2024年11月に行われた米国大統領選挙は、大手メディアによる「大接戦」予想が外れ、ドナルド・トランプの圧勝となった。経済アナリストとしてアメリカの情報を発信している安田佐和子さんが選ぶ、「トランプ2.0」を考察するための本、1冊目は『それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史』(会田弘継著/東洋経済新報社)。

大手メディアのミスリード

 2024年11月の米国大統領選では、大手メディアによる「大接戦」予想とは異なり、ドナルド・トランプの圧勝となりました。2025年1月20日には大統領就任式が行われ、第2次トランプ政権が始まりました。そこで今回は「なぜ、トランプが再選したのか」「トランプの強さの理由は何か」を考察するための本3冊を紹介したいと思います。

 実は私自身、トランプが再選してホッとしました。というのも、少なくともジョー・バイデンが米大統領選から撤退する以前から「トランプが勝利する」と公言していたからです。外してしまうと、ニューヨーク在住10年という肩書に傷がつくな、と感じていました。

 冗談はさておき、メディアでは一時「カマラ・ハリス優勢」も伝えられていたのにもかかわらず、なぜトランプが再選したのか? と疑問に思う人も多いでしょう。しかし、メディアで「ハリス優勢」を伝えていたのは、基本的にニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストといったリベラル系の大手メディア、トランプ氏やその支持者が言うところの「メインストリーム・メディア(MSM)」でした。X(旧Twitter)や世論調査を見れば、非白人層を含めトランプの支持の広がりが見えてくるにもかかわらず、接戦の様相を伝え続けていたのは印象的でした。

「トランプの勝利は民主党の自滅が大きいです」と話す安田佐和子さん
「トランプの勝利は民主党の自滅が大きいです」と話す安田佐和子さん

 「トランプ優勢」と言われていたアイオワ州では、2024年11月2日に地元紙のデモイン・レジスター電子版が、世論調査の結果をもとにハリスの支持率47%、トランプ44%と伝えました。投票日直前ですから、この数字は選挙にも影響を与えます。

 トランプはこのニュースに憤慨し、その姿は「マッドマン」そのものでした。しかし、そもそも世論調査の結果というのはサンプル対象者によって変わります。トランプが怒るのにも一理あります。そしてトランプの支持者はこういうニュースを知って、ますますトランプ支持に傾くことになりました。

「幸福な国はトランプを選ばない」

 では、なぜトランプは支持されるのでしょうか。1冊目に紹介するのはズバリのタイトルの本『 それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史 』(会田弘継著/東洋経済新報社)です。本書は「なぜ、トランプは強いのか」を米国建国以来の保守思想をさかのぼって解説していきます。

『それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史』(会田弘継著)。序論で「トランプは原因ではない、結果なのだ」と書く。画像クリックでAmazonページへ
『それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史』(会田弘継著)。序論で「トランプは原因ではない、結果なのだ」と書く。画像クリックでAmazonページへ

 序論では元FOXニュースのコメンテーター、タッカー・カールソンの著書『愚者の船』(未邦訳)にある「幸福な国はトランプを大統領に選んだりしない。絶望している国だから選んだのだ」「トランプを選ぶことで、政治家やエリートにクソ食らえといっている」という言葉を引用し、見放されてきた人々の「絶望」を指摘します。

米国全資産の7割近くを10%の世帯が握る

 ではその「絶望」とは何でしょうか。2023年の米国世帯資産を見ると、上位10%の世帯が全世帯資産の66.6%を占めています。すなわちアメリカが人口10人の国だとすると、資産の7割近くを1人が握り、下位の5人の資産は全員合わせても1人の金持ちの25分の1程度に過ぎないということです。

 統計数字でピンとこなければ、ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットという3人の大富豪の資産合計は、下位50%の国民の総資産合計に並んでいるそうです。

 こうしたすさまじい社会格差は健康面にも表れます。主に高卒以下の白人労働者階級では、働き盛りの45歳から54歳の死亡率が1990年代末から上昇。自殺、薬物中毒、過剰飲酒による彼らの死は「絶望死」と名付けられるようになりました。

 生活がいっこうに楽にならないという絶望感の中で発芽したのがポピュリズムで、その不満の受け皿となったのがトランプです。高卒以下の白人は圧倒的にトランプを支持しており、白人中年層の死亡率の郡別地図と、大統領選でトランプが勝利した州は重なっています。

 本書では二大政党の思想の変遷を追う中で、米国の社会格差の拡大は、二大政党の「共犯」によるものと述べます。米国で起きている問題は、右派と左派の闘争ではなく、上下の分断だと書かれているのが印象的でした。

 現在、共和党は「保守」「製造業の労働者や農村部に暮らす人々の党」、民主党は「リベラル」「都市部に住む高学歴でお金持ちの党」、というイメージが強くなっています。しかし、この二大政党は時代によって方向性や支持基盤を変え、妥協してきました。

 南北戦争の時代(1861~1865年)、エイブラハム・リンカーンが奴隷解放を訴え、共和党の初代大統領となりました。市場を重視し、政府の介入を最小限とする「小さな政府」が基本姿勢でした。ところが、リチャード・ニクソンの時代(1969~1974年)になると、「ニューディール連合」によって大きな政府に方針転換。物価賃金統制や飢餓対策などの対策を打つものの、ニクソンはウォーターゲート事件で失脚。その後、共和党は民間の活力を重んじ、再び「小さな政府」を主張する一方で、伝統的価値観の復活や強い反共産主義に力点を置く「フュージョニズム(融合主義)」の保守勢力が台頭してきます。

 対する民主党は政府が積極的な役割を果たす「大きな政府」路線で、福祉や人権を重視し、都市労働者、知識人、マイノリティー、南部の保守層の支持を得てきました。そして、ニューディール連合でリベラル政治が優位となった際に、共和党から票を奪います。その後、ベトナム戦争への介入と敗北、政府債務の拡大や石油高騰などでスタグフレーション(景気後退とインフレの同時進行)に陥りました。

民主党離れはなぜ起きたか

 1981年、共和党のロナルド・レーガンへ政権が移ると、民主党は「民主党指導者評議会(DLC)」を打ち立て、ネオリベラリズム(小さな政府)化=ニューデモクラット(第3の道)によって再起を試みます。民主党は、金融、IT、軍需産業に支持を仰ぐようになり伝統的な支持基盤であった労働組合や製造業離れを起こします。

 一方、内政ではアイデンティティー・ポリティクス(ジェンダー、人種、性的指向、障害などの特定のアイデンティティーに基づく集団の利益を代弁して行う政治)重視へとシフトし、白人男性層の反発を招いていきます。

 バラク・オバマ(2009~2017年)はとりわけ黒人系初の大統領という立場から、女性や非白人の登用を進めました。共和党ジョージ・W・ブッシュ政権時代に起きたリーマン・ショック(2008年)後の不況に対応するため、景気刺激対策を取りましたが、その額は7870億ドル程度(GDP比で5.7%)で、国民の生活を底上げするまでにはいたりませんでした。

 歴史にIfは禁句ながら、もし、このときにオバマがもっと大胆な景気刺激策を実行していたら米国の歴史は違っていたでしょうし、民主党の自滅は防げたかもしれません。

 トランプの圧勝は民主党によるエリート政治からの揺り戻しであり、根底には社会格差への絶望があります。米国で何が起きているのかを知るためにも、ぜひ読んでほしい1冊です。

文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか