コロナ禍のもとでリモートワークが広がるとともに、人間関係が分断され、職場力が衰退する事態が多発している。背景には、コロナ前から、そこで働く人の抱える職場に対する「感情」の問題が増幅し、顕在化している面がある、と人事・組織コンサルタントの相原孝夫氏は述べる。今回は、最近、大きな注目を集めるジョブ型雇用について、導入を考える企業が増える理由と、導入がうまくいかない企業が抱える「古い価値観」の問題について、『 職場の「感情」論 』(日本経済新聞出版)より抜粋して解説する。

リモートワークの実施に必要な働き方

 最近多くの企業で、人事制度を「ジョブ型」へ移行する動きが目立つ。なぜならリモートワークとの相性がよいからだ。欧米企業のようにジョブ型であれば、仕事を切り分けてリモートで仕事を進めやすいが、メンバーシップ型の場合はそうはいかない。

 リモートワークは欧米を中心に広がってきた働き方だが、欧米企業においては働き方もジョブ型で、仕事を個人に切り分け、成果も無理なく評価できる。一方のメンバーシップ型は、出社して同じ「職場というハコ」の中で一緒に働くことを前提とし、メンバーの役割を柔軟に調整するため、個人の成果の評価には困難が伴う。

 日本はメンバーシップ型の働き方が一般的な中、突然リモートワークに移行したため、極端なミスマッチを起こしてしまった。リモートワークを実施するならば、個々に仕事を切り分けるジョブ型への移行が不可欠なのだ。

 ジョブ型へ移行するには、仕事の成果を適正に評価できなければならない。そのためには、仕事の進め方もより個人の責任を明確にする方向へ改めなければならない。さらに仕組みを整備するだけでなく、評価する側のスキルも必要になってくる。さらには、メンバー全体が新しい働き方を受け入れるよう、価値観のシフトも必要となるのだ。

リモートワークを実施するならば、雇用形態の「ジョブ型」への移行が欠かせない。(写真提供:Vadym Pastukh/Shutterstock.com)
リモートワークを実施するならば、雇用形態の「ジョブ型」への移行が欠かせない。(写真提供:Vadym Pastukh/Shutterstock.com)

ジョブ型への移行を難しくする日本企業特有の価値観

 日本においてはメンバーシップ型組織の歴史は長い。「中世以降、ムラ社会が成立し、環境に最適化するために相互監視的な集団主義が浸透していったから生まれた考えだ」と社会心理学者の山岸俊男氏は指摘する。

 そのムラ社会は昭和から平成にかけて、会社という組織の中でも脈々と受け継がれてきた。その結果、日本では社会でも会社でも同調圧力が強くなった。会社は働く場であるとともに、コミュニティーでもあった。しかし昨今、転職や副業に加え、リモートワークの普及が進み、ムラ社会を解体する動きが出てきたのだ。

 働き方の制度を変えても、多くのメンバーの価値観は一朝一夕には変わらない。日本企業では、「あなたがいてよかった」と存在を肯定されたい人のほうが、「あなたの能力はすばらしい」と能力を肯定されたい人よりまだまだ多い。

 こうした事情から、財界を中心に「同一労働同一賃金」の実現という文脈で進められてきたジョブ型雇用への移行が、なかなか思うように進捗してこなかった。それがくしくも、コロナ禍という強力な外圧により、待ったなしの状態になっているのである。

嫌な仕事を進めなくてもバレないから社員はサボる

 リモートワークが広がることによって、「最悪のシナリオ」と「最良のシナリオ」が見えてきた。リモートワークにおける「最悪のシナリオ」とは次のようなものだ。

  • 在宅での勤務で社員がサボるかもしれないと会社が考え、監視を強化する。
  • それにより社員はストレスを蓄積させ、同僚同士の関係もぎくしゃくしていく。
  • やがてメンタルに問題を抱えたり、離職に走ったりする。
  • マネジャーも負担が重なり、疲弊していく。

 誰もが疑心暗鬼に陥っている極めて不幸な状態だ。せっかく柔軟な働き方が実現できたにも関わらず、社員の満足度も生産性も高まらず、むしろ低下し、成果が上がりにくい状況に陥るケースが多い。監視されれば、「やらされ感」が増幅するのは当然だ。多様な働き方を認め、生産性を高める手段であるはずのリモートワークが逆効果になってしまう。

 なぜ会社は社員を監視しようとするのか。それは社員がサボると思っているからである。では、なぜ社員はサボろうとするのか。嫌々やっている仕事であれば、サボりたくなる。しかしサボれば仕事は進まず、成果は出ない。進捗状況や結果は上司から確認されるので、サボったままでは済まない。しかし、それでも実際にはサボる例があり、それを会社側も心配している。つまり手を抜いても、それがバレないということだ。

