2024年に発生した小林製薬の「紅麴(こうじ)事件」は、結果として80人前後の死亡者という痛ましい事態となった。原因は最初の情報が寄せられてから発表するまでの約2カ月、会社は情報を早期に公開せず、製品回収も行わないという後手に回った危機管理対応だといえる。なぜ杜撰(ずさん)な対応となり悲惨な結末を生んだのか、真相をひもとく。『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造(日経プレミアシリーズ)』(秋山進著)から抜粋・再構成してお届けする。
案外“悪い”会社ではない?
危機は、突然やってくることがある。経営者や会社がそれらに対して十分な準備ができていないと、やがて大きなトラブルへ発展する。
SNSやメディアなどでは、「けしからん悪い会社」と一刀両断にされてしまうが、その実情はそれほど“けしからん”わけでもなく、それほど“悪い”わけでもないことが多い。組織が危機時にうまく機能するためのいくつかの要素が欠けているだけなのである。
ここでは、小林製薬の「紅麴事件」の事例を通じて、危機管理の失敗とそこから得られる教訓を考察する。
公表まで2カ月、その間に被害は拡大
2024年に発生した小林製薬の「紅麴事件」は、結果として80人前後の死亡者(暫定値であり、直接の因果関係は不明なところはある)を出すという痛ましい事態に発展した。
本来であれば早期に対応をとることで被害を大きくすることを食い止められた可能性もあり、危機管理のあり方を深く考えさせられる出来事である。
2024年1月15日、小林製薬が販売している紅麴関連製品(機能性表示食品)を摂取していた消費者が急性腎不全を起こし入院しているという情報が医療機関から寄せられた。
その後、2月1日にも3件の腎障害事例が報告される。にもかかわらず、社内では協議こそ行われたものの、回収や注意喚起といった対外的なアクションはとられなかった。
3月15日、紅麴関連製品と原材料の両方から意図していない成分が含まれている可能性を示すものが検出されたことを受け、小林製薬は3月22日に消費者庁へ報告し、同日記者会見を実施した。
そして7月23日には事実検証委員会の調査報告が公表された。最初の情報が寄せられてから発表するまでの約2カ月、会社は情報を早期に公開せず、製品回収にも踏み切らなかった。その結果、被害は大きく広がってしまったのである。
小林製薬は、被害者および遺族に謝罪し補償する姿勢を示したが、これほどの被害が広がった背景には、明確な危機管理の問題があった。
本事件の危機管理上の問題点は、3つに集約される。以下、それぞれを詳しくみていく。
社内ルールにのっとり、原因究明にのみ注力
2024年1月15日に医師から腎障害重篤例の報告を受けた際に、安全管理部長は「医薬品の場合、未知の重篤症例が4件あれば信頼性保証本部長に報告する」という社内規程に基づき、4件に達していないので報告しなかった。
紅麴は食品であって医薬品ではないものの、医師からの報告であったため、医薬品に適用されるルールを適用した。
小林製薬ではこれまで重篤症例の経験がほとんどないこともあって、「規程を守る」ことを優先し、異常事態かもしれないにもかかわらず問題を先送りしてしまう。
2月1日に複数の症例が報告され、安全管理部長はようやく信頼性保証本部長に報告する。そして、2月5日の臨時ミーティングで、研究開発部、品質保証監査部、安全管理部が原因究明の役割分担を決めた。
しかし、この時点でも「社会への注意喚起」は議論されなかった。
さらに2月6日の社長と信頼性保証本部との会議で原因究明に対する3つの仮説が示されたが、ここでも「被害拡大を防ぐにはどうするか」という検討は行われなかった。
信頼性保証本部は一貫して「自部門の役割としての原因究明」を忠実に遂行したのであった。被害の拡大防止は、信頼性保証本部の視点からは完全に欠落していた。
意思決定を避けたトップの失策
信頼性保証本部が原因究明に集中しているのであれば、被害拡大防止のための方策は別部署や全社的組織が担うべきだった。しかし、経営トップからその指示はなかった。
