2025年1月20日に始まったトランプ第2次政権は、世界を大きく揺さぶり始めている。経済アナリストの安田佐和子さんが選ぶ「トランプ2.0」を考察するための本、最終回は、米国国防総省国防次官であるエルブリッジ・A・コルビーの著書を取り上げる。コルビーは、中国がアジアで圧倒的な覇権を握るのを阻止すべきだが、それは中国打倒を意味するものではないと説く。

米国の本音は「ウクライナより対中国」

 前回までは米国にまん延する共産主義的な風潮、トランプが敬愛するマッキンリー大統領の時代についての本を紹介しました。今回は米国の対中国戦略が分かる本についてお話しします。

 2025年2月に米国は中国に対する追加関税を発動。中国はすぐさま報復措置を講じ、米中間の全面的な貿易戦争に突入しつつあります。

 多くの人が気になるのは、米国と中国の間で貿易戦争だけではなく、台湾有事をはじめとした「本当の戦争」が起きるかどうかではないでしょうか。今後、米国がどのような対中軍事戦略をとるのかが見えてくるのが、米国国防総省の国防次官であるエルブリッジ・A・コルビーが書いた『 アジア・ファースト 新・アメリカの軍事戦略 』(文春新書)と、『 拒否戦略 中国覇権阻止への米国の防衛戦略 』(塚本勝也、押手順一訳/日本経済新聞出版)です。『アジア・ファースト』は最初に読む本として最適で、『拒否戦略』ではより突っ込んだ内容が分かります。

『アジア・ファースト 新・アメリカの軍事戦略』(エルブリッジ・A・コルビー著)(写真:スタジオキャスパー)。画像クリックでAmazonページへ
『アジア・ファースト 新・アメリカの軍事戦略』(エルブリッジ・A・コルビー著)(写真:スタジオキャスパー)。画像クリックでAmazonページへ

 著者のコルビーが優れているのは、軍事と経済、両方の知識があることです。専門家は軍事なら軍事、経済なら経済と、どちらかにどっぷりつかる傾向がありますが、彼は非常にバランスがいい。経済の指標から軍事を語るという意味では珍しい2冊でもあります。

 でも、私が思うに軍事も政治も経済の成果物です。経済に合わせて大統領選も動きますし、そもそも巨額の防衛費は誰がどこから払うの? と。やはり軍事を語るには経済的な知識が必要で、コルビーは『アジア・ファースト』の中でも、自分自身を「リアリスト(現実主義者)」だと繰り返し述べています。

アジアはパワーの集積地

 なぜ米国の軍事戦略を述べた本なのに「アジア・ファースト」というタイトルなのかというと、世界でこれから成長するのはアジアだというのが彼の考えだからです。アジアは1980年代には世界のGDPの15%程度でしたが、現在は40%近くが集中しています。反対に欧州は現在、世界のGDPの20%弱を占めているものの、減少傾向にあり、20年後には10%以下になる。

 このパワーの集積地であるアジアで、覇権を握りつつあるのが中国です。もし、中国がアジアで覇権を握ったら、世界のGDPの半分以上を支配することになり、米国の国益を損なうでしょう。こうした観点から、米国の最大のライバルは、ロシアではなく中国だと述べます。

「コルビーの本を読むと、トランプ政権の行動原理が見えてきます」と話す安田佐和子さん(写真:小野さやか)
「コルビーの本を読むと、トランプ政権の行動原理が見えてきます」と話す安田佐和子さん(写真:小野さやか)

 冷戦後、米国を軍事的に圧倒するライバルは存在しませんでしたが、そうした時代は終わりました。今や米国政府自体が複数の戦域で「軍事的な戦闘を維持するのは不可能」と認めています。もはや米国は「一強」ではなく、潜在的に中国に後れを取り始めているのです。

 そこでコルビーが提唱しているのが、中国の「支配を拒否」する反覇権連合です。ただ、反覇権連合は「反中連合」ではありません。あくまで中国がアジアで圧倒的な覇権を握るのを阻止し、中国の支配を拒否するのであって、中国を打倒するものではありません。

 ちなみにこれまでの対中強硬派の発言を見ると、前下院議員のマイク・ギャラガーや前米大統領補佐官のマット・ポッティンジャーは、「中国をつぶせ」「経済制裁でも何でもやれ」「米国の勝利が目的だ」という意味のことを言っています。

 これに対してコルビーは、「中国を抑止して、拒否せよ」「経済制裁は効かない。軍拡で押せ」「中国の覇権の拒否とコントロールが重要だ」と、いかにもリアリストらしい発言をします。これは中国にとっても交渉の余地がある態度です。コルビーは東京のアメリカンスクールに通っていた時期もあり、アジアへの知識も関心もあることから、このような発言になったのでしょう。

 反覇権連合に加わる国について、「政権の性質は関係ない」とも言っています。共産主義のベトナムであれ、東南アジアのイスラム教政権でも、自由主義の日本でもいいのです。ただ、米国にはすべての同盟国を守る力はもうありません。「同盟諸国も自ら責任を持って対処を」と迫り、日本が防衛費をGDPの2%にしたところで「ジョーク」にしか受け取れないと言っています。

適切な戦略が戦争の回避に

 さらに『拒否戦略 中国覇権阻止への米国の防衛戦略』では、もし米国と中国が西太平洋を中心とするアジアで戦うことになったら──というシナリオを予測しています。日本だけではなく同盟国や北朝鮮、ロシアなど各国の抱える問題についても書かれ、中国に勝利するための条件とは何かを探っています。そして、適切な戦略を構築しておくことが、結局は戦争の回避と適切な平和につながると説いています。

『拒否戦略 中国覇権阻止への米国の防衛戦略』(エルブリッジ・A・コルビー著)(写真:スタジオキャスパー)。画像クリックでAmazonページへ
『拒否戦略 中国覇権阻止への米国の防衛戦略』(エルブリッジ・A・コルビー著)(写真:スタジオキャスパー)。画像クリックでAmazonページへ

 本書はバイデン政権下の2023年に書かれた本です。今はトランプ第2次政権が始まり、世界はますます混沌の度合いを強めています。トランプは意思決定ができて、話の早い人物を好む傾向が見受けられるだけに、両者の落としどころが見つかれば、米中の手打ちが行われる可能性すらありうるかもしれません。第2段階の貿易合意が成立してもおかしくないでしょう。

 そうはならなかったとしても、まずは、米国と中国が今、どのような力関係にあるのか、そして日本はどうしていくべきかを考えるために、この2冊をぜひ読んでいただければと思います。

取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)

起こり得る戦争とは? どう戦われるべきなのか?

米国の国防戦略をこの1世代で最も大幅に改定したと評価される「2018年国家防衛戦略」の主導的立役者エルブリッジ・A・コルビーが、中国の覇権奪取の動きに対抗するための「拒否戦略」(strategy of denial)を明快な論理構成で描き出す。

エルブリッジ・A・コルビー著/塚本勝也、押手順一訳/日本経済新聞出版/3850円(税込み)