コロナ禍のもとでリモートワークが広がるとともに、人間関係が分断され、職場力が衰退する事態が多発している。背景には、コロナ前から、そこで働く人の抱える職場に対する「感情」の問題が増幅し、顕在化している面がある、と人事・組織コンサルタントの相原孝夫氏は述べる。今回は、リモートワークの広がりにより、ますます社員の離職ハードルが下がる現状とともに、「社員が辞めない職場」で顕著に観察される特徴について、『 職場の「感情」論 』(日本経済新聞出版)より抜粋して解説する。

転職を考える人にとって、リモートワークは最適な環境

 コロナ禍により多くの企業がリモートワークを導入し、その期間が思いのほか長くなったことで、さまざまな問題が発生している。その1つが従業員の離職だ。リモートワーク中、部下に転職されたという話を聞くことも多くなった。

 ある大手IT企業でのこと。私もよく知る優秀なマネジャーのもとで働いていた期待の若手が転職してしまった。実家のある地方企業に転職するらしい。こういう場合の常として、マネジャーは転職が決まってから話を聞き、リモート環境下なので、退職届もメールで受け取ったという。

 転職活動自体、近年はウェブで行うことが多く、転職先候補との面談もリモートでまったく支障はない。特にIT関連の仕事は、どこにいてもリモートで行うことができ、コロナ禍以降、多くの人がそれを実感した。当の若手社員も、転職後は当面、地元に戻らずリモートで仕事をする予定だという。退職届の提出という気の重い手続きもリモート下ではずいぶん気が楽だ。

退職の手続きもリモートワーク下では、心理的な負担がだいぶ軽くなっている(写真提供:umaruchan4678/Shutterstock.com)
退職の手続きもリモートワーク下では、心理的な負担がだいぶ軽くなっている(写真提供:umaruchan4678/Shutterstock.com)

 リモートワークの普及によって、転職活動、遠隔での仕事、退職手続き、すべてのハードルが下がった。考えようによってはリモートワークは、転職を考える人にとって最適な環境となってしまっている可能性がある。

「会社は好きでない、でも辞めない」がコロナ禍で崩れる

 職場への帰属意識が薄くなれば、当然、離職は増える。組織への帰属意識や愛着心は、昨今では「エンゲージメント」という言葉によって語られるが、日本企業では、この「エンゲージメント」がそもそも世界最低レベルなのだ。

 米国最大の調査会社であるギャラップ社が世界中で実施しているエンゲージメント・サーベイという調査がある。それによると、「日本は熱意のある社員が少ない」と結論づけられている。2017年の「State of the Global Workplace」(ギャラップ社)によれば、日本においてエンゲージメントしている社員は6%、米国の31%と比べて大幅に低く、139カ国中で132位である。「エンゲージメントが低く、やる気のない社員」がおよそ7割、さらに「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」が2割以上もいる。他の先進国と比較した場合、熱意のある社員の割合は極端に低いと言えるのだ。

 しかし、これまで日本企業ではエンゲージメントが低いのに、離職は少ないという矛盾状態にあった。ところが、コロナ禍にともなうリモートワークの広がりを背景に、エンゲージメントの低さが直接離職に結びつくようになってきている。リモートワークは、働く者同士の物理的距離を離すだけでなく、同時に心理的距離をも離す。何も対策を講じなければ、当然、エンゲージメントは薄れる方向へ向かう。そして離職の直接的な要因となる。

職場への帰属意識が高い人は、よく「声掛け」をされている

 上司にとって部下の離職は由々しき問題だが、では、どうすればエンゲージメントの低下による離職を防ぐことができるのだろうか。ここでは3つの重要なポイントを紹介しよう。

 まずは職場のリーダーにとって基本中の基本、「声掛け」である。声掛けが重要なことは誰もが認識しているはずだが、なぜ重要で、どのように作用しているのかを正確に理解しておくことが大切だ。もちろんリーダーに限らず、社員同士の声掛けも同じように重要である。

 人間は「どこかに所属していたい」という根源的な欲求を持っている。そしていずれかの組織に所属していると思えるか、そこが居場所と思えるかは、その場の人間関係による。米国での調査によると、職場に自分の居場所を見いだしている人は、生産的でモチベーションも高く、熱心に仕事に打ち込む。さらに自分のポテンシャルを最大限に発揮できる可能性が3.5倍も高まり、組織への貢献度も高いという。

