スマートフォンから自動車、兵器、人工知能(AI)に至るまで、あらゆる技術革新の中核を担う半導体。産業界に限らず、株式市場や国際政治においても半導体の重要性は高まり続けています。ビジネスパーソンや投資家、政策担当者が身につけておきたい半導体産業の基礎知識から2026年現在の企業間、国家間競争の最前線までを描いた書籍『半導体覇権 国家に翻弄される巨大企業』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から一部を抜粋・再構成してお届けします。今回は「TSMC創業者とその後継者」についてです。
張忠謀氏「誰かが勝てば我々も勝つ」
2025年時点で94歳。台湾積体電路製造(TSMC)の創業者、張忠謀(モリス・チャン)氏は「台湾半導体の父」と呼ばれる伝説的人物だ。1931年に中国・浙江省で生まれ、国共内戦を逃れ米国に渡った。黎明(れいめい)期の半導体業界に身を投じ、当時世界最大手の半導体メーカーだったテキサス・インスツルメンツ(TI)で経営幹部を歴任した。
台湾当局の要請を受けて85年に台湾に渡り、87年に55歳でTSMCを創業した。世界で初めて半導体の受託製造に特化するビジネスモデルを採用し、果敢な投資で業界構造を一変させた。2018年に経営を退いたが、いまも半導体業界でも、国際政治の舞台においても大きな影響力を持つ。
「誰が勝つかは予言できないが、誰かが勝てば我々も勝つ」。張氏はTSMCのビジネスモデルの強みをこう表現したことがある。アップルやクアルコム、聯発科技(メディアテック)が勃興したスマートフォンブームが成熟しても、次はAI旋風を背に受けたエヌビディアをつかまえてTSMCも飛躍した。技術の移り変わりがあろうが、TSMCは勝ち続けられる特別な立ち位置を築く。
その活躍は外交の舞台にも及ぶ。張氏との親交で知られる台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)前総統は、在任中に張氏を6年連続でアジア太平洋経済協力会議(APEC)の台湾代表に選んだ。
エヌビディアCEOをスカウトも失敗
24年11月には張氏自身が執筆した『張忠謀自伝 下巻』が台湾で発売された。1998年に発売された上巻から四半世紀を経ての待望の刊行となった。米半導体大手に在籍した64年から、台湾に渡ってTSMCを世界大手に導くまでの過程を記述した。
自伝の中で注目を集めたのが自身の後継含みでエヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)のスカウトを試みたエピソードだ。TSMCは張氏の後継を見据え2012年に3人の共同最高執行責任者(COO)を置いた。社内育成を図る一方で、張氏は13年に水面下でエヌビディアのファン氏と接触。TSMCのCEO職に興味がないか相談していた。
張氏は台湾出身でもあるファン氏とかねて親交があった。張氏はファン氏の品格や視野、業界経験など「すべてが後継者として考慮するに値した」と記した。2度にわたり熱心に誘ったものの、ファン氏は「すでに仕事がある」と婉曲(えんきょく)的に断ったという。
台湾半導体のゴッドファーザーがそこまで入れ込むジェンスン・ファン。このエピソードは、張氏が経営者としてファン氏を高く評価していたことを物語る。

後継者、3つの重要な原則を堅持
講演の際は時にポケットに片手を入れながら、得意のユーモアで笑いを取る。カリスマ創業者の張忠謀氏にさえ率直な物言いをいとわない。TSMCを率いる魏哲家(C.C.ウェイ)董事長兼CEOは、個性を前面に出すタイプの経営者だ。
魏氏は自然豊かな台湾中部・南投県に生まれ、台湾の大学を経て米イェール大で電気工学の博士号を取得した。豪傑の活躍を描く中華圏の大衆文学「武俠小説」を愛読し、型破りだが義理人情に厚いキャラクター「韋小宝」がお気に入りという。
米半導体企業などを経て1998年にTSMCにスカウトされると、生産管理などを経て2009年にはマーケティング担当部門のトップを任された。成長期にあったアップルなどスマートフォン向けの需要開拓に奔走し、張氏の信頼をつかんだ。社内の幅広い部門を経験した魏氏を張氏は「最も準備の整ったCEO」と評したという。

18年にCEOに就いてからは米中対立や世界的な半導体不足に対応しながら、台湾内外での年間数兆円規模の投資や製品の値上げを次々に決断した。
張氏以来となる董事長兼CEOに就任直後の24年6月、魏氏は「TSMCは張氏によって創業され、30年以上の歴史がある。伝統は受け継がれ、仕事の進め方や価値観は一貫している」と記者団の取材に応えた。そのうえで「技術・製造・顧客の信頼という3つの重要な原則を堅持し、誠実さと正直さは決して妥協しない」とTSMCをさらなる高みに導くことを誓った。重責を担う魏氏なりの決意表明だった。
魏氏の人生哲学は「積極做事、謙虛做人(積極的に物事を行い、謙虚であること)」だ。半導体産業の黒子の供給責任を担うTSMCのトップとして、カリスマ創業者の経営哲学を受け継ぎながらも技術革新と歩調を合わせた攻めの姿勢を打ち出している。
(第9回に続く)
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)