2月13日の経営執行会議で、社長は「安全性を軽視した対応はあり得ない」と発言し、専務取締役も「3件の重篤症例が同時に発生する可能性は低い」と警戒を促している。
危機感はしっかりと持っていたのである。にもかかわらず、危機管理本部の設置は行われず、情報公開や製品回収の判断は3月15日まで先送りされてしまう。
背景には、因果関係が明確になっていない段階では行政に報告しないという“都合のよい解釈”を容認する風土があったとされる。
また経営者も、「信頼性保証本部の原因究明の結論が出るまで待つ」と早い段階で決めてしまったのであろうと推測できる。
いずれにしても、結果として2カ月ものあいだ製品回収も情報公開も行わず、被害が拡大してしまったのである。
製薬会社が持つべき患者重視の意識が欠如
小林製薬は社名こそ「製薬」だが、主力は芳香剤やカイロなどの日用品であり、医薬品も外用消炎鎮痛剤など軽い病状に対する製品が主流である。
そのため、一般的な「製薬会社」が持つべき患者重視の強い意識や、ジョンソン・エンド・ジョンソンのタイレノール事件に代表される迅速な回収・情報公開といった危機管理のスタンスが弱かったと考えられる。
たとえば小林製薬の経営理念は、「我々は、絶えざる創造と革新によって新しいものを求め続け、人と社会に素晴らしい『快』を提供する」である。人々の健康や患者の治癒をうたう一般的な製薬会社の経営理念や信条とは明らかに異なる。
食品メーカーが行うプロセスもなし
他方、一般的な食品メーカーでは、いつ発生するかわからない食中毒などの問題に対して、原因究明と対応のプロセスを整備している。製品ロットを迅速に特定し、食中毒やウイルス混入などの可能性に備えているのである。
さらには、被害拡大を防止するため、社会にも即座に発表する。これらは、2000年に発生した雪印乳業(現・雪印メグミルク)の集団食中毒事件の後に整備されたものである。
ところが小林製薬は、薬学的な因果関係の証明にこだわるあまり、食品会社なら初動で実施するような「製品ロットの調査」をすぐには実行せず、1カ月半近くも時間を浪費したのである。
食品メーカーとして一般的な対応をすれば、問題の特定は迅速に行われた可能性が高い。しかし、現場は、医薬品の副作用等への対応に準ずる対応を行った。
推測だが、会社がこのように間違った対応をしてしまったのは、リーダーの人選を間違えた、または食品の問題対応に熟達した社員がいなかったからではないかと考えられる。
三段重ねの落とし穴
小林製薬の危機対応を振り返ると、「現場が社内ルールに厳格に対応」「問題対応のリーダーシップをとらない経営者」「間違った自己認識」という三段重ねの落とし穴にはまっている。
1つ目は、安全管理部が医薬品用の社内規程を機械的に適用し、重篤例が4件に達するまで社内の関係部署にも報告せず、素早い対応ができなかったこと。
2つ目は、社長は信頼性保証本部が行っている原因調査の確定を待つ姿勢を崩さず、被害が拡大しているにもかかわらず、2カ月間も製品回収と注意喚起を先送りしたこと。
3つ目は、実質「消費財のマーケティング会社」であって、「製薬会社」が行うべき被害者第一の対応も、「食品会社」としてのあるべきロット調査もなされなかったこと。
このようにみていくと、上記の落とし穴と同様の特徴を持つ組織はいくらでもある。以下のような組織は間違いなく危機に弱い。
- ルールが厳格で社員もルールに基づいて対応する
- 危機(修羅場)にリーダーシップをとったことのないトップがかじ取りをしている
- それぞれの事業ごとのリスク管理体制や危機対策ができていない
皆さんの会社はどうだろうか。歴史のある多角化された有名企業ほど危ないというのが、私の実感である。
宝塚歌劇団、オルツ、小林製薬、三菱自動車、フジテレビ、リクナビ、セブンペイ……本書は、第三者委員会報告などをもとに話題になった企業不祥事を多方面から分析。不祥事が起こる組織にありがちな「本当の問題点」を浮き彫りにしていく。
秋山進著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

