多様な人を受け入れ、その違いを価値に変える「ダイバーシティ経営」は、組織の成長に欠かせない。しかし、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I、多様性と包括)の推進は、きれいごとではない、本気の風土改革が求められる。変化が起こっている組織ほど、経営者自ら、社員の心に響くリアルなストーリーを語ることで、現場を揺さぶっている。本稿は、『 異なる人と「対話」する 本気のダイバーシティ経営 』(日本経済新聞出版)より、3人の経営者による心に響くダイバーシティ・ストーリーを一部抜粋、編集している。2回目は、日本マクドナルド社長兼CEO(最高経営責任者)の日色保さん。中間管理職向けの研修で、自ら体験した4カ月間の店舗研修を踏まえて語った、D&Iのストーリーとは……。

 なぜわが社にとって、D&Iが必要なのか。社員を動かし、組織風土に根付かせるためには、経営トップからの明快かつ心動かすメッセージが欠かせない。2021年5月、日本マクドナルドの日色保社長は、社内の中堅リーダー向けD&I研修でこう語りかけた。

日本マクドナルド社長 日色保さん(撮影:竹井俊晴)
日本マクドナルド社長 日色保さん(撮影:竹井俊晴)

 私が日本マクドナルドに来たのは、2年半ほど前のこと。社長に就任して間もなく研修のため店舗に立って驚きました。こんなにもたくさんのお客様が、そしてなんと様々なお客様がいらっしゃるのかと。朝早くには高齢の方や出勤前の会社員、日中はお子さん連れの主婦層、夕方になると中高生、夜には大学生や夕食を買いに来る方、深夜には飲み会帰りの人……。
 お客様を迎えるスタッフもまた多様です。主婦や高校生、大学生、外国人……、年代も10代から80代までと様々な人がひとつの店舗で働いています。まさにダイバーシティに富んだ職場、社会の縮図です。
 多様なお客様のニーズを捉えて戦略を立てるには、スタッフの側にも多様性が求められます。多様性に富んだ組織であることは、我々が存続するための必須条件なのです。もはやひとつの考え方ではビジネスは成り立ちません。
 みんな違っていて当たり前、スタッフ一人ひとりが尊重され、そしてベストが出せる職場であることが大切です。自分の仕事に意味がある、職場で役に立っている、成長している、承認されていると思えたなら、エンゲージメントのレベルが上がります。みなさんのリーダーシップにより、これまで80%の力しか出せなかったスタッフが120%の力を出せるようになれば、チーム全体のパフォーマンスも5割増しになるはずです。


社長の「体感」を伝えることが、社員の「共感」を呼ぶ

 日本マクドナルドにとって、なぜダイバーシティが必要なのか――明快な語りかけだ。説得力のあるストーリーになっているのは、冒頭で語られる日色社長の店舗での「体感」が、聞き手の「共感」につながるからだろう。心で感じて頭で理解する、そんなダイバーシティのストーリーは、ストンと腹に落ちてくる。

 日色社長の就任時の4カ月に及ぶ店舗研修は、トイレ掃除に始まった。店舗で指導してくれたのは、クルーと呼ばれるパート・アルバイト従業員の主婦や大学生など。子どもほど年齢の離れた学生から「日色さん、接客いいっすね。でも、お辞儀の角度が違うんですよ」と注意されたという。

 クルーの顔ぶれは実に様々だ。人生で辛酸をなめた70代の人もいれば、就職活動に悩む学生アルバイトもいる。日色社長は前職のジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)時代、医師や検査技師など国家資格を持つ人ばかりを顧客としてきたが、マクドナルドの店舗に身を置き、その多様性に目を見張る思いがしたという。その実感をもってD&Iの意義を説いたことが、説得力につながったのだろう。

店舗訪問のあとにスタッフから贈られたアルバム(撮影:竹井俊晴)
店舗訪問のあとにスタッフから贈られたアルバム(撮影:竹井俊晴)

 改めてリーダーはいかにⅮ&Iのストーリーを語ればいいのか。

 Ⅾ&Iのストーリーは、自社の置かれた状況を踏まえたもので、経営戦略のなかで意義づけされている必要がある。Ⅾ&Iの一般論であったり、自社の経営状況や現場感覚から乖離(かいり)していたりすると、社員にとっては「自分に関係ない」こととなり頭の上を通りすぎてしまう。わが社オリジナルのⅮ&Iストーリーが必要なのだ。

 優れたストーリーは、受け手の心を動かし、何らかの意識の変化をもたらす。「ものの見方」に変化をもたらすのだ。Ⅾ&Iでもまた、従来の均質な組織ではもはや存続・成長はできないとして社員のものの見方を変える、危機感を醸成するようなストーリーが求められる。

