コロナ禍のもとでリモートワークが広がるとともに、人間関係が分断され、職場力が衰退する事態が多発している。背景には、コロナ前から、そこで働く人の抱える職場に対する「感情」の問題が増幅し、顕在化している面がある、と人事・組織コンサルタントの相原孝夫氏は述べる。今回は、業務内容、組織形態が違っていても、幸福な気持ちで働ける人々が満たしている3つの条件と、それら条件を実現させる方法について、『 職場の「感情」論 』(日本経済新聞出版)より抜粋して解説する。
3つの条件が満たされて、不幸な人はいない
職場でハッピーな人が増えれば、生産性も創造性も高まり、成果が上がりやすくなることがさまざまな研究から判明している。それならば、私たちコンサルタントとしては、職場でハッピーな人たちを探し、調査・分析して、要素を抽出することになる。いわゆるベンチマークである。
すると、「(1)良い人間関係を築き、(2)誇りをもって働き、(3)成長の機会に恵まれている人」がハッピーである、という当たり前の結論に至る。マズローの「欲求5段階説」の上3つ、つまり「所属の欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」だ。やはり根源的な欲求が満たされていればハッピーなのだ。
次に検証作業に入る。まず、「3条件が満たされていても、ハッピーでない人」を探してみるのだ。これはさすがにいない。失敗をして上司から叱られ、短期的にはアンハッピーということはあっても、中期的に見て3条件が満たされているのにアンハッピーという人はいない。逆に、不満をためて転職を考えているような人は、3条件のうちのいずれか(複数の場合もある)が満たされていないことが確認できる。
さらにコンサルタントという疑い深い人種としては、いかにも仕事が大変そうな職場で、ハッピーな人にも3条件が当てはまるのかと考えてみる。大変な職場でも、3条件がすべて満たされることはあり得るのか、と疑ってみるのだ。

新幹線清掃員が起こす「7分間の奇跡」
しかし、仕事がきつく、大変な職場でもモチベーションが高く、ハッピーに働いている人たちはいる。有名なのは新幹線の清掃員である。これはアメリカのCNNによって、「7分間の奇跡」として紹介され、米ハーバード大学経営大学院の必須教材にもなっている。清掃員が一人で一車両を担当し、わずか7分間で完璧にキレイにするということで、そのようなタイトルになったようだ。この様子は、YouTubeでも見られるし、CNNのサイトでも効果音付きで動画を公開している。
実際には彼ら、彼女らの幸福度を測定してはいないが、間違いなくイキイキ、テキパキと働いていて、その仕事ぶりに充実感が見て取れる。一度、東北新幹線のホームで、アメリカの学生たちが見学に訪れていたところに遭遇したことがある。窓から中をのぞき込んで、感嘆の声を上げている。どうやら、清掃員の仕事のスピードと効率の良さが強いインパクトを与えているようだった。
なぜ、これほど高いモチベーションでイキイキと働いているのか。新幹線の清掃を担当しているのは、JR東日本テクノハートTESSEI(以下、テッセイ)という会社だ。1日約180本の列車、約16万5000席の清掃を行っている。テッセイに改革のメスを入れたのは、矢部輝夫氏だ。2005年、JR東日本から取締役経営企画部長として赴任した際の第一印象を週刊誌「AERA」(2015年5月18日号)で次のように語っている。
「テッセイは、グループ会社の中であまり評判が良くありませんでしたが、来てみると、予想に反してスタッフの能力は高く、仕事にも真面目に取り組んでいた。ただ、トップダウンで一方的に管理されるばかりで、鬱屈して活力を失っていたのです」
矢部氏はテッセイの仕事を再定義し、社員、パートのスタッフ全員にこう伝えたという。「我々の仕事は清掃業でなくサービス業です。あなたがたは掃除のおじちゃん、おばちゃんではなく、新幹線劇場のキャスト。お客様に温かな思い出をお持ち帰りいただくのが仕事です」
そして、スタッフのユニフォームを刷新したところ、乗客から注目され、声をかけられるようになったという。夏場はハワイアンテイストということで、アロハシャツ、帽子にはハイビスカスまで付いていてオシャレで涼しげな格好もした。

さらにスタッフの地道な「良い行い」をリポートさせる「エンジェル・リポート」を導入。スタッフ同士が認め合い、ほめ合う文化を作り上げた。現場から上がる提案や気づきに丁寧に向き合い、ボトムアップによる課題解決にも尽力したという。
すべての職場は幸福にできる
さて、記事の冒頭に紹介した、ハッピーに働いている人に見られる3条件だが、まずは役割分担をしてチームワークよく、テキパキと働いていることから、「(1)良い人間関係が築かれている」ことが見て取れる。テレビで取り上げられていた中でも、ホーム下の休憩室で皆一緒に食事をし、リーダーは皆をよく観察し、様子が気になる人がいれば話しかけるようにしていると紹介されていた。
次に、「(2)誇りをもって仕事をしている」という点が、矢部氏によって大きく改善されたところだろう。サービススタッフとして新幹線の定時運行を確保する使命を担っており、間違いなく誇りをもって仕事をしている。ユニフォームを改善し、あえて目立つようにしたことや、清掃終了後に整列をして一礼をしていくことなど、「乗客から見られている」という意識は、仕事への誇りにつながっているに違いない。
最後に「(3)成長の機会」は、清掃スキルのさらなるレベルアップを図っていることもあるだろうし、矢部氏が導入した改善提案の仕組みも自律的な成長・改善の意欲を高めていることは間違いない。
このように、一般的に3Kと言われる仕事においても3条件を満たすことはできる。ならば、どのような職場においても、必ず満たすことができる条件であり、それらが満たされずに、アンハッピーな人が出てくるということは、経営者やリーダーの怠慢とも言えるのではないだろうか。
[日経ビジネス電子版 2021年8月10日付の記事を転載]
リモートワークの広がりで、さらに顕在化したのが職場の感情問題です。顔をつきあわせることのない日々は、働く人がそれぞれ何を感じ、どういう感情を抱いているかがお互いに認識しにくくなっています。そして、職場を構成する人々がどのような感情をもっているかが、生産性はもとより、仕事の質に大きく影響するのです。
では、何が働く人の感情を大きく動かすのか。人間関係、リーダーの資質、企業ブランド、仕事の内容、組織風土などさまざまな要因がありますが、それがどのように作用し、どういう状況をもたらすのか、どうすれば好転させられるのかを人事・組織コンサルタントとして、多くの企業を観察した著者が、さまざまな事例を紹介しながら分かりやすく解説します。
相原孝夫(著)、日本経済新聞出版、1760円(税込み)