デジタルトランスフォーメーション(DX)は、顧客中心主義が生命線です。しかし、アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏が指摘するように、人間の欲望はエンドレスで先鋭化していくものであり、そのため人間の欲望を満たそうとする顧客中心主義には果てがありません。では、DXで勝利するために大切なことは何でしょうか。DXの勝者はこれから何処(いずこ)を目指すのでしょうか。米国のテスラ、アップル、セールスフォース・ドットコム、ウォルマート、マイクロソフト、ペロトン・インタラクティブ、アマゾン、シンガポールのDBS銀行という注目8社のグランドデザインを解説した『 世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代 』(田中道昭著、日経BP)の一部を抜粋・再構成して、戦略的思考法を解説します。第3回はDXの勝者が目指すべきことについて。

「顧客」中心から、「人間」中心、「人×地球環境」中心へ

  前回 までに論じてきたように、DXは顧客中心主義が生命線です。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表されるテクノロジー企業は、究極の顧客中心主義を実現する手段としてDXを活用しており、だからこそユーザーから圧倒的な支持を勝ち得ました。

 しかしながら、アマゾンのジェフ・ベゾスが指摘するように、人間の欲望はエンドレスで先鋭化していくものであり、そのため人間の欲望を満たそうとする顧客中心主義には果てがありません。多くの犠牲を払いながら、それでも顧客中心主義の追求をやめられない。その弊害が、現在の気候変動問題であり、格差拡大といった社会問題と考えるならば、顧客中心主義こそが、顧客をはじめ、従業員、地域社会など、ステイクホルダーすべての利益を損ねている、とも言えます。

 こうした反省から議論されるようになったのが、「人間中心主義」なのかもしれません。人間中心主義とは、顧客のみならず、従業員、取引先、地域社会といったすべてのステイクホルダーを大切にする考え方のことです。

 ここで重要なのは、人間中心主義もまた、顧客中心主義を踏まえ、進展させたものだということです。顧客中心主義さえおぼつかない企業が一足飛びに人間中心主義を謳(うた)うのは、現実的ではありません。

 民間企業が事業を営む以上、まず優先しなければならないステイクホルダーは顧客です。顧客に対し製品やサービスの形で何らかの価値を提供することが、事業の生命線です。そこで生まれた利益があればこそ、従業員を雇用し、地域社会にも貢献できるのですから。すべてのステイクホルダーに貢献する人間中心主義の時代であっても、製品・サービスを考える起点は、やはり顧客中心主義だと言えます。

 そして、人間中心主義の次に来るのが、「人×地球環境」中心主義です。顧客中心主義、人間中心主義を背景にした利便性の追求が、気候変動問題という形で、地球環境レベルでの弊害をもたらしています。

企業の存在意義としてパーパスを掲げる

 こうした問題意識のもと、私が提示したいのは、「人と地球環境がともに持続可能な未来を創造する」というパーパスです。

 パーパスとは、企業の存在意義であり、事業の目的、ミッション、使命のことです。私は過去の著作でも「GAFAと日本企業が決定的に違うのは、まず大胆なビジョンを掲げて、それから高速でPDCAを回す点にある」と繰り返し指摘してきました。

 しかし、巷間(こうかん)いわれるビジョンとは、おおむね「企業の未来の姿」であり、「自分たちが将来どうなりたいのか」を示すものです。それは自社利益の最大化につながりこそすれ、「それは何のために?」という根源的な問いにまで答えるものではありませんでした。

 社会において企業はどのような存在意義を持つのか。それがパーパスです。

 このパーパスを実現するには、「デジタル×グリーン×エクイティ」を三位一体で推進していく必要があります。まずグリーンについては、デジタル化による省エネ、脱炭素化によって改善を図ります。そして、エクイティにも取り組む必要があります。

(出典:『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』274ページ)
(出典:『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』274ページ)

「平等」と「公平」「公正」の違い

 「エクイティ(Equity)」には、「公平」「公正」という意味があります。エクイティに類似して広く使われる単語に「平等」を意味する「イコーリティ(Equality)」がありますが、意味が異なります。

 端的に言うと、誰に対しても等しく同じリソースを与える考え方がイコーリティです。一方、エクイティは、それぞれの人に合ったリソースを与えることによって、誰に対しても等しく同じ機会を与えるという考え方です。

 例えば、目が不自由な人と健常な人が一緒に外国映画を見るとします。2人がその映画の内容を理解するのに必要な支援は決して同じではないでしょう。2人に等しく大きなスクリーン、素晴らしい音響効果、字幕スーパーなどが与えられるとしても、2人が映画を楽しむという機会を等しく享受できるわけではありません。目が不自由な人には、少なくとも副音声などの支援が求められます。このとき大きなスクリーン、素晴らしい音響効果、字幕スーパーなどのリソースが2人に等しく与えられるのがイコーリティです。一方、目の不自由な人に特別な配慮をすることで、2人ともに映画を楽しむという機会が等しく与えられるのがエクイティです。

