デジタルトランスフォーメーション(DX)は、顧客中心主義が生命線です。しかし、アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏が指摘するように、人間の欲望はエンドレスで先鋭化していくものであり、そのため人間の欲望を満たそうとする顧客中心主義には果てがありません。では、DXで勝利するために大切なことは何でしょうか。DXの勝者はこれから何処(いずこ)を目指すのでしょうか。米国のテスラ、アップル、セールスフォース・ドットコム、ウォルマート、マイクロソフト、ペロトン・インタラクティブ、アマゾン、シンガポールのDBS銀行という注目8社のグランドデザインを解説した『 世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代 』(田中道昭著、日経BP)の一部を抜粋・再構成して、戦略的思考法を解説します。第2回は「理想の世界観」実現ワークシートについて。
すべての起点は顧客中心主義にあり
前回 は、「日本企業のための大胆なデジタルシフト戦略策定ワークショップ」で私が提唱している「ベゾス思考」を紹介しましたが、今回は同ワークショップで利用しているフレームワークの1つを紹介します。それは「理想の世界観」実現ワークシートです。このワークシートは、DX戦略の分析や立案のために活用してもらうものです。

DXの本質はトランスフォーメーションであり、特にカスタマーエクスペリエンスを高めていくことにあります。また、次回に述べるように「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代を迎え、人間中心主義や「人×地球環境」中心主義が問われていますが、民間企業が事業を営む以上は、すべての起点は顧客中心主義にあります。その視点から、自社の事業をとらえ直す際にも、このワークシートは使えます。
マーケティングの4Pを顧客基点の「4C」として再定義
「理想の世界観」実現ワークシートは、「現状の課題」と「理想の世界観」の対比、そして「4P」と「4C」の対比の2つで構成されています。「現状の課題」をどう克服して「理想の世界観」に至るのか。そのために現状の4Pをどのように4Cへと読み替えるべきなのか。そのような構成となっています。
その中核となるのが、マーケティングのフレームワークの1つである4Pです。4Pとは、プロダクト(製品)、プライス(価格)、プレイス(流通)、プロモーション(販売促進)のことです。米ハーバード・ビジネス・スクールのニール・H・ボーデン教授が、1964年の論文で提唱したもので、4Pはそれぞれ、「何を売るか」「いくらで売るか」「どこで売るか」「どうやって知ってもらうか」を指しています。
4Pの各要素は独立したものではありません。マーケティングの世界では4Pのことをマーケティングミックスとも呼び、マーケティングプランを考える際には4つのPを「最適な形に組み合わせて」「同時並行」で進めるのが常です。
4Pは、企業経営におけるマーケティング戦術の基本となるものです。しかし一方で、4Pは商品・サービスを提供する側の視点に立った考え方でもあり、顧客中心の商品・サービスが求められる時代の流れの中では、そぐわない部分も一部出てきています。
そこで4Pと同時に考えたいのが4Cです。4Cは、4Pを顧客視点から再定義するためのフレームワークです。4Pのプロダクトに対してカスタマーバリュー(顧客価値)を、プライスに対してカスタマーコスト(顧客の生涯コスト)を、プライスに対してコンビニエンス(利便性)を、プロモーションに対してコミュニケーションを検討します。このように、4Pそれぞれを、顧客起点に捉え直すことで、「デジタルトランスフォーメーションによって何を変革すべきか」の手掛かりが見えてきます。
「DXを果たしたコンビニ」としてのアマゾン・ゴー
ここでは「理想の世界観」実現ワークシートによる分析例として、「DXを果たしたコンビニ」であるアマゾン・ゴーを取り上げてみましょう。
私は、コンビニの本質は「便利」で「おいしい」だと考えています。そしてアマゾン・ゴーはその本質を見事にアップデートしたものだと私は評価しています。