 そしてⅮ&Iを最終的に実践するのは、社員一人ひとりである。そこで変化を担う「自発性」を引き出すことが必要だ。社員が心動かされて、その変化を担おうとしない限り組織は変わらない。改めて、Ⅾ&Iのストーリーの要件を3つにまとめてみよう。

 1 自社の経営戦略に沿ったオリジナルのⅮ&Iストーリーである
 2 社員の「ものの見方」を変え、危機感を醸成する
 3 社員が変化を担う自発性を引き出す

 最初は、社長からの一方的なストーリーの語りとなるかもしれない。しかし、そのストーリーが社員の心を揺さぶれば、その言葉は職場で燎原(りょうげん)の火のように広がっていく。現場での対話も変化する。ただし、経営トップによるただ一回の語りで、魔法のように変化が起きることはあり得ない。リーダーと社員との対話を繰り返す、状況が変われば、その言葉にも少しずつ修正を加える、そしてまた共有する。そうした弛(たゆ)まぬ対話が必要なのだ。

違いを乗り越える「コモンインタレスト」を共有する

 人材が多様化すればするほど、求められるのは社内の「共通言語」だ。といっても、英語を社内共通語とする、といった話ではない。個々のメンバーが抱える背景や言葉の違いを乗り越え、皆で価値観を共有するための言葉である。ダイバーシティ経営を目指すのなら、こうした「共通言語」を社内で共有する必要がある。「共通言語」は、従来の日本企業の経営では経営理念や社訓として示され、近年ではパーパス(存在意義)、ミッション(使命)、バリュー(共有する価値観)といった言葉で語られるようになってきた。

 日本マクドナルドの日色社長は、これらを「コモンインタレスト」と呼ぶ。日本の組織の多くは、同質性が高いため「違い」に目が向きがちだ。しかし、多様性に富んだ組織ほど「コモンインタレスト」、すなわち共有する価値、共通の利益に目を向けるという。コモンインタレストを共有することで、組織の求心力が高まりチームのパフォーマンスが向上する。コモンインタレストが、メンバーの対話軸となるのだ。

 日色社長は前職のJ&J時代に、「コモンインタレスト」を共有する大切さを痛感する経験をした。ある手術用機器を米国テキサス州で生産していたが、なかなか品質が向上せず考えあぐねていた。テキサス州から一歩も出たことのない工場の社員たちに、日本で求められる品質をいくら説いても響かなかったのだ。「米国の品質基準は違いますから」「日本はオーバースペックです」といった言葉が返ってくるばかり。

 そこで、日本で働く小児科の心臓血管外科医をテキサス工場に招いて、実際の手術の映像を見せながら手術用機器がいかに使われているかを説明してもらい、手術により子どもたちがいかに健康を取り戻したかを語ってもらった。すると、工員たちは涙ぐみながら聞き入ったという。その後、製品の品質は一気に向上した。人種・国籍が違っても同じ人間、価値観を共有することはできる。J&Jのクレド(わが社の信念)と呼ばれるコモンインタレストに改めて立ち返り、これを腹に落とすことで、組織に変革を起こすことができたのだ。

 いまマクドナルドでは、世界共通のパーパス、ミッション、バリューをコモンインタレストとして掲げる。日本マクドナルドでは、正社員約2000人のみならず、全国約2900店舗で働く約18万人のクルー(パート・アルバイト従業員)の間でも共有している。

 パーパスは「おいしさと笑顔を、地域の皆さまに」、ミッションは「おいしさとFeel-goodなモーメントを、いつでもどこでもすべての人に。」。そのもとで5つのバリューを定めている。お客様第一の「サーブ」、多様性を活かす「インクルージョン」、正しいことを行う「インテグリティ」、地域に貢献する「コミュニティ」、力を合わせて成長する「ファミリー」の5つだ。

 最前線の店舗で働くクルーにこそ、コモンインタレストを共有してもらいたいと、アルバイト初日のオリエンテーションでは、ミッションやバリューを考えてもらう時間をとっているという。パート・アルバイトや正社員といった雇用形態、年代、性別も関係なく、スタッフみなが1つの価値観を共有することから、職場の対話が始まるのだ。

日経ビジネス電子版 2021年12月24日付の記事を転載]

「多様性」に挑む人たちの実録・風土改革!!
 女性、シニア、外国人、障がいのある人、性的少数者(LGBTQ)、子育てや介護を担う人など多様なメンバーと協働する必要性は増しているが、画一的で旧態依然とした組織に根付いた価値観を変えることは容易ではない。
 本書は、企業内でダイバーシティ推進に本気で挑む人たちの取り組みを「対話」「コミュニケーション」という切り口から、ベテランジャーナリストがまとめたもの。メルカリ、キリンホールディングス(HD)、東急電鉄、ソニーグループ、サントリーHDなどの具体的な事例をもとに、組織風土改革の参考になる工夫を解説。

野村浩子(著)、日本経済新聞出版、1980円(税込み)