 つまり、エクイティは、構造的な不平等の存在、スタート地点ですでに不平等が存在することを認めた上で、そうした不平等に対処し、是正・解消していくものととらえることができます。

 2021年1月20日、ジョー・バイデン第46代米国大統領が誕生しました。深刻な人種差別問題が浮き彫りになる中での就任ですが、バイデン大統領は就任当日、人種差別を解消するための大統領令に署名しました。この大統領令で使われたのが「レイシャル・エクイティ(人種の公平性)」です。これは、黒人やアジア系などに対する人種差別の解消やヘイトクライムの防止はもちろんのこと、構造的な不平等そのものの解消、つまりより本質的な人種間の「公平」「公正」に取り組んでいくという、バイデン大統領の強い決意を示すものといえるでしょう。

D&IからDEIへ

 エクイティとはもともと「公平」「公正」という意味ですが、ここで提示する新たな世界観「デジタル×グリーン×エクイティ」の中で使われる「エクイティ」は、後述する「ダイバーシティ、エクイティ、及びインクルージョン」と同義であると考えてください。

 「ダイバーシティとインクルージョン(D&I)」は、すでに米国を中心に多くの企業がコーポレートバリューとして据え、それを採用や組織編成、商品・サービスの開発、さらには戦略策定などに活用しています。例えば、マイクロソフト、ウォルマート、ジョンソン・エンド・ジョンソン、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)などがD&Iをコーポレートバリューとして掲げています。

 ダイバーシティは「多様性」を意味します。一方、インクルージョンは「包摂」の意味合いを持ちます。包摂とは、多様な人々が歓迎され、尊重され、支援され、評価され、参加できることが保証された環境がつくられることです。

 そうすると、D&Iとは、社会や組織において多様な人々がその違いを生かしながら能力を発揮する、社会・組織としてもその多様性を高めながら活力を増したり新しい価値を創り出したりする考え方と理解できます。

 さらに最近は、D&Iにエクイティを加えた「ダイバーシティ、エクイティ、及びインクルージョン(DEI)」を採用する企業が出てきています。20年6月には世界経済フォーラムが『Diversity, Equity and Inclusion 4.0: A toolkit for leaders to accelerate social progress in the future of work(ダイバーシティ、エクイティ、及びインクルージョン4.0:仕事の未来において社会進歩を加速させるリーダーのためのツールキット)』を発行。世界経済フォーラムもこの3つの価値観を重視しているのです。

アップルの先進対応

 DEIを採用する企業が出てきているのは、エクイティとイコーリティの意義の違いが認識され、エクイティがダイバーシティとインクルージョンと一体となって、ますます重要な概念となってきているからでしょう。

 例えばアップルは従来、「アップルバリュー」として、ダイバーシティとインクルージョンを掲げてきました。これは創業者スティーブ・ジョブズ亡き後を継いだティム・クックの影響が色濃く感じられるところです。

 そんなアップルが「エクイティ」のために動き出したのが、20年6月のことです。「人種の公平性と正義のためのイニシアチブ」(REJI : Racial Equity and Justice Initiative)に1億ドルを拠出することを発表しました。その内容は、人種差別など不当な差別に苦しんできたコミュニティーを支援するというものです。

 REJIを主導しているアップルの環境・政策・社会イニシアチブ担当バイスプレジデント、リサ・ジャクソンは次のように述べています。

 「当社の環境に対する取り組みと、持続可能な未来を実現するために用意した大規模なロードマップに私たちは誇りを持っています。制度化された人種差別と気候変動は個別の問題ではなく個別の解決策で扱われるべきではありません。私たちはより環境に優しく、より公平な経済環境を築き上げる歴史的な局面を迎えていて、そこで私たちは次世代の人々に我が家と呼ぶにふさわしい地球を残そうという目標の下、まったく新しい産業界を作り出そうとしています」(20年7月21日のプレスリリースより)

 アップルにおいては、人種差別問題と気候変動問題は「エクイティ」の名の下につながっています。より公平で公正な社会をつくるという、これからの企業に課せられた使命を、アップルは示しているかのようです。

日経ビジネス電子版 2021年6月24日付の記事を転載]

これが新しい未来図だ!

 DXの勝者となった企業が次に目指すのは、「グリーン=脱炭素」と「エクイティ=公平・公正」の実現――。テスラ、アップル、セールスフォース、ウォルマート、マイクロソフト、ペロトン、アマゾン、DBS銀行という注目8社を取り上げ、その強さの理由と未来へのグランドデザインを解説。著者の田中道昭氏が講師を務めて、日本を代表する45社以上が導入したセミナー「DX白熱教室」も収録しています。

田中道昭(著)、日経BP、1910円(税込み)