 そして職場に居場所を見いだすための最もシンプルな方策として「声掛け」が挙げられている。同僚同士が気軽に声を掛け合い、言葉を交わす機会を設ければよい、というのだ。同調査によれば、同僚に声を掛けられ、仕事のことや個人的なことなど、言葉を交わすときに最も強く帰属意識を感じると回答している人は約4割にのぼる。つまり声掛けは、帰属意識の向上に大きく寄与しているのだ。「声掛け」は、性別や世代は関係なく、つながりを感じさせ、帰属意識を築き、そこで働く人の幸福感を高めるうえで最も一般的な方策だろう。

コメディー動画を見た人は、生産性が10%向上する

 声掛けに「ユーモア」や「笑い」を加えるとさらにパワフルな好影響を生み出す。さまざまな実証研究により、「笑う」という行為が我々に大きなメリットを生むと証明されている。また多くの研究が、ユーモアは職場でポジティブなインパクトを持つことを示している。「ペンシルベニア大学ウォートンスクールやマサチューセッツ工科大学、ロンドン・ビジネス・スクールといった名だたる機関で行われた研究によると、クスクス笑いや大笑いをするたびに、ビジネス上のメリットが得られる」と、「ハーバード・ビジネス・レビュー」のシニアエディターであるアリソン・ビアードは「ユーモアによる統率」という論文で述べている。

 「笑うことは、ストレスや退屈さを軽減し、エンゲージメントや幸福感を向上させる。創造性を高め、協力を促すうえ、分析の精密さや生産性の向上をもたらす」という。コメディーの動画を1本見たあとの従業員は、他の従業員と比較して生産性が10%高かったと、ある研究チームは報告している。

笑顔の絶えない職場は、そこで働く人のエンゲージメントを向上させ、生産性をも高める。(写真提供:Rawpixel.com/Shutterstock.com)
笑顔の絶えない職場は、そこで働く人のエンゲージメントを向上させ、生産性をも高める。(写真提供:Rawpixel.com/Shutterstock.com)

「親友」をつくることのメリットは絶大

 最後に少し観点が違うが、職場で「親友」をつくることのメリットについて紹介しよう。これは「声掛け」や「笑い」とは違い、日常的に連続的に起こすような行為ではない。だが、帰属意識や幸福感に関し、より根幹部分に関わり、より持続性の高い対策となり得る。

 ダイバーシティが進み、多様な価値観の人たちが一緒に働く職場環境下では、同僚と何でも言い合えるような関係を築こうとすると、かえって自分というものを出せず、疲弊してしまうかもしれない。しかし一人か二人の同僚とであれば強固な関係を築くことは難しくはないだろう。

 「親友」と呼べる同僚の有無は、精神面、健康面において極めて大きいな違いを生む。職場に親友がいる人は、そうでない人よりも幸福かつ健康であるばかりか、意欲的に仕事に取り組んでいる可能性が7倍高いということが分かっている。さらに、職場に友人がいると答えた人は、生産性が高く、離職率が低く、仕事への満足度も高い。社会的なつながりを持つことで得られる健康や幸福感は、友人の「数の多さ」より、「つながりの深さ」に根差しているのだ。

 「VERY HAPPY PEOPLE」というタイトルの有名な研究論文がある。単にHAPPYな人ではなく、VERY HAPPYな人たちの特徴を見いだしているのだが、その人たちに唯一共通していたのは、所得の高さや学歴などではなく、「良い友人がいる」ということだった。

※The Surprising Power of Simply Asking Coworkers How They’re Doing, February 28, 2019.

日経ビジネス電子版 2021年8月4日付の記事を転載]

心が凍る職場、温かな職場を、何が分けるのか。職場の「感情」問題を多くの事例から解説します

 リモートワークの広がりで、さらに顕在化したのが職場の感情問題です。顔をつきあわせることのない日々は、働く人がそれぞれ何を感じ、どういう感情を抱いているかがお互いに認識しにくくなっています。そして、職場を構成する人々がどのような感情を持っているかが、生産性はもとより、仕事の質に大きく影響するのです。
 では、何が働く人の感情を大きく動かすのか。人間関係、リーダーの資質、企業ブランド、仕事の内容、組織風土などさまざまな要因がありますが、それがどのように作用し、どういう状況をもたらすのか、どうすれば好転させられるのかを人事・組織コンサルタントとして、多くの企業を観察した著者が、さまざまな事例を紹介しながら分かりやすく解説します。

相原孝夫(著)、日本経済新聞出版、1760円(税込み)