スマートフォンから自動車、兵器、人工知能(AI)に至るまで、あらゆる技術革新の中核を担う半導体。産業界に限らず、株式市場や国際政治においても半導体の重要性は高まり続けています。ビジネスパーソンや投資家、政策担当者が身につけておきたい半導体産業の基礎知識から2026年現在の企業間、国家間競争の最前線までを描いた書籍『半導体覇権 国家に翻弄される巨大企業』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から一部を抜粋・再構成してお届けします。今回は「インテルの直近の方針と不振に陥った理由」についてです。
エヌビディアの補助に甘んじるインテル
米カリフォルニア州サンタクララのシリコンバレー中心部。米西海岸を縦断する国道101号線を挟んでインテルとエヌビディアの本社が並ぶ。一般的なオフィスビルのインテルとは対照的に、2つの宇宙船が隣り合うような遊び心あるデザインのエヌビディア本社が目を引く。
2025年9月18日、両社は半導体産業史に残る提携を決めた。インテルはエヌビディアから50億ドルの出資を受け、AI向け半導体の開発でも協業する。インテルのリップブー・タン最高経営責任者(CEO)は同日開いたオンライン記者会見で、エヌビディアのジェンスン・ファンCEOに対してこう語りかけた。
「エヌビディアがインテルに投資してくれて誇りに思う。我々を信頼してくれてありがとう」
エヌビディアは十数年前まで、ゲームの画像処理に特化した半導体を開発するニッチな存在だった。一方でインテルは1970年代の半導体産業の勃興期から盟主として業界に君臨し続けてきた名門企業だ。インテルがエヌビディアの資金支援に頼る構図は、半導体の新旧盟主の交代を印象づけた。
記者会見は終始、エヌビディア主導で進んだ。「本日の説明会の内容はエヌビディアに帰属します」。冒頭、進行役となったエヌビディアの広報担当幹部はこう切り出した。記者から協業の展望を聞かれると、エヌビディアのファン氏は「私が最初に答えるから君も補足してくれよ」とインテルのタン氏に呼びかけた。
両社の明暗を分けたのはAIの潮流だ。エヌビディアはAI普及の波をつかみ、大量のデータを効率的に同時処理できるGPU(画像処理半導体)の需要急拡大で世界最大の半導体企業となった。2025年10月には世界で初めて時価総額が5兆ドル(約780兆円)に達した。インテルの約27倍(25年11月末時点)だ。
今回の提携を受け、インテルはエヌビディアにデータセンター向けCPU(中央演算処理装置)を供給する。データセンター向けのCPU分野ではインテルにまだ競争力が残るためだ。AI向けに大量のデータを計算するGPUと組み合わせて1枚の大きな半導体とみなし、効率的に演算処理する指示役をCPUが担う。
ただAI半導体で最も収益面のうまみが大きいのはGPUだ。大量のデータ学習に使われるために需要が急増する半面、供給側はエヌビディア1強の状態が続く。需給逼迫から1枚500万円を超えるチップもあるほどで、収益の果実はエヌビディアに集中する。インテルはGPUに対抗する自社製品で挑むのではなく、むしろ独走状態にあるエヌビディアの成長の恩恵にあずかろうとする戦略に転換した。
半導体の産業史上、インテルのCPUはコンピューターやサーバーでの計算処理で中核的な役割を果たしてきた。GPUはゲーム向けに映像をなめらかに処理するのに特化した補完的な半導体だった。それがエヌビディアのGPUに対してインテルのCPUは補助的な役割に甘んじる。今回の両社の提携では主従関係が完全に逆転し、主役エヌビディアをインテルが支える構図が浮き彫りになった。
なぜインテルは不振に陥ったのか
米中西部オハイオ州にインテル不振の象徴といえる場所がある。ファウンドリー(受託生産)部門の新工場の建設現場だ。広大な更地に巨大クレーン車が立ち並ぶが、建設作業を急ぐ様子はない。
オハイオの拠点はもともと25年中の稼働を予定していた。それが延期を繰り返し、25年11月時点で30年以降の稼働を予定する。仮に工場を動かしても、生産を委託してくれる顧客がいないからだ。新工場の稼働をわざと遅らせる異常事態。この工場はインテルにとって本来、復活を象徴する存在になるはずだった。
「ラストベルト(さびた工業地帯)は死んだ。シリコンハートランド(半導体の中心地)が始まる」。インテル前CEOのパット・ゲルシンガー氏は22年、オハイオ新工場の計画を発表した時にこう宣言した。
インテルは21年にファウンドリー事業への参入を決めた。ゲルシンガー氏はバイデン政権の補助金を追い風に、米国内だけで1000億ドル超を投資する計画を掲げた。ドイツやポーランドでも工場投資を進めてきた。過大な先行投資のためにファウンドリー部門は赤字を垂れ流す不振の元凶となった。
後任のタンCEOは前任者が決めた投資計画について「残念ながら、過去数年間に実施した設備投資は需要を大幅に上回り、不適切かつ過剰だった」と指摘する。ドイツやポーランドの工場計画は撤回し、オハイオ州の工場稼働もさらなる延期を決めた。
インテルがファウンドリー部門で赤字続きなのは、大口顧客の開拓が進んでいないからだ。半導体の設計大手はすでに台湾積体電路製造(TSMC)という有力なパートナーがいるうえ、実績が乏しいインテルに製造を委託するメリットが少ない。
インテルは25年7月、27年に実用化を目指す1.4ナノ相当の次世代半導体の開発・生産について「顧客を確保できない場合、中止する可能性がある」と説明した。TSMCなど競合に比べ、先端半導体の生産技術で後れを取っていることを自ら認めた形だ。
インテルは10年代後半にEUV露光装置の導入で出遅れ、TSMCと微細化技術で明確な差ができた。インテルは25年に量産を始めた2ナノ級の先端半導体で挽回を狙うが、ここで顧客の信頼を得られなければ微細化競争からの脱落が現実味を帯びる。

(第5回に続く)
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)
