多様な人を受け入れ、その違いを価値に変える「ダイバーシティ経営」は、組織の成長に欠かせない。しかし、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I、多様性と包括)の推進は、きれいごとではない、本気の風土改革が求められる。変化が起こっている組織ほど、経営者自ら、社員の心に響くリアルなストーリーを語ることで、現場を揺さぶっている。本稿は、『 異なる人と「対話」する 本気のダイバーシティ経営 』(日本経済新聞出版)より、3人の経営者による心に響くダイバーシティ・ストーリーを一部抜粋、編集している。3回目は、メルカリ執行役員CHRO(最高人事責任者)の木下達夫さん。中途採用者が増え人材の多様化が進むなか、「バリュー」が社内の「共通言語」となっている。

 急成長により中途採用が増え、人材の多様性が増す企業では、社内の「共通言語」が重要となる。メルカリ執行役員CHRO(最高人事責任者)の木下達夫さんは「(組織の)多様性が高まるほど『センターピン』が必要になる」という。

 業績を伸ばす同社には、ベンチャー企業から大手企業、IT企業、金融機関と幅広い業界から人材が集まるようになった。東京オフィスではエンジニアの約5割を外国籍社員が占める。バックグラウンドの異なる人が共に働くためには「どうしてこの組織で働くのか」「この会社の価値観は何か、行動規範は何か」を共有することが大切だという。多様な人がひとつの組織で働くために共有すべき「センターピン」を言語化したものが、ミッション、そしてバリューなのだ。

メルカリ執行役員CHRO 木下達夫さん(撮影:竹井俊晴)
メルカリ執行役員CHRO 木下達夫さん(撮影:竹井俊晴)

バリューを発揮した社員にMVPが贈られる

 同社は「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る」というミッション、これを達成するために大切にする3つのバリューを掲げる。「GO BOLD(大胆にやろう)」「ALL FOR ONE(全ては成功のために)」「BE A PRO(プロフェッショナルであれ)」というもの。この3つのバリューは、次のようなことを意味する。

 「GO BOLD」とは、自分のやりたいことを提案して賛同者を得て実行すること、前例のないスケールやスピード感で新しいことに挑戦することだ。たとえ失敗しても、新たなことに挑戦をすれば「GOOD TRY」だと評価されるという。
 「BE A PRO」はそれぞれの分野でプロフェッショナルであると同時に、「学び続ける」ことを目指す。一人ひとりの成長のために、管理職はメンバーを個別にサポートすることが求められる。
 「ALL FOR ONE」の「ONE」とは、ミッションや組織のゴールを指す。その達成のために、みなで力を合わせようという意だ。チームメンバーの誰かに負担が集中しないように互いにサポートして、チームの力を最大化しようというもの。

 こうした価値観を浸透させるために、3カ月に一度、社内でバリューを発揮した社員に対して「GO BOLD賞」「ALL FOR ONE賞」「BE A PRO賞」、そして3ついずれも達成した社員に、MVPが贈られる。

 2019年にMVPを受賞した瀬谷絢子さんの例をみてみよう。ビジネスリーガル部門で活躍する瀬谷さんは、弁護士事務所、事業会社の法務部門を経ての中途入社組。法務部門というと契約書類の法的チェックというイメージがあるかもしれないが、ビジネスリーガルは事業が前進するように法律面からサポートするという、いわば攻めのリーガルの仕事を担う。事業プロジェクトチームと共に仕事を進め「お客様に寄り添う」仕事ができることに魅力を感じて転職を決めたという。

 MVPを受賞した瀬谷さんの仕事のひとつとして、「令和Tシャツ」発売時の法律に照らしての判断がある。新元号スタートに合わせて「令和」の文字が大きく書かれたTシャツを同社が無料配布するにあたり「転売禁止」とするか否かの判断が求められた。レアものTシャツが高価格で転売されることになると問題だが、瀬谷さんは「お客さまが楽しんで下さった後に、転売に出すとしたら問題はない」とした。法律の知識をもとに助言が求められるものの、前例がないプロジェクトでは正解がなく、常に難しい判断が迫られる。

 急成長中の組織は変化の連続で、時にカオスといってもいい状況となり、チーム全体でフォローし合いながら乗り切ってきたという。このあたりが、3つのバリュー発揮として認められたようだ。

バリューは、採用や人事面談での対話軸となる

 3つのバリューは、採用・評価など人事システムとも連動している。採用面接では、3つのバリューを共有し発揮できる人材か否か見極めるため、次のような質問が投げかけられる。「今までどのような難しいチャレンジをしてきましたか」「今まで失敗からどんな学びを得てきましたか」。中途採用ならば「これまでどのような多様な人と共に仕事をしてきましたか」「仕事で利害関係が対立したときに、どのように解決してきましたか」といった質問だ。

 上司部下が向き合う1on1でも対話の軸となるのが、バリューである。「もっとGO BOLDで取り組んでもいいんじゃないか」「いやそれは、TOO BOLD(大胆すぎる)かもしれないね」といったやりとりがなされるという。

 人事評価においては、横軸をバリュー、縦軸をパフォーマンスとして、グレードごとに評価項目が定義されている。これについて、まずは自身が「セルフアセスメント」をして、さらに同僚部下などによる「ピアレビュー」を行い、最後にマネジャーから半年に一度「アセスメント」(評価)がなされる。

 例えば、データ読み込み業務を手掛けるアノテーションチームの村山和也さんは、評価者である東江(あがりえ)夏奈さんから「GO BOLDで高い評価」と告げられた。聴覚障がいのある村山さんは、周囲に障がいを感じさせないほど、他部署と連携しながら前例のない取り組みをうまく進める能力が高いという。メールでのテキスト中心のやりとりでは、村山さんに聴覚障がいがあることに気付かない社員もいるほど、テキストの表現力も高いのだ。

 ちなみに、3つのバリューはどのように決められたのか。創業1年ほどたったころ、当時の役員が合宿をして「わが社にとって大切な価値観とは何だろう」と侃々諤々(かんかんがくがく)議論をして絞り込まれたものとか。ただし、創業当初と2021年で8年目となる今とでは、事業のステージも大きく変わっている。

 たとえば、GO BOLD。創業期には「明日このシステムを変更しよう」と決めれば、即座に大胆に実行に移すことができた。ところが今や1900万ユーザーを抱えるプラットフォーム運営会社に成長、システム変更には数カ月かかることもある。バリューの定義も見直しを続けているという。

 自社の成長ステージに合わせて、また新しい時代の要請を受けて、求められる「共通言語」の定義も少しずつ変化をしていく。見直しと改定を怠らない、そんな不断の取り組みが必要といえそうだ。

メルカリの3つのバリューは人事システムとも連動している(撮影:竹井俊晴)
メルカリの3つのバリューは人事システムとも連動している(撮影:竹井俊晴)

日経ビジネス電子版 2021年12月27日付の記事を転載]

「多様性」に挑む人たちの実録・風土改革!!
 女性、シニア、外国人、障がいのある人、性的少数者(LGBTQ)、子育てや介護を担う人など多様なメンバーと協働する必要性は増しているが、画一的で旧態依然とした組織に根付いた価値観を変えることは容易ではない。
 本書は、企業内でダイバーシティ推進に本気で挑む人たちの取り組みを「対話」「コミュニケーション」という切り口から、ベテランジャーナリストがまとめたもの。メルカリ、キリンホールディングス(HD)、東急電鉄、ソニーグループ、サントリーHDなどの具体的な事例をもとに、組織風土改革の参考になる工夫を解説。

野村浩子(著)、日本経済新聞出版、1980円(税込み)