「労働時間」を重視する会社の論理

 多くの企業で、個々の社員の役割や仕事成果の品質の基準は明確に定められておらず、社員に委ねられている。委ねられてはいるが、会社は社員を十分に信用してはいない。だから監視する。「オフィスへ出勤し、上司の目が届く範囲で仕事をするのならば安心だが、目の届かない所にいると心配」という感覚なのだ。できるだけオフィスで観察するのと変わらぬ管理をしなければならないと考え、「社員PC管理システム」などを導入してまで細かく監視する事態につながっている。

 しかし、オフィスに出社していても、本当にきちんと管理できているのだろうか。実際には職場でも「やらされ感」を抱きつつ、意欲もなく、非効率的に仕事をしている社員もいるに違いないが、そのような状態でも、決められた時間、その場でデスクに向かってさえいれば、これまではよかったのだ。社員を信用しているのか、信用していないのか、不明な状態である。

 つまり「成果よりも時間。とにかく長い時間、仕事をすれば高く評価する」という、生産現場における管理形態から抜け出せていない古い価値観である。かつて目立った、効率的に仕事をして上司より早く帰る部下よりも、非効率でも遅くまで残業している部下を高く評価してしまうような価値観だ。昨今では、そこまであからさまではないとしても、残業や休日出勤をする人を仕事熱心であると見る価値観が残っている企業はまだ多い。

 これは「ジョブ型」「メンバーシップ型」という枠組みで考えれば、完全にメンバーシップ型の価値観である。会社側が「社員はサボるかもしれない」と考え、実際に社員も「サボる余地がある」と感じている。監視する側、される側という関係性にある。これではリモートワークがとても機能しそうにない。こうした価値観のままではジョブ型への移行がうまくいかないのは当然だ。

会社が「社員はサボる」と考え、社員が「仕事はサボれる」と考える環境ではジョブ型はうまくいかない。(写真提供:Antonio Guillem/Shutterstock.com)
会社が「社員はサボる」と考え、社員が「仕事はサボれる」と考える環境ではジョブ型はうまくいかない。(写真提供:Antonio Guillem/Shutterstock.com)

ジョブ型と自律的な働き方は、「鶏と卵」の関係

 一方の「最良のシナリオ」とは、以下のようなものである。

  • メンバーの役割や成果が明確に定められている。
  • 仕事の進め方は本人に委ねられている。
  • 社員は自律的に働く。
  • マネジャーは適切なタイミングで必要なサポートを行う。

 キーワードは「自律」だが、実現には前提がある。いわゆる「ジョブ型」への移行だ。多くの企業で理念や行動指針の中で「自律」を強く標榜しているにも関わらず、いっこうに進まないのも、働き方の「ジョブ型」への移行が進んでいない点に原因がある。仕事の仕方や評価のあり方が、社員の「自律」と矛盾した状態にあるためだ。

 社員が自律的に働かなければジョブ型は機能せず、ジョブ型に移行しなければ社員は自律的に働かない。つまり、「卵が先か鶏が先か」ということになるが、価値観を変えるためには、新たな価値観に合った仕組みが必要で、その仕組みを機能させるには、新たな仕組みに合った価値観への移行が必要となる。いずれが欠けても頓挫してしまう。「ジョブ型」の人事制度など仕組みの整備と、雇用する側とされる側の新たな価値観へのシフトが、同時並行で進められなければならないのである。

日経ビジネス電子版 2021年8月6日付の記事を転載]

心が凍る職場、温かな職場を、何が分けるのか。職場の「感情」問題を多くの事例から解説します

 リモートワークの広がりで、さらに顕在化したのが職場の感情問題です。顔をつきあわせることのない日々は、働く人がそれぞれ何を感じ、どういう感情を抱いているかがお互いに認識しにくくなっています。そして、職場を構成する人々がどのような感情を持っているかが、生産性はもとより、仕事の質に大きく影響するのです。
 では、何が働く人の感情を大きく動かすのか。人間関係、リーダーの資質、企業ブランド、仕事の内容、組織風土などさまざまな要因がありますが、それがどのように作用し、どういう状況をもたらすのか、どうすれば好転させられるのかを人事・組織コンサルタントとして、多くの企業を観察した著者が、さまざまな事例を紹介しながら分かりやすく解説します。

相原孝夫(著)、日本経済新聞出版、1760円(税込み)