便利については、「商品を手に取って立ち去るだけで買い物が完了」する点を指摘すれば十分でしょう。ゲートにスマホをかざしてアマゾンIDを認証させて入店したら、陳列棚から商品をピックアップし、立ち去るだけで買い物が終了。アマゾンはこれを「ジャスト・ウォーク・アウト」と表現しています。もはや買い物をしていること、支払いをしていることすら顧客に感じさせないのです。
しかしアマゾン・ゴーが「おいしい」もアップデートさせたものである点は、まだ一般に認識されていないようです。私がアマゾン・ゴーを視察して最も驚いたのがこの点です。
まずアマゾン・ゴーは無人どころか超有人店舗でした。シアトルにある1号店を通りからのぞくと、見えるのはガラス張りのオープンキッチンです。そこでは何人ものスタッフがサラダやサンドイッチを調理しているのが見えました。
それを見て私は直感しました。アマゾン・ゴーは確かにアマゾンが誇る最新テクノロジーの結晶です。しかしその実態は、「デジタル化を推し進めてもなお、最後の最後まで人に残る仕事(人がやるべき仕事)」を示す店舗でした。
おそらく現時点でも「ロボットが作ったサンドイッチ」は十分においしいはずです。しかし、人が望むものは、見えないところでロボットが作ったサンドイッチよりも、自分に見えるところで人が作った、手作りのサンドイッチでしょう。そのサンドイッチこそを「おいしい」と人は思うのではないでしょうか。アマゾン・ゴーは、そのことを示唆していました。
【現状の課題】:コンビニ
現状のコンビニは、利便性のよい立地に位置しているのが強みですが、だからこそ時間帯によっては大混雑します。また、商品戦略などは、各コンビニチェーンが同質化競争に陥っています。
【理想の世界観】:アマゾン・ゴー
コンビニの本質である「便利×おいしい」を、デジタルと人を駆使してアップデートしました。「商品を手に取って立ち去るだけ」という利便性と、「その場で人が作る」おいしいサラダやサンドイッチを提供しています。

「便利×おいしい」をアップデート
続いて、コンビニの4Pが、アマゾン・ゴーの4Cと、どのように対比されているのかを見ていきます。
コンビニの「プロダクト」は、小商圏において最も購入頻度の高い商品にフォーカスされています。これに対し、アマゾン・ゴーの「カスタマーバリュー」は、コンビニの本質である「便利×おいしい」のアップデートが生きる商品にフォーカスされています。
コンビニの「プライス」は、好立地条件や利便性を反映し、定価に近い価格で販売されているのが特徴です。これに対しアマゾン・ゴーの「カスタマーコスト」は、価格のみならず「時間」もコストと捉え、「待ち時間なし」というコストカットを実現しています。
コンビニの「プレイス」は、利便性の良さが特徴ですが、それは混雑と裏腹でした。一方、アマゾン・ゴーの「コンビニエンス(利便性)」は、「商品を手に取って立ち去るだけ」=「混雑なし」にアップデートされています。
コンビニの「プロモーション」は、テレビCMなどで大量にブッシュ型プロモーションを展開するのが特徴です。一方、アマゾン・ゴーの「コミュニケーション」は、一方的な情報発信にとどまらず、専用アプリで入店・決済をするのに加えて、情報の取り取りなどまでを行い、顧客とデジタルでつながっています。レシートも、デジタルで専用アプリ内に発行されます。
このように、「理想の世界観」実現ワークシートを用いて、4Pを顧客起点の4Cとして捉え直することにより、事業そのものを顧客起点に刷新することの手掛かりがつかめるのです。
[日経ビジネス電子版 2021年6月22日付の記事を転載]
これが新しい未来図だ!
DXの勝者となった企業が次に目指すのは、「グリーン=脱炭素」と「エクイティ=公平・公正」の実現――。テスラ、アップル、セールスフォース、ウォルマート、マイクロソフト、ペロトン、アマゾン、DBS銀行という注目8社を取り上げ、その強さの理由と未来へのグランドデザインを解説。著者の田中道昭氏が講師を務めて、日本を代表する45社以上が導入したセミナー「DX白熱教室」も収録しています。
田中道昭(著)、日経BP、1910円(税込み)