ジャニーズ事務所の代表で創業者だったJ氏による性加害問題を、長年多くのメディアが直視してこなかった。それは「不都合な報道=干される」という無言の圧力からくるいびつな取引関係が生んだものだった。テレビ局が本来取り得た対抗策は何だったのか? 他組織でも対岸の火事とは言い切れない問題の本質を解説する。『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造(日経プレミアシリーズ)』(秋山進著)から抜粋・再構成してお届け。
劣位な立場によって横暴を阻止できなくなることも
社会的な認知、自事業の影響力、ステータス、これらのどれをとっても立派な大企業が、特定の問題がある企業との関係において、本来なすべき対応がとれず、大きな社会的批判を浴びることがある。なぜこんなことになってしまうのか。
このような場合、一般的には企業の社会的責任や経営者の倫理意識に目がいきがちである。しかし、実際には、ビジネスを遂行していくなかで、問題企業に対して劣位な立場に追い込まれ、相手の横暴に対抗できなくなるのが主因なのである。
この代表的な失敗例として、テレビ局とジャニーズ事務所の関係を取り上げる。
問題は、ずっと前から表面化していた
ジャニーズ事務所の代表であった創業者のJ氏が所属事務所のタレントやタレント候補に対して、長年にわたり性加害行為を行っており、裁判所による判決において性加害が認定されたにもかかわらず、マスコミ、とくにテレビ局はそれらを報道しなかった。
それは一過性のものではなく、J氏の死後、2023年に英国のBBCが国際的に報道するまで続く。公正な報道をすべき報道機関において、なぜ、こんなことが起こってしまったのか。
J氏による性加害問題は、突然浮かび上がったものではない。すでに1980年代から、元所属タレントたちが問題を公にしていたのである。
たとえば、北公次氏は1988年に『光GENJIへ』(データハウス)という告発本を出版し、自身が未成年のころに受けた性的被害について赤裸々に語った。1997年には豊川誕氏がメディアで同様の証言をしている。
さらに1999年には「週刊文春」が当時のタレント候補たちへの性加害の実態を報道し、ジャニーズ事務所が文藝春秋を名誉毀損で訴えるという事態に発展した。
このように、問題は何十年も前から存在し、知る人ぞ知る状態だったのである。
しかし、地上波テレビを中心とする大手メディアはほとんどこの件を報じなかった。なぜか。答えは、「ジャニーズ事務所が男性タレントの“売り手”として、あまりにも強すぎたから」である。
ジャニーズは「絶対に切れない仕入れ先」
テレビ局は、番組で高い視聴率を取ることが至上命令である。
とくにバラエティー番組やドラマでは、誰をキャスティングするかが成否を左右する。というより、そういう方向で日本のテレビ局は番組づくりをしていたのである。
そのような状況において、1990年代に入ると、SMAP、TOKIO、KinKi Kids、V6など、ジャニーズ事務所のタレントたちは国民的な人気を博し、“ジャニーズ事務所のタレントを出せば視聴率が取れる”という公式がメディアのなかで共有されていく。
また、若い男性タレントはジャニーズ事務所の独壇場であり、他に代替仕入れ先があまりない状態であった。
つまりテレビ局にとって、ジャニーズ事務所は「絶対に切れない仕入れ先」になったのである。これはビジネスでいえば、買い手側(テレビ局)の交渉力が極端に弱い状況である。
ゆがむ売り手と買い手の力関係
たとえば、若い男性アイドルという「商品」を供給してくれる特定の1社の比率が7割を超えれば、その会社から「御社には売りません(供給しない)」と言われた途端に番組が成立しなくなる。
それで、テレビ局は売り手には逆らえなくなってしまう。
普通であれば、買い手はそうならないために、その会社のライバル企業を育成する。いざとなったら、いつでも他社に乗り換えることができるように、価格なども互いに競わせるようにするものである。しかしながら、それは実行されなかった。
「不都合な報道=干される」という圧力
ジャニーズ事務所は、自らを脅かす報道に対して極めて敏感であった。
その結果起こったこと、それが、1999年の「週刊文春」の報道後、テレビ各局はこの問題には一切追随しなかったという事態である。理由は明白で、もし批判的な報道をすれば、人気タレントを番組に出してもらえなくなるからである。
実際に、ある雑誌がジャニーズ事務所にとって都合の悪い記事を掲載した後、その出版社が主催する音楽イベントに同事務所のタレントが出演しなくなったというケースもあった。出演する番組では、台本や取材内容にまで事務所が厳しく目を通すことが常態化していたとされている*。
こうした“出演停止カード”をちらつかされることで、テレビ局や出版社は、批判的な報道から遠ざかっていったのである。
本来は、後述の通り、優越的地位の乱用として司法に訴えれば、ジャニーズ事務所の行為は違法と認定される可能性の高いものである。それにもかかわらず、それらの対応はなされなかった。
東京高裁の判決をメディアは報道せず
2003年、文藝春秋を相手取った名誉毀損訴訟で、東京高等裁判所は明確な判断を下す。
判決は、「J氏による少年への性的加害は真実であるか、少なくとも真実と信じるに足る相当な理由がある」として性加害を事実上認定し、一連の記事は名誉毀損にはあたらないとしたのである。
これは社会的に重大な意味を持つ判決であり、本来であればテレビや新聞が大々的に報じて当然の内容である。
しかし、メディアはこの判決をほとんど報じなかった。一部の新聞が小さく扱った程度で、ゴールデンタイムのニュースやワイドショーでは完全に黙殺されたのである。
