コロナ禍のもとでリモートワークが広がるとともに、人間関係が分断され、職場力が衰退する事態が多発している。背景には、コロナ前から、そこで働く人の抱える職場に対する「感情」の問題が増幅し、顕在化している面がある、と人事・組織コンサルタントの相原孝夫氏は述べる。今回は、職場における孤立と孤独がもたらす害悪について、また「人とのつながり」を実感し、幸福感を得るためのちょっとした行動のヒントについて『 職場の「感情」論 』(日本経済新聞出版)より抜粋して解説する。
「人間的なつながり」は仕事以外の会話で生まれる
職場を、社員の健康に有害なものにする原因として、「孤独」の問題がある。特に近年、深刻な社会問題になるほどの広がりを見せている。2018年に英国では「孤独担当大臣」が新設された。その創設のきっかけとなったジョー・コックス孤独問題委員会の報告書には、「孤独は1日にタバコを15本吸ったのと同等の害を健康に与え、雇用主には年間25億ポンド(約3700億円)、経済全体には320億ポンド(約4.7兆円)の損失を与える」と記されている。
何かしらの原因によって職場で孤立し、孤独を感じている人は多い。場合によっては、孤立していなくとも、孤独感を抱く場合もある。1日の多くの時間を過ごす職場で孤独を感じている場合、その影響・代償は大きい。心身の健康に害は及び、心疾患、認知症、うつ病、不安神経症のリスクを高める。仕事ではパフォーマンスを低下させ、想像力を狭めるほか、職務遂行機能を損なうと言われている。

「職場のいじめ」のような「悪意の行為」の結果として生じる孤立もあるが、個々の労働者や経営者に悪意はないものの、結果として孤立が生じているケースもある。後者のほうが圧倒的に多いと考えられ、また原因が分かりづらいため、対策が打たれることも少ない。
職場で孤立する社員が生じる背景には、雇用や人材の多様化がある。非正規社員が4割を超え、外国人労働者も急増し、障害者の法定雇用率も引き上げられた。また育児や介護などにより、働き方に制約のある従業員も増加している。いずれも孤立する従業員を生む一因となっていることが研究によって明らかになっている。さらには在宅勤務など孤立を生みやすい勤務形態が急激に増え、働き方の多様化も進んでいる。多様化が進めば、コミュニケーションも滞りがちとなり、情報格差も広がり、孤立する人が生じやすくなるのは当然だ。
高度経済成長期のように均一化した職場では、価値観もおのずと共有でき、コミュニケーション量も多く、コミュニケーション上の齟齬(そご)もなく、孤立する社員は出なかった。しかし従業員や働き方の多様化が進み、価値観が共有されていなければ、仕事上必要な会話はあっても、雑談などは減ってしまう。仕事上の会話だけでは、人間的なつながりも、職場への愛着感も生まれにくくなる。
人間的なつながりは、仕事の立場以外で、充実した人生を送る個人として認められたと感じたときに築かれやすくなる。つまり、お互いの個人生活について知る機会をつくり、一人の人間として認めあうことが不可欠だ。仕事の話をしているだけでは、一人の人間として尊重しているというメッセージにはつながらないのだ。互いの個人的な生活を知り合うことで、はじめて人間的なつながりは生まれる。
孤独という病は伝染し、組織全体に害を及ぼす
職場で孤立し、孤独を感じる社員の存在は、本人だけの問題にとどまらない。孤独は周囲に伝染するのだ。シカゴ大学のジョン・T・カシオポ教授らは研究の結果、孤独の伝染について次のように述べている。「社会的ネットワークの周縁部で、ある驚くべきパターンが確認された。周縁部の人々は友人が少ないために孤独を感じるが、その孤独感ゆえに、残り少ない友人関係も断ち切ってしまう。だがその前に、残っている友人に同じ孤独が伝染し、このサイクルが連鎖する傾向がある。こうして孤独が増殖する結果、毛糸のセーターが端から外れるのと同じように、社会的ネットワークも周縁から崩れていく」
集団の中のたった一人から多くの人へ孤独が伝染し、単なる知り合いにまで広がり、連鎖的に影響を及ぼすのだ。だから、自分が孤独感を抱いていないからいい、というものではない。その集団の中で一人でも孤立している人がいれば、その影響は確実に周囲に及び、ほかのメンバーも同様に心身の健康を害し、パフォーマンスを低下させていく。
孤独は個人の問題ではなく、組織全体の問題として捉える必要がある。孤立している人を放置してはいけないのだ。孤独を感じている人はいないか、そのような状況を生み出す要因はないか、常に観察し、点検する必要がある。
コーヒーショップの店員と話すだけで幸福度は高まる
孤独や孤立の影響を克服する最良の方法は、もちろん「つながり」を増やし、強化することだ。『ハーバード・ビジネス・レビュー』シニアエディターのスコット・ベリナートは論文において、心理学者が言う「向社会的行動」(対人的なつながりを積極的に求め、促進する行動)について報告している。
「終末期のがん患者を対象とした調査によると、日常的に他の患者と触れ合う患者の生存期間は、そうでない患者の2倍に達した。端的に、他者に思いやりを示し言葉を交わすだけである。これが孤独の治療薬として有効であることが、ある調査で明らかになったという。そして、幸い、こうした向社会的行動も孤独と同様に、伝染するようなのだ。」※
孤独を癒やすのは「強いつながり」だけではないことが、ブリティッシュコロンビア大学のジリアン・サンドストロームらの研究で明らかになった。「弱いつながり」(あまりよく知らない同僚、フィットネスクラブで一緒になった人など)を相手に、ちょっとした向社会的行動をとった人々は、不要な会話を避けた人々よりも孤独感や疎外感にさいなまれることが少なく、幸福感や満足度が高いことが報告された。
サンドストロームらは、コーヒーショップに向かう人々のうち、半数には店員と社交的な会話をしてもらった。つまり見知らぬ人を、自分の社会的ネットワークの中の「弱いつながり」と想定して接してもらったのだ。また、残りの半数の人々には、できるだけ効率よくコーヒーを買ってもらった。その結果、店員と会話をしてもらったグループのほうがショップでの幸福感や満足度が高くなった。こうした行動が孤独を軽減するだけでなく、環境に対する満足度を高めることも明らかになったのだ。

このように、「弱いつながり」でも、予想以上の効果がある。ちょっとした行動を起こすだけでその効果を享受できるのだ。一般的には見ず知らずの人に話しかけるのは、それほど簡単なことではないかもしれない。しかし、職場という場であれば、おのずと「つながり」はできている。ちょっとした会話をするなど、ささいなアクションを起こすハードルは低いのではないだろうか。相手のため、そして自分のため、まずは手近なところから、ささいなアクションを起こしてみてはいかがだろうか。
[日経ビジネス電子版 2021年8月12日付の記事を転載]
リモートワークの広がりで、さらに顕在化したのが職場の感情問題です。顔をつきあわせることのない日々は、働く人がそれぞれ何を感じ、どういう感情を抱いているかがお互いに認識しにくくなっています。そして、職場を構成する人々がどのような感情をもっているかが、生産性はもとより、仕事の質に大きく影響するのです。
では、何が働く人の感情を大きく動かすのか。人間関係、リーダーの資質、企業ブランド、仕事の内容、組織風土などさまざまな要因がありますが、それがどのように作用し、どういう状況をもたらすのか、どうすれば好転させられるのかを人事・組織コンサルタントとして、多くの企業を観察した著者が、さまざまな事例を紹介しながら分かりやすく解説します。
相原孝夫(著)、日本経済新聞出版、1760円(税込み)