2025年1月20日に始まったトランプ第2次政権は、世界を大きく揺さぶり始めている。経済アナリストの安田佐和子さんが選ぶ「トランプ2.0」を考察するための本、第5回は『アメリカ帝国主義 成立史の研究』(高橋章著/名古屋大学出版会)。本書は世紀転換期のマッキンリー大統領の時代を分析しており、トランプ政権の政策は、マッキンリーに影響を受けていることがよく分かる。

トランプが敬愛するマッキンリーとは?

 トランプは19世紀末の米国大統領ウィリアム・マッキンリーを自らのロールモデルにしていると言われます。2025年1月20日の就任演説で、トランプはマッキンリーを「偉大な大統領」と持ち上げ、「関税と才能を通じて米国を非常に豊かにした。彼は生まれながらのビジネスマン。彼がもたらした資金により、テディ(セオドア)・ルーズベルト元大統領は多くの偉業を成し遂げることができた」と語りました。さらにトランプは、北米最高峰であるアラスカ州のデナリ(2015年にオバマ元大統領が先住民族の伝統的な地名に改称)の名をマッキンリーに戻しました。

 今回取り上げる本は『アメリカ帝国主義 成立史の研究』(高橋章著/名古屋大学出版会)です。本書は、建国以来の米国の膨張主義の伝統を振り返り、当時の思想家による帝国論や、内政・外交との関連にも光を当てた専門書ですが、マッキンリーの足跡が詳しく紹介されています。

 マッキンリーは、1898年の米西戦争の時の大統領です。米西戦争は、米国とスペイン帝国の間で起きた戦争で、米国が世界強国になるきっかけとなりました。『帝国主義論』を書いたレーニンは「米西戦争は『世界史的には世界最初の帝国主義戦争』だ」と言っています。

『アメリカ帝国主義 成立史の研究』(高橋章著/名古屋大学出版会)(写真:スタジオキャスパー)
『アメリカ帝国主義 成立史の研究』(高橋章著/名古屋大学出版会)(写真:スタジオキャスパー)

 マッキンリーは1897年に大統領に就任し、2期目途中の1901年に暗殺されました。在任中には米西戦争に勝利し、ハワイを合併、フィリピンとカリブ海のスペイン植民地を米国の保護下に置きました。彼は共和党下院議員だった1890年に「マッキンリー関税法」という高率の保護関税を提案し、「タリフマン」(関税男)と呼ばれています。

落選の後に復活

 その後、一部の有権者に関税が不人気であったことから、下院議員選挙に落選。そして、オハイオ州知事を経て、共和党大統領候補となり、1896年大統領選に勝利します。一度選挙に敗れた後で復活する姿にも、トランプは親近感を覚えているのかもしれません。

 マッキンリーは南北戦争に従軍した最後の大統領でもあります。戦後は鉄鋼や自動車を中心とした第二次産業革命が起き、米国は黄金期に向かい始めました。しかし、その後大量生産の反動から長期不況が起き、マッキンリーが大統領に就任する前の1893年に、米国は3度目の恐慌に陥りました。

 マッキンリーの関税政策はこの恐慌前に打ち出されました。欧州の列強に対し、自国経済と製造業を保護する意図があったためです。同時に、マッキンリー時代の米国は、まさに農業中心の輸出国から工業大国へと移行する時期にあった点は留意すべきです。

 経済史家のダグラス・アーウィンは「1890年から1910年にかけて、米国は農産物を主に輸出し、工業製品を輸入する貿易パターンから、工業製品の純輸出国へと劇的に転換した」と評価します。マッキンリー関税法は、その変革の頂点で制定されたと捉えられるとともに、米国が工業大国の仲間入りを果たした証左であり、歴史的な必然と言えるのではないでしょうか。連邦所得税が導入された第1次世界大戦前の1913年まで、関税が歳入を支えることとなります。

当時と似通う社会状況

 一方で、3度目の恐慌による経済危機は、社会不安を引き起こしました。鉄道労働者のストが起きた際には警察や州兵、連邦正規兵が出動する事態になりました。こうした状況は、昨今の不法移民の急増による社会不安増大、州兵の派遣とも重なるかもしれません。

 また、マッキンリーは大統領選に臨む際に金本位制、高率関税、互恵通商を主張しました。これも暗号資産を準備資産として活用することを目指し、高率の関税と相互関税を打ち出しているトランプと似ていますね。

 ちなみにマッキンリーが大統領選に出馬した際、対立候補に選ばれたのが民主党のW・J・ブライアンでした。ブライアンは南部と西部の農民層の怒りを代弁し、金(きん)よりも鋳造しやすい銀貨の自由鋳造を唱え、鉄道会社と「独占」を攻撃し、ポピュリスト勢力を取り込んで、選挙戦を展開しました。

「関税は、米国が工業大国へシフトした歴史の必然」と話す安田佐和子さん(写真:小野さやか)
「関税は、米国が工業大国へシフトした歴史の必然」と話す安田佐和子さん(写真:小野さやか)

 このときブライアンの演説を目撃した歴史家のブルックス・アダムズは、「革命」が起きていると感じ、ブライアンよりは共和党のマッキンリーのほうがましだと考えたそうです。

 このブルックスの厭世(えんせい)的なまなざしは、バイデン政権によるDEI(多様性・公平性・包括性)重視やバラマキ政策に嫌気がさし、トランプに投票した人々と重なって見えてきます。

 マッキンリーが1896年の米大統領選で、ウォール街の金本位制確立の要求を掲げ、労働者層にも幅広く支持を得て勝利したことは、米国に新たなコーポラティズム体制を生んだと言えます。それは、思想家・歴史家のヘンリー・アダムズが名付けた「マッキンリー主義」という言葉に象徴されます。巨大企業支配体制を認め、その規制と合理化を目指しつつ、対外的には連合・協調を進め世界市場進出を図ると同時に、国内の労働者層を「生産第一主義」により統合する戦略です。もっと分かりやすく言えば、「海外膨張(領土拡大など)・労使協調・生産性向上」の体制と位置づけられ、米国が1890年代以降の世界経済で台頭する礎を築いたと言っても過言ではありません。

 トランプは巨大IT企業の解体やデジタル課税に反対する反面、製造業の復活や雇用創出を強調しますが、マッキンリー主義に通じるものがあります。もちろん、トランプ2.0では領土拡大を意味する海外膨張ではなく、覇権維持に言い換える必要がありますが、関税の強化を通じ歳入を確保するだけではなく、関税や非関税障壁を引き下げ米国の世界市場進出を支援し、製造業の復活を通じて労働者を守り、米国を再び強国に戻す。それを本気でやろうとしているのだと思います。

 マッキンリーは、「タリフマン」と自称したとされますが、暗殺される直前に行ったニューヨーク州バッファローの博覧会で行った演説を忘れるべきではありません。「もはや孤立は不可能であり、また望ましくない」、「排他の時代は過ぎ去った」と、貿易促進への転換を示すものでした。この演説は、2期目の基調演説と位置づけられるはずだったと言います。

 トランプも、関税を交渉カードとしたマッキンリー主義の先に、公平な通商条件がもたらす製造業の復活をみているのではないでしょうか。逆説的ながら、交渉によって関税が引き下げられ、非関税障壁の撤廃につながり、公平な競争の場が提供されると信じているかのようです。次回は「アメリカ・ファースト」を目指すトランプ政権の外交政策に関する本を紹介します。

取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)