この瞬間、テレビ局は自ら「報道機関としての役割」を放棄し、ジャニーズ事務所の影響下にある“従属的な存在”へと明確に変質したのである。そしてこの時点が、ポイント・オブ・ノーリターンであった。
もう誰もジャニーズ事務所にものを申せなくなった。
事務所が実質的に番組制作を主導
2000年代後半からは、ジャニーズ事務所は単にタレントを提供するだけでなく、番組そのものの企画・制作にも関与するようになる。
たとえばジャニーズ事務所が実質的に主導する冠番組が続々と登場し、出演者・内容・編集方針などに強い影響力を持ち始めた。
番組制作においても、単に特定のアイドルが歌って踊っているだけであれば、スイッチングコストは低い。
しかしそのアイドルが番組のMC(司会者)になりそのアイドルの冠番組の放映が続くということになれば、それを代替できるタレントを他から探してこなくてはならないので、スイッチングコストは上がる(その点、ジャニーズ事務所のタレントは総じて質が高く、歌って踊れて、しかもしゃべれる!)。
番組制作の企画までアウトソースするようになると、そこまで含めて代替者を探すのは難しくなる。
さらには、アウトソースが続き、本来は社内で行うべき番組企画能力が低下して(なくなって)いれば、売り手の言うことをすべてのまざるを得なくなる。
こうなると、「ジャニーズ事務所と仲が良い」「ジャニーズ事務所のお気に入りである」ことがディレクターやプロデューサーにとって社内的に有利な状況を生み出す。
問題のある会社との取引は敬遠すべきだ、と距離を取るよりも、「問題があろうがなかろうが、視聴率が取れるのであれば、使い倒したほうがよい。さらに成果が出れば自分も出世する。問われるべきは創業者のプライベートであり事務所の横暴な姿勢であって、タレントには罪はない」と、取引を正当化する状況が生まれていたのである。
また、テレビ局内部にも、すでにジャニーズ事務所の問題を取り上げることはできない、というタブーがまん延しており、組織のなかから批判的視点が消えていってしまった。
事実が露見するもメディアの自発性ゼロ
こうしてジャニーズ事務所は、テレビという公共メディアのなかで、批判も監視もされない「治外法権」的存在となった。出演枠は確保され、問題報道は黙殺され、内容もコントロールできる。
テレビと新聞が資本関係でグループ化されていることも、ジャニーズ事務所にとっては好都合だった。もはや、芸能事務所というより一種の権力機構のような存在だったといっても過言ではない。
そして、この構造のなかで、数十年にわたり多くの少年が被害を受け続けたのである。
沈黙が破られたのは、2023年。J氏の死後である。BBCが「Predator:The Secret Scandal of J-Pop」というドキュメンタリー番組を制作し、ジャニーズ事務所の性加害問題を国際社会に向けて報道した。
この報道を受けて、ようやく日本のメディアも動き始めた。その結果、ジャニーズ事務所が会見をし、社名変更がなされ、事務所のタレントが出演する番組のスポンサーが離脱を表明した。
しかし、それは「外圧によって仕方なく」動いたものであり、メディア自身が自発的に立ち上がったわけではない。
テレビ局が本来すべきだったこと
テレビ局には、本来取り得た対抗策があった。
第1に、新たなスターや事務所を育てること。競争が生まれれば、売り手(ジャニーズ事務所)の力は弱まる。
第2に、法的に争うこと。タレントの引き揚げなどの圧力行為を「独占禁止法違反」として公正取引委員会に申し立てることもできたはずである。
第3に、人気タレントありきではない番組づくりに注力すること。タレントの人気よりも脚本やそれを生かす素材としてのタレントの起用、などである。
しかし、どれも選ばれることはなかった。テレビ局は視聴率と関係維持を優先し、ジャニーズ事務所の言いなりになることで自分たちの短期的利益を守ったのである。その代償として、報道機関としての信頼と社会的役割を長年にわたって失った。
この問題を報道機関のあるべき姿として語ることは可能であるし、そうすべきである。しかしながら、それにも増して重要視しないといけないのは、事業を推進していくうえでの取引先との関係をいかに構築するか、相手に支配されるような劣位のポジションに追い込まれないようにするにはどのような戦略をとるべきであったか、ということである。
個人レベルでもあり得る問題
また会社員としての個人レベルで考えれば、問題はあるが取引を続けていくメリットが大きい相手とどう付き合うべきか、である。取引停止を提案してもおそらく会社はストップしない。
そうであれば、①いままで以上にガッツリとタッグを組み、成果を上げて昇進を目指すか、それとも、②この取引はストップすべきだし私はやらないと反旗を翻して、(おそらく)干されるか。あるいは、③現状維持を図り、自分としてはできるだけ早く異動することを目指すか。
個人にとっては深刻な問題となる。誰でもビジネス人生のなかで一度くらいはこのような状況に追い込まれる可能性がある。
私としては、②を選び、かつ会社自体がこの社員を保護してくれることを願うが、その前に、経営者は自社の社員をこのような状況に置かないように全力を尽くさなければならないのである。
宝塚歌劇団、オルツ、小林製薬、三菱自動車、フジテレビ、リクナビ、セブンペイ……本書は、第三者委員会報告などをもとに話題になった企業不祥事を多方面から分析。不祥事が起こる組織にありがちな「本当の問題点」を浮き彫りにしていく。
秋山進著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

