スマートフォンから自動車、兵器、人工知能(AI)に至るまで、あらゆる技術革新の中核を担う半導体。産業界に限らず、株式市場や国際政治においても半導体の重要性は高まり続けています。ビジネスパーソンや投資家、政策担当者が身につけておきたい半導体産業の基礎知識から2026年現在の企業間、国家間競争の最前線までを描いた書籍『半導体覇権 国家に翻弄される巨大企業』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から一部を抜粋・再構成してお届けします。今回は「独走状態のエヌビディアに挑む企業」についてです。

インテルの次に狙うはエヌビディア

 2025年6月、米カリフォルニア州サンノゼにある大規模イベント会場。アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)のリサ・スー最高経営責任者(CEO)が登壇し、AI半導体の開発計画を明らかにした。25年に導入した新製品に加え、26年には次世代品を投入する計画も表明した。

 スー氏と並んで登壇したのは、オープンAIのサム・アルトマンCEOだ。アルトマン氏はAMDの新製品の性能を「クレージーだ」と絶賛した。AI時代の寵児(ちょうじ)となったアルトマン氏の登壇はAMDの存在感の高まりを印象づけた。

 スー氏は25年10月、大きな賭けに出た。オープンAIはAMD製のAI半導体を使って消費電力で6ギガワット分の大規模なデータセンターを構築すると表明したのだ。AMDはAI半導体で2番手として期待されながら、エヌビディアに大きく引き離されていた。オープンAIと一蓮托生(いちれんたくしょう)の関係を築く今回の一手でオープンAIとの距離を縮める戦略だ。

 主力製品がCPU(中央演算処理装置)のAMDには、かつて盟主インテルに勝負を挑んで敗れた歴史がある。米金融危機のあおりを受けて経営不振に陥り、09年に製造部門をグローバルファウンドリーズとして分社した。本体は高性能な半導体の開発と設計に経営資源を振り向けて、生産は台湾積体電路製造(TSMC)に委託する水平分業によって復活を遂げた。

 25年に入ってデータセンター向けCPUの分野でインテルのシェアを奪還している。インテルが製造技術で後れを取る隙に、TSMCと組んだAMDが躍進した格好だ。インテルの収益源を奪う形で、その収益をGPU(画像処理半導体)開発にも振り向ける。CPUでインテルに追いつき、次なる標的がGPU王者のエヌビディアというわけだ。

 実は台湾出身のスー氏はエヌビディアのファン氏と遠い親戚の関係にある。2人は幼少期には面識がなかったが、半導体業界に入ってから知り合った。今ではAI半導体の主要供給元としてしのぎを削る関係だ。親戚同士の対決がAI半導体の市場獲得競争の最前線となっている。

テック大手の需要をつかむブロードコム

 「半導体を自ら手掛けることで、自らの運命を支配できる」

 米半導体大手ブロードコムのホック・タンCEOは25年10月、オープンAIのアルトマン氏に語りかけた。オープンAIは自社向けに特化した専用AI半導体の開発に向けてブロードコムを協業先に選んだ。

 通信用半導体に強みを持つブロードコムは25年、AI半導体で急速に頭角を現した。データセンター向けの特注半導体の設計を米テック企業から多数受託しており、「エヌビディアに次ぐ銘柄」として時価総額は25年10月時点で250兆円規模に拡大した。

 ブロードコムの業績拡大をけん引するのがデータセンター向けのAI半導体だ。同社は顧客に合わせて設計する特注品に強みを持つ。その代表格が米グーグルの独自半導体「TPU」だ。特定用途で高い性能を発揮する「テンサー・プロセッシング・ユニット」の略称で、ブロードコムが設計面で協力している。

 テック各社がブロードコムを頼って独自開発を進める背景には、過度なエヌビディア依存から脱却する狙いがある。エヌビディアはAI半導体でデファクト・スタンダードを握り、慢性的な供給不足の状況が続く。高性能の半導体チップ1枚当たり500万円超でもデータセンター事業者は買わざるを得ない。ブロードコムは内製化を進めたいテック大手の需要をつかんだ。

 タン氏は25年9月、決算説明会で「少なくとも30年まではCEOを続けることで取締役会のメンバーと合意した」と明らかにした。20年にわたって同社を率いてきたタン氏。25年時点で年齢は72歳と、上位の半導体企業の中では経験豊富なトップといえる。老練な経営者が、エヌビディアが支配するAI半導体の勢力図に一石を投じている。

「エヌビディアが怒るほどのシェアを狙う」

 米国ではAI半導体のスタートアップ企業が次々と名乗りを上げ、一点突破でエヌビディアの牙城を切り崩す「蟻(あり)の一穴」を狙う。

 米半導体新興テンストレントは「伝説のエンジニア」と呼ばれるジム・ケラー氏が立ち上げた。同氏はアップルやテスラ、AMDなどの米企業を渡り歩き、各社で主力半導体の設計を手掛けた。テンストレントは計算処理を速めるアクセラレーターと、CPUを組み合わせたAI半導体を設計する。

 同社は24年12月に米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏やSBIグループなどから約1000億円の出資を受けた。米国とカナダのほか日本や韓国、シンガポールに拠点を構えて技術者をかき集める。

 「エヌビディアが怒るほどのシェアを狙う」。AIのデータ処理の半導体を開発する米セレブラス・システムズのアンドリュー・フェルドマンCEOは24年8月、サンフランシスコで開いた自社のメディア向けイベントで対抗心をあらわにした。

 セレブラスが開発する半導体の最大の特徴は大きさにある。エヌビディアのデータセンター向けGPU「H100」に比べ1枚の半導体の面積は約57倍で、両手で持ち上げる大きな皿のようなサイズになる。

 米サンバノバ・システムズもエヌビディア対抗馬の1社だ。データの流れが効率的になる新たな技術を採用し、エヌビディアのGPUよりも低消費電力で高い性能を発揮する半導体の開発に取り組む。サンバノバのロドリゴ・リャンCEOは「GPUの性能向上が進むたびにコストや電力が不釣り合いに増加している。すでに限界に達している」と訴え、代替半導体の開発方針を示す。

 エヌビディアはインテルに取って代わり、半導体の盟主となった。テンストレントのケラー氏は「10年前はインテルが半導体を支配し続けると思われていたが、今は誰もそう思わない」と話す。これは半導体業界の共通の認識だろう。半導体産業の歴史では栄枯盛衰が繰り返されてきた。エヌビディアの覇権が必ずしも永続しないことは、70年超の半導体産業史が示している。

AMDのリサ・スーCEO(写真:筆者撮影)
AMDのリサ・スーCEO(写真:筆者撮影)

(第4回に続く)

株式投資やビジネス判断に役立つ知識として、半導体産業を網羅的に把握したい人のための、日本と世界の行方を読む1冊。インテル、エヌビディア、TSMC、サムスンといった大手企業はもちろん、中国や日本、インドなどの動きも収録。

日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)