人類はなぜ短期的な利益を追求し、長期的な展望を見失いがちなのか。地政学やテクノロジー、環境問題などを行き来し最適解を導き出す『ダーウィンの罠』(クリスティアン・ロン著、日経BP)。翻訳者の夏目大さんに本書への理解が深まる5冊を聞いた、インタビュー後編。
進化論が知りたくなった方へおすすめの本
『ダーウィンの罠』はサイエンス本ではないので、進化論をよく知らなくても難なく読むことができます。ただ、人によっては、そもそも進化論について書かれた『種の起源』ってどんな内容だっけ?と気になる人がいると思います。そういう人におすすめなのが、『種の起源』を10分の1に凝縮したような『 超訳 種の起源~生物はどのように進化してきたのか 』(チャールズ・ダーウィン・著、夏目大・訳、技術評論社)です。私が翻訳を担当しました。
『種の起源』はコペルニクスの地動説と並んで、人類に知的革命を起こした名著と言われます。が、かなり読みにくく、完読できる人が数少ないことでも知られます。たとえば、第1章は当時のイギリスで流行っていたハトの飼育のことしか書かれていません。人々の熱狂ぶりやハトの多様な品種のほか、ハトの飼育の歴史は古く、貴族から庶民まで幅広く愛された存在であったことなど、かなりの熱量でマニアックに書かれています。延々とハトの話が続いて進化の話は全く出て来ず、一体何を読まされているんだ!? と思わずにはいられません。ただ、そう思いながらも粘り強く読み進めると、やがてハトの話をしたダーウィンの意図がわかるのです(私はちゃんと最後まで読みました!)。本書は超訳本なので、そうした読後感も味わえると思います。解説書をお求めなら『 「種の起源」を読んだふりができる本 』(更科功・著、ダイヤモンド社)がおすすめです。ユニークなタイトルですが、楽しく学べるだけでなく、進化学の最新の知見に触れることもできます。
「ゲーム理論」について知るのにおすすめの2冊
『ダーウィンの罠』では、地球温暖化や核軍拡競争など、人類が常に自分の生存確率を高めるべく、利己的に行動してきた実例がたくさん紹介されています。利己的であり続ければ破滅に向かうことを認識しながら、歯止めがききません。なぜ、歯止めがきかないのか。その難しさを説明するために、著者は経済学の理論の一つであるゲーム理論――人は、自分の利益が他人の行動によって左右される状況で、どう振る舞うかを考える理論――を用いています。そこで、ゲーム理論について深く知ることができる本を2冊紹介します。
まず、『 利己的な遺伝子 40周年記念版 』(リチャード・ドーキンス・著、日髙敏隆・訳、岸由二・訳、羽田節子・訳、垂水雄二・訳、紀伊國屋書店)。著者は、自分だけが生き残ろうとする遺伝子を分析するために、ゲーム理論を用いています。本書は、1976年に刊行されて以来、読み続けられている古典的名著で、科学界で最も影響力のある一冊と言われます。ただし、これは単なるサイエンス本ではありません。読むと物事の見方がまったく変わってしまう本です。私はこの本に生き方まで変えられたような気がしています。

私が初めて読んだのは90年代前半で、今から約30年前になります。当時勤めていた翻訳会社の後輩から、なぜかある日「夏目さんはリチャード・ドーキンスとか読まないんですか?」と聞かれたことがきっかけでした。名前は知っていましたが読んだことがなく、妙に読まなくてはいけない気になってすぐ買った本が本書でした。もちろん、知識もつきましたが、読み終えてしばらくすると、「自分は外からどう見えているのだろう」という発想をするようになった自分に気づきました。視点を変えることを覚えたんですね。視点を変えると世界がまるで違って見えて驚きました。フリーランスで働くようになってからは、「仕事が欲しい」ではなく、「人から仕事を頼みたいと思われる人になるにはどうしたらいいのか」という発想ができたことが役立ったと思います。
もう一冊のおすすめは、『 囚人のジレンマ:フォン・ノイマンとゲームの理論 』(ウィリアム・パウンドストーン・著、松浦俊輔・訳、青土社)です。「囚人のジレンマ」というのはゲーム理論の代表例で、お互いに協力すれば得をするのに、自分の利益だけを求める結果2人とも大損する、というジレンマの状態を指します。本書は、フォン・ノイマンという現代のコンピューターの父であり、アインシュタインと並ぶ当時の物理学界の重要人の伝記としても楽しめます。
驚愕の一冊
『 共生生命体の30億年(サイエンス・マスターズ14) 』(リン・マーギュリス・著、中村桂子・訳、草思社)も外せません。本書の著者は、「異なる生物同士の共生こそが、新しい種を生み出す最大要因である」と主張しています。私は読んで本当に驚きました。快い驚きですね。
印象的なのはミトコンドリア――私たちの細胞内でエネルギーを作っている小器官です――の話です。今でこそ、私たちは酸素がないと生きていけませんが、30億年前の地球の大気中には、酸素はありませんでした。地球上は鉄ばかりで、酸素は鉄と結びついていたためです。ところが、やがて光合成をする生物が現れると、酸素が大気中にあふれ出しました。その酸素は初期の生命体にとって“毒ガス”で、多くが命を落としました。ところがある時、酸素を好んで取り入れてエネルギーに変える細菌――のちのミトコンドリアの祖先が現れたのです。それと、酸素による毒ガス攻撃を生き延びた数少ない生物――人類の遠い遠い祖先です――が合体し、両者で一つの細胞を形成しました。その子孫が私たちということです。
初めて本書を読んだのは2011年でした。『 破壊する創造者――ウイルスがヒトを進化させた 』(フランク・ライアン・著、夏目大・訳、早川書房)の翻訳をするにあたり、資料として関連本をたくさん買い集めたのですが、そのうちの一冊が本書でした。横浜のとある喫茶店で読みながら、えーっ!こんなことアリ!?と大声を出しそうなほど驚きました。と同時に、幸せだな、と感じました。これほど心を動かされることが自分の仕事の一部だと思ったら、嬉しくてたまらなくなったのです。そんな忘れがたい一冊としても記憶しています。『ダーウィンの罠』も誰かにとってのそういう一冊になることを願っています。

文/茅島奈緒深 写真/鈴木愛子 編集/木村やえ
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