瞰的に全体を見る力が必要で、多くの日本企業はそこができていない。
安田 一般に、大学教員や研究者は抽象化が得意です。まあ、具体性がなさすぎて、机上の空論といわれてしまうことも多いのですが…(苦笑)。そう考えると、2020年に我々が創業したエコノミクスデザインが行っているように、大学教員がビジネスの世界に入り、抽象的なアプローチを提供するサービスには意義がありそうです。
冨山 ビジネスパーソンだけでやっていると、どうしても具体論、微分論に終始しちゃう。そこに学者が入ることで、「そもそも論」ができるようになる。それが、今の日本企業には決定的に欠けている視点でしょうね。
お二人と話していて、次の本のテーマを思いつきました。『積分のできない日本人』。出版社に提案してみようかな(笑)。
安田 いいタイトルですね(笑)。

(構成=加